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▼ →三成と着物 /

淡い白地にピンクの撫子があしらわれている、見た目可憐な少女が袖を通すようなイメージの着物。
この年でこれを着るのか、と少々不安になりつつも、袖を通していくと……これは、不思議。
意外としっくりくる。
流石おねね様が選んでくれた着物だ。
髪を結ってもらい、撫子のかんざしをさす。
大和撫子という言葉があるようにこの世界でも撫子の花が存在していたことが元の世界の繋がりを感じたりして、ちょっと嬉しい。


おねね様がこの着物を持ってきた折りに、『萌に似合うと思って買っちゃった!』と可愛らしい笑顔で渡してくれたことを思い出す。
現代でも大好きだった、撫子の花。
この戦国の世で、優しい人達に囲まれて、私は幸せものだと思った。


着付けてもらった私は流行る気持ちを抑えながら、足早に三成の部屋に戻る。


『入るよ』と声をかけ、襖を開けると、机の前に座っていた三成は、見る影もなく居なくなっていた。


嘘……!


覚えず、棒立ちになる。


あれだけ念を押して戻ってくると話し、部屋を出たのだから、いくらなんでも放置されるなんてことはないとは思うけれど。
いや、でも、放置される可能性もなきにしもあらず……。


不安になり、キョロキョロと辺りを見渡しながら、彼を探していると、縁側に見知った後ろ姿が見えた。


白装束にも似た着物。
太陽の光に反射して、艶やかな長い黒髪が輝いて、とても綺麗。


『吉継』と、少し控えめに呼び掛ける。
彼はゆっくりと私に振り返り、ふわりと微笑んだ。


切れ長の蒼い目。
すーっと通った鼻。
形のよい薄い唇。


頭巾を外した彼の笑顔は心臓をノックアウトされるかの如くに美しい。


はぁ……相変わらず格好いい人だな……。


……。


いやいや、そうじゃなくて!


俄に見惚れてしまっていた脳内を引き戻し、話をふる。




「ねぇ。
三成、どこに行ったか知らない?」

「所用で少し出掛けている。
その間の留守を頼まれた。
祭りだと浮き足立っている女が来たら相手をしてやってくれと……」




浮き足立っている女……?


僅かに空を見つめて考える。




「それ、紛れもなく私のことよね……」




吉継は、眉を潜める私を見て、眩い顔で苦笑した。


これは、完全に肯定の意味だろう。


折角着物を着たのに。
私の着物姿が待ち遠しい、なんて感覚は彼にとって皆無に等しかったか。
だけど、嫌味を投下しつつも、私が来るかもしれないと吉継に留守番を頼んでいるところが、やっぱり三成らしいなって思うし、優しいなとも思う。
戻ってくるみたいだし、少し待たせてもらおう。


『よっこいしょ』と優美な着物に似つかわしくない言葉を無意識にもらしながら、吉継が座っている縁側に腰掛ける。


飲みかけのお茶でも頂こうと、ふと手元に視線を送るが、茶器がない。


お茶の続きを飲むって言ったのに、下げられてるし……。


落ち込む感情を持ちつつ、足を投げ出した着物の裾を直していると、不意に視線が合う。




「着物を着たのか?」

「うん。
三成に見てもらおうと思ったんだけど、ね」

「よく、似合っている」




蒼い澄んだ瞳が柔らかく細められた。


とくん、とくん、と鼓動が早くなる。
『ありがとう』と言葉を返し、夕刻になり始めた空を見上げる。


あまり女らしいことで誉められ慣れていないせいか、男性にこういった言葉を投げ掛けられると反応に困る。
それが誰もが目を見張るほどの素敵な人だと特に。
頬に熱がたまっているのは、夏の太陽のせいだけではないような気がする。




「吉継はお祭りに行かないの?」

「そうだな」

「秀吉様が打ち上げ花火もあげるって言ってたし、私達は特等席で鑑賞出来るって言ってたよ」

「そうらしいな」

「行かないの?」

「ああ」

「三成も行かない感じだったけど……」

「あいつは……。
俺に付き合っているだけだ。
……本当に、優しいやつだ」

「え?」




茜色に染まりつつある夕焼け空を見つめ、吉継は顔を緩めた。


言葉の意味が理解できなくて、聞き返そうとした私の頭上から三成の声が響く。


「お前、本当に来たのか」




斜め上へ体を捩ると、呆れ顔の美形が私を見下ろしている。




「だから、見せに来るって言ったじゃない」




フンと鼻を鳴らした三成は、吉継の隣へ腰を下ろした。




「吉継、ありがとう。
浮かれているこいつの相手はさぞ大変だっただろう。
自室でゆっくり休め」

「ほんっと失礼」

「そのようなことはない。
萌の愛らしい姿が見れた」

「あ、あいらしい……?」




私と三成の声が見事に重なった。


赤面する私と、不審な顔を向ける三成。
表情は全く正反対だけど。




「楽しんでこい」

「うん、ありがとう!」




微笑みを浮かべながら、頭巾を装着した吉継は部屋から出ていった。


少し沈黙の時間が過ぎる。




「どう?」

「何が?」

「だから。着物、どう?
似合う?」

「良いじゃないか。
正に祭りで浮かれている様をさらけ出しているようで。
今のお前にお似合いだぞ」




顔を除き混んで問い掛けると、三成は嘲笑うような皮肉な笑いを浮かべた。




「感じ悪いなぁ。
もう!」




これ以上ここにいても無駄かもしれない……そう思い、退出しようと体を捩ると、さっきまでなかった茶器が置いてある。
中身を見ると、飲み掛けではない新しいお茶が注がれている。


これって……。


はっとして、三成を見ると、
いつのまにか出した扇子で顔を扇ぎながら、空を見つめている。


そっと茶器を手に取り『頂きます』と呟いて、ゆっくり口をつける。


優しい爽やかな甘味と、少しひんやりとしたお茶の味が広がった。


冷たくて、美味しい。


始めに入れてくれたのはぬるくてどちらかというと渋いお茶だった。
今回のお茶は夏にぴったりな爽やかな味。
着物を着た私が暑いだろうと、少し冷たいお茶を用意してくれたのかもしれない。


ついつい、顔の筋肉がほころぶ。




「三成、ありがとう。
冷たくて、美味しい」




そう言うと、僅かに私を見た彼は目を細め、結んだままの唇にかすかな笑いを浮かべた。


不思議。
冷たいお茶を飲んでいるのに、体の中心が温かくなった。
口は悪いけど、本当はとても優しい人。
こういう心遣いのできる人。
だから、何故か傍にいたくなる。
関わりたくなる。
そう思っているのはきっと、私だけではないんだろうな。


やっぱり一緒に行きたい。
三成と。




「ねぇ、三成は……お祭りに行かないの?」

「行く訳がないだろう」

「……だよね」




こくり、とお茶を飲んだ私が勇気を出して問い掛けると、ある程度予想できた言葉が即答で返ってきて、がくりと肩を落とす。




「はぁ、残念」

「何がだ?」

「一人で行くのも寂しいし、一緒にお祭りに行けたらなって、思ってたから」

「お前。
そんな成りまでして、共に行く人間もいなかったのか?」

「うん」




三成は、眉間に皺を寄せて、『馬鹿』と呟いた。
『本当に馬鹿だよね』と続けると、訝しげな表情で息を吐いている。




「一人で行こうかな、せっかく着物も着付けてもらったんだし……」

「清正や正則を誘えば良いだろう。
お前と同様に浮き足立っている輩の一味ではないか。
何故俺を誘おうと考えたのか理解に苦しむ」

「うーん。
何でだろう。
多分、三成と行きたかったんだと思う」

「……」

「吉継も行かないって言ってたよ」

「そうだろうな」

「どうしてだろう」

「わからないのか?」

「え?」

「祭りといっても賑やかな席だ。
吉継の地位ともなれば、酒や食事をすすめられることも多いだろう」

「あ……」




暫く考えてわかった。
吉継が行かない理由、三成が行かない理由も。
常に頭巾を装着している彼はごく親しい一部の人以外の前で、何かを食べたり、飲んだりしない。
どうしても必要な集まりの時には、三成が吉継の分まで、食事をしているらしい。
頭巾に隠した痣を見ると、周りが嫌がるかもしれないという彼の悲しい優しさ。
行きたくない訳ではないのだ。
三成はそんな吉継の気持ちをわかっているから、敢えて行かないんだ。


吉継が寂しくないように。
吉継の傍にいるために。




「その都度断るのも……俺があいつの代わりをすることも申し訳ないと思っているのだろう」

「私、無遠慮なことを聞いちゃったね」

「お前の前ではいつも素顔を晒しているからな」

「……でも。
それでも、気付けなかった……」




二人の気持ちを考えれなかった自分が情けなくて……泣きそうな面持ちになり、思わず脚を引き、膝に顔を埋める。


吉継の気持ちまで察することが出来なくなるぐらいに気持ちが浮わついていたのかもしれない。
三成の言った通りだ。




「そう、気に病むな。
お前らしくもない」

「私の言葉で、嫌な思いをしていないかな……」

「そのようなことを気にする男ではない」

「……うん」

「髪が乱れるぞ」

「あ、うん……」




すっと顔を挙げると、かんざしが髪からずれた気がした。




「ほら見ろ」




手で直そうとするが、鏡がないので良くわからない。




「どこ?」

「そこだ」

「どこどこ?」

「いや、そっちじゃない」

「どっち?」

「直してやるから、じっとしていろ!」

「はい」




ここは素直に直してもらおう……そう思い、三成に向き直ると、長い指が私の髪に伸びてくる。




「間抜けな女だ」

「わかってるよ。
どんくさいのは」

「自覚しているなら、少しは直せるよう努力しろ」

「う……はい」




厳しい口調と反対に、綺麗な指が髪にやんわり触れ、その感覚がとても心地良い。


涼しげで整った顔がすぐ近くに見え、栗色のサラサラした髪から、ふわりといい香りがする。
美しい女性のように端正な顔立ち。


吉継も美形だけど、三成もかなりの美形。


意識すると、突然早くなる鼓動に戸惑った私は彼の首もとへと視線をずらす。




「お前は……」




俄に口を開いた三成に再び視線をあげる。
彼は、私を見ずにかんざしを直していた。




「お前は悪くない。
吉継の病のことを知っても、態度を変えることなく関わっている。
そう言う人間が、あいつの周りには必要なんだ」

「……三成」




私のことを気遣ってくれている。
だけど、彼は真実しか言わないから。
上部だけの言葉は使わないから。
だからこそ、彼の言葉は信用できる。
すっと心に入ってくる。




「秀吉様が民の為に開いて下さった祭りだ。
落ち込んだ顔をせずしっかり楽しんでこい。
その方が秀吉様も喜ばれるだろう」

「うん、そうだね」

「ほら、出来たぞ」




『ありがとう』と微笑んだ私の髪から、ゆっくりと長い指先が滑るように頬へ下がる。


素肌に感じた温かさ。
俄に驚いて、彼を凝視する。


私を見詰める栗色の瞳が何処か艶を帯びて見えた。


その綺麗な指先は、私の頬にひとふさ残っていた髪をそっと耳にかけ、何処か名残惜しそうに離れていった。


彼が触れていた場所が熱い。


いつもの三成とは違う濃艶な行動に面白いくらい鼓動が鳴り響く。
未だ、私を捉えたままの瞳から視線を反らせられない。




「み、三成?」

「着物姿も……佳麗で良いものだな」




三成は、ふっと笑った。




「……それは、可愛いってこと?」




誉められたのかどうか分からなかった私が聞き返すと、何故か彼の顔がどんどん紅潮していく。




「……五月蝿い。
早く行け。
祭りが終わるぞ」




そう言って、真っ赤な顔で立ち上がった彼に続く。


きっと、誉めてくれたんだな。
本当に素直じゃないんだから。


クスクスと笑いながら襖へ向かい、後ろを振り返る。


机に向かい、また仕事を始めた後ろ姿。
何だかとても愛らしく見えた。




「三成、ありがとう」




その背中に一言呟いた私は、胸に温かいものが込み上げるのを感じながら、彼の部屋を後にした。




***




三成と一緒に行きたかった。



その言葉を聞いて、素直に嬉しかった。
俺に着物を見てほしいというあいつの気持ちも嬉しかった。


あいつの笑顔を見ると、心が温かくなる。
あいつが悲しむ顔をすると、心が痛む。


何故か、触れたくなった。


そっと頬に手をあてると、沸き上がる想い。


きっと。
俺は、萌を。


自然と出た着物への誉め言葉。
解りやすく笑顔になる。
その笑顔をずっと見ていたい。
出来るなら、ずっと傍で。



ありがとう。
それは俺の台詞だ……。
馬鹿萌。

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