小説 | ナノ

02/





「ありがとう。
何だか凄くすっきりした。
もう、大丈夫」




私はひとしりき清正の傍で泣いた後、ティッシュで鼻をかみながら話した。



鼻水やら涙で顔はぐちゃぐちゃ。
おまけに素っぴん。
憧れのキャラに出会えているのに何ということだ。
欲を言えばもっといい出会い方をしたかった。


でもこれはこれで、私の全てをさらけ出したように感じて何だか彼との距離感が近づいたようで少し嬉しい。



多分ひどい顔をしているであろう私を見て、清正は優しく口元を緩めていた。





「……気にするな」





この人は優しい。


ゲーム上でもぶっきらぼうな中に優しさが垣間見える事があったが、実際に会っても本当に。
異世界にトリップして、何もわからない状況で見ず知らずの他人を気遣うことなど私には出来るだろうか。
きっと早く元の世界に帰ることだけを考えてしまうと思う。
せめてこの世界にいる間は、清正の手助けをしてあげたいと切に思った。




「じゃ、部屋の色んな物の説明していくね。
日常生活で使う物が多いから」

「ああ、頼む」




それから暫くの間、火の使い方、冷蔵庫、トイレ、お風呂など日常的に使用する機械の説明をしていった。
元々器用なのか、一度説明すれば清正は直ぐにマスターし、私が説明する度に自分の世界と比べて驚いていた。




「よし、これで一通り終わったかな。
細かい事はまたその都度聞いて?
本当に飲み込み早いね。
何でもすぐ使いこなせるから驚いちゃった」

「そうか?
お前の教え方が上手いんだろ」

「そんな事はないと思うけど……。
まぁ、でも。
この調子ならすぐにこっちの世界に慣れそうだね」




私の言葉を聞いて、清正は急に暗い顔をした。



ああ、しまった…。

慣れたくなんかないよね。
本当は直ぐにでも帰りたいはずだ。
今戦況がどの時代か解らないけど、何よりも自分の大切な人達を守りたいという想いの強い人。
心配しない訳がない。




「ごめん。
元の世界に戻りたいよね?
でもこの世界にいるうちは私が色々教えるし、清正が早く帰れるようにちゃんと手助けするから。
……だから元気、だしてね?」




顔を覗き込むように清正をみると、大きな手がまたぬっと伸びてきて、私の頭をポンポンと優しく叩いた。




「……ありがとな。
さっきまでワンワン大泣きしてたやつに励まされてるなんてな」

「もう…。
恥ずかしいからやめてよ」




むくれる私を見て、清正は『ははっ』と綺麗な歯を見せて爽やかに笑った。
また、無意識に心臓が跳ねる。



「あ!あの。
お風呂。
そう、お風呂、入ったら?
お湯暖めておいたから、どうぞ。
私の後で申し訳ないけど…きっとスッキリするよ?」

「そうだな」

「着替えはこの服で、入るかな。
下着は新しいのがあるからこれで。
…元彼氏のだけどね」




元彼氏がよく泊まっていたので、服も下着もまだそのままだった。


下着に関しては新しい物をストックして置いていたので本当に良かったと思う。今から男物の下着を独りで買いに行くのは流石に勘弁してほしい。




「…ああ、俺は構わない。
だが、お前はいいのか?
また、思い出して泣くなよ?」




清正が少し意地悪そうな顔で笑った。




「もう大丈夫です!
ご飯の準備してるから、早く入ってきて」




そう言いながら、両手で清正の背中をお風呂場にグイグイと押すと、『はいはい』と軽く相槌をうった清正は笑いながらお風呂場に入った。



清正をお風呂場に見送った後、私はキッチンに立ち、オードブルやケーキをお皿に取り分ける。


独りで寂しく食べようと思っていたのに、加藤清正と夜ご飯を食べる機会が巡ってくるなんて誰が予測出来ただろう。
元の世界に早く戻りたい清正の近くで不謹慎だとは思うが、私はとても嬉しかった。




「〜♪♪〜♪」




鼻歌を歌いながら作業していると、ふと足元に嫌な気配を感じた。



この感じはまさか……。



そっと足元に視線を送ると、そこには真っ黒い虫…。
そう、ゴキブリが這っていた。




「ギャーーーー!?」

「萌!
何があった!?」




悲鳴を聞きつけて、清正はお風呂場から飛び出してきた。




「ゴキっ…ゴキ〜!」




パニックになっている私の指差す方向を見て、彼はふっと溜め息を吐いた。




「……何だ。虫か」




そう言って、清正は近くにあった紙でゴキブリを包み込み、ゴキブリだけ窓の外に放り投げた。



何て頼もしい!



普段ゴキブリの気配を感じただけで、寝付けない私。
独り暮らしの女の子の一番の苦難はゴキブリがいた場合の対処だろう。
さすが戦国の世で暮らしていただけのことはあって、虫には慣れっこなのだろう。




「大丈夫か?虫ぐらいでそんなに驚くなよ。
何が起きたかと思った」

「ゴキブリ、凄く苦手なのよ…。
でも、ありがとう。
捕まえてくれて」




ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、はっと我にかえって清正をみると、上半身裸で腰にバスタオルを巻いているだけだった。



ゲームをしていたので、彼の体格についてはある程度予想は出来ていたが、本当に無駄なく筋肉がついて、とても均整のとれた男らしい身体つきだ。


ぼーっと見とれている自分に気づき、思わず顔を振る。




「もう大丈夫だから、お風呂入って。
風邪ひくよ!」

「ああ…?」




清正は不思議そうな顔をして、またお風呂場に戻って行った。



再び夜ご飯の用意の続きを始めたが、先程の清正の身体が頭から離れない。



あの逞しい身体に抱かれたらどうなるだろ……。
きっとベッドの上でも、優しく愛してくれるんだろうな…。


ふと自分の考えていることが恥ずかしくなり、両手で顔をパチンと叩く。





「あーもう。
こんな時に何を考えてるの!」




かれこれ半年ぐらい元彼氏とご無沙汰だったから。
本当はその時点で浮気に気付くべきだよ。
はぁ、完全なる欲求不満だ…。



私は空を仰ぎ、大きく溜め息をついた。

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