▼ 夏祭りへ行こう /
私は三成の部屋で、いつものように彼の入れてくれた美味しいお茶とお茶菓子を堪能していた。
迷惑がられているのは重々承知しているのだが、何せ居心地が良いのだ。
その上、いつもこうしてお茶とお菓子までご馳走してくれるから、余計離れがたい。
「暑いね〜」
「夏だからな」
縁側に座って空を眺めて発した言葉に即答される。
ええ、その通り。
季節は夏ですからね。
青々と雲ひとつない空はとても美しいが、もはや強烈と言って良いほどの陽射しが空から射し込んでくる。
縁側は影になっているとはいえ、さすがにこの世界の夏も暑い。
座っているだけで、じっとりとした汗が吹き出てくる。
蝉の大合唱も暑さに拍車をかける要因だ。
傍にあった三成が書き損じた紙を二重に折り、体を扇ぐ。
ふわふわと温い風があたる。
まぁ、何もしないよりは幾分かマシかも。
だけど。
「暑い〜」
「だから、夏なのだから暑いのは当然だ」
「あー暑い!」
「煩い!
暑い暑いと連呼するな!
どうでも良いが、和紙で体を仰ぐのは止めろ。
せめて、扇子を使え」
「だって扇子持ってないんだもん」
はぁ、と小さく溜め息が聞こえ、ちらりと後ろを振り返ると、三成は、この暑い夏に相応しくない位の涼しげな表情で仕事に励んでいる。
クーラーや扇風機もないこの時代、風通しのよい現代のワンピースに着替えていてもこんなに暑いのに、この人は夏用だとは言え、着物を着用しているのだ。
暑さに強いのかどうか知らないが、本当に信じられない。
不可解な面持ちで見詰めていると、パチリと視線が合う。
「何だ、その顔は」
「何?」
「いつも変だが……今日は特に、顔がだらしない」
三成は、異質なものを見るような顔付きで『薄気味悪いヤツ』と呟いた。
薄気味悪い!?
親にも言われたことないのに!
わかってはいたけど、やっぱり失礼な男だ。
わざとらしく得心のいかないような顔をすると、一瞥私を見た彼は、清ました表情でまた筆をすすめている。
暑いのに余計苛々するじゃない……仕事中の三成に心の中で言い返して、彼に近付く。
今日は三成の嫌味もご機嫌でかわせる位、テンションが上がるイベントがあるのだ。
暑い夏だからこそのイベントが。
「今日はさ、ほら。
楽しい催しがあるね?」
「……何だ」
多分、きらきらと輝いていたであろう視線を彼に向けると、書き進めていた手を止めて、綺麗な顔に深い眉間の皺を寄せている。
え?
この人……まさか、今日のイベントを知らない訳じゃないよね?
一年に一回のこの盛大なイベントを!
「嘘。
知らないの?」
「だから、何だ?」
「今日は、待ちに待った夏祭りの日じゃない!」
両手に握り拳を固めた私が力強く言い放つと、少し目を丸くした三成は、数秒静止した後、これでもかと云うほどの盛大な溜め息を吐いた。
「……下らん」
「下らないとは何よ!
お祭りいいじゃない」
「祭りが下らないとは言っていない。
祭りだ祭りだと浮き足だっている輩が下らないと言っているのだよ」
「何で?
年に何回もない祭りなんだからちょっと位はしゃいでもいいじゃない」
「楽しむのは勝手だが、毎年度を超して騒ぐ輩がいる。
警護をする方の身にもなれ」
「そりゃ、そうだけど……」
現代でも、祭り騒ぎの悪ノリみたいなもので、周りの人に迷惑をかけている人達がいたような気がするが、この世界でもそれは同じで、祭りの度に色んなトラブルがおきたりもする。
秀吉様の警護を統括している三成としては、迷惑この上ないことなのは確かだろう。
だけど、もう少し位テンションをあげてくれてもいいのに。
楽しみにしている私が馬鹿みたいではないか。
唇を前に突き出している私のすぐそばで、未だぶつぶつと文句を言いながら、仕事を再開している彼に半ば諦めの気持ちが漂う。
本当は……一緒に行きたかったのに。
これでは祭りに誘うどころの話ではなさそうだ。
小さく鼻でひとつ息を吐いた私に、襖の外から、女中さんの呼び掛ける声が聞こえた。
「失礼いたします。
萌様は此方へいらっしゃいますか?」
「はい、ここにいます!」
「着物の準備が整いましてございます。
よろしければ自室にお戻り頂けますでしょうか?」
「あ!
わかりました。
すぐいきます」
腰を挙げ立ち上がろうとしていると、三成と不意に視線が合う。
「着物を着るのか?」
「うん。
だって、夏祭りって言ったら、着物でしょ?」
三成は私の言葉に対して、何の返答もなく、また視線を手元へ下げた。
これは……。
着物に少し、興味を持ってくれたのではないか?
いつもは、動きやすいということで、現代から持ってきた服を着用していた。
特に今のような季節……暑い夏ではこの時代の着物を羽織ると言うことは、地獄でしかない。
トリップしてきて、始めての夏祭り。
特に、今回は秀吉様が開催する最初の祭りだからか、力の入れようが半端ない。
派手好きな秀吉様はやることなすことが全て豪快だ。
お陰で、私達は祭りを思いっきり、楽しめるのだけど。
私も始めての祭りということで、おねね様から着物を頂いていたのだ。
もしかしたら、着物を着た姿を見れば、三成もすこ〜しだけ、祭りに興味を示してくれるかもしれない。
「ちょっと行ってくるね」
出入り口から少しの期待を込めて、机に向かう背中に呼び掛けると、筆を持っていない手が、高らかに上に挙がり、シッシッというように動く。
かっ、感じわる〜!
絶対その気にさせてやる!
「着物を着たら、一番最初に見てね?
みっちゃん」
「誰がみっちゃんだ!」
「着付け終わったら、またそのお茶の続きを飲むから、そのままにしててよ〜!」
「さっさと行け!
お前の着物姿に興味はないっ!」
私の方へ振り向き、真っ赤な顔で応戦する三成を横目に浮き浮きとする感情を抑えながら、さっさと退出する私であった。
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