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馬が走る。
片鎌槍を構える。
人が次々になぎ倒されていく。
これが戦だ。
俺が生きてきた世界。
これからも俺が生きていく世界。
俺は、三成と正則と共に敵方の偵察に来ていた。
情報を探る為、それぞれに別れた後、直ぐ得体のしれない霧の中に吸い込まれた。
そして、彼女に出会った。
とても、大切な人だった。
とても、愛した人だった。
そして、離れた今も、愛してやまない人。
彼女と共に過ごした時は、俺にとって、かけがえのないものになった。
あの後、がやがやと聞き慣れた声に目を覚ました。
微睡む視界の中、『清正!何やってんだよ!』と半泣きで叫んでいる正則と、『このような状況で何をしているのだよ』と、呆れ顔の中、ほっとしたように息を吐く三成を、何処か冷静に観察していた事を思い出す。
帰ってきた。
俺の世界に。
彼女のいない世界。
馬を降りると、後ろに殺気を感じた。
振り返ると、十人程に囲まれていた。
敵方の兵士だろうか。
片鎌槍を構え、気を発すると、兵達も一斉に武器を構える。
少しの静寂の後、一人の兵が気合いを発し、飛び込んできた。
片鎌槍をふる。
雷鳴が轟く。
次の瞬間、十人の兵は、倒れていた。
何人かまだ息があるようだ。
怯えた目をしている。
「去れ」
そう言うと、我先にと慌てて逃げていく。
その背中を見ていると、後ろ背で見知った声がした。
「甘いな」
「……三成」
「中途半端に逃がすと、怨恨が残る。
秀吉様の邪魔になる者は、誰であろうと容赦しない。
今までのお前は、迷わずそうしていた筈だが?」
今までの俺はそうだった。
けれど、今の俺は。
「……萌。
その者の、影響か?」
「……!
何故、名を……」
「倒れていたお前を始めに見付けたのは俺だ。
譫言のように何度もその名を呼んでいた。
覚えるのも無理はないだろう?」
三成は、そう言って口の端をあげた。
気を失っていても彼女の名を呼んでいたと言うことか。
「……女か?」
「……」
俺が黙っていると、三成はふうっと小さく溜息を吐いた。
「女に現を抜かすな、とは言わぬ。
だが、今、秀吉様は……」
「解っている。
もう、会うことはない。
もう、二度と。
会うことはない」
そう。
どんなに求めても。
どんなに愛しても。
もう、二度と。
三成は、『そうか』と呟き、俺からふいっと目を反らした。
沈黙が流れる。
けれども去って行く気配もない。
らしくない。
いつもの三成ならば嫌味のひとつでも言いそうなものだが。
『何が似ているのかお互い素直じゃないからな』
『残念な事に自分自身で自覚しているのもお互い様なんだよね』
不意に二人で行った城での会話が脳裏に浮かんだ。
初夏の青々とした木々の色。
澄み切った空色。
心地良く暖かい風。
太陽のような彼女の笑顔。
今でも昨日のことのように在り在りと思い出される。
そうか。
心配しているのかもしれない。
こいつなりに。
「すまない。
心配をかけた」
「心配などしていない。
ただ、お前に士気を乱されると迷惑なだけだ」
口を歪ませ、少し赤らんだ顔で話す三成。
やはり心配をしてくれていたようだ。
素直じゃない男だ。
思わず、ふっと笑みが溢れる。
そんな俺を睨み、『何だ』と不機嫌な顔。
「そうか。
だが、ありがとう」
不機嫌な表情が一瞬だけ、気恥ずかしそうに微笑んだ。
小さい頃からずっと一緒に育ってきた。
ライバルであり、家族でもあった。
こいつのこんな表情を見るのはいつぶりだろう。
「行くぞ。
これから忙しくなる」
「どういうことだ?」
「明智光秀が、謀反を起こした」
「明智……光秀が……」
「俺はこれから小早川隆景と和平交渉を結んでくる。
清正。
お前は、秀吉様と共に本能寺へ向かえ、との命令だ」
三成は、そう言い残し、体を翻し去って行く。
歴史が大きく動き出す。
俺は、先の歴史を知るものとして、この世界で一体何が出来るのだろうか。
大きな力を前に、一体何が……。
『でも二人とも想いは一緒じゃない?
だから、大丈夫だよ。
素直な気持ちを伝えさすれば、大丈夫』
また彼女の声が、頭に響いた。
そうだ。
大丈夫だ。
俺は、一人じゃない。
「三成」
これから沢山の想いを背負っていく背中に呼びかける。
振り返る瞳は、何の迷いもなく、俺を見つめている。
「俺は、お前を信じている。この先、お前が必要だと思った時には、迷わず俺や正則を使え」
「なっ……何を言っている?」
三成は、真っ赤な顔をして、目を丸くしている。
それはそうだろう。
今まで思っていても口に出さなかった言葉だ。
「和平交渉、頼んだ。
きっとお前にしか出来ない」
呆然としている三成の肩に軽く手をのせ、俺は歩き出す。
俺一人の力ではどうにもならないかもしれない。
けれど。
小さな力が集まれば少しずつ何かが変わるかもしれない。
何かを変えることが出来るかもしれない。
萌。
俺は、お前にそう教えてもらった。
空を見上げると、漆黒の闇の中に無数の星が輝いている。
その一つ一つが闇に飲まれること無く、強く、美しく。
胸元に光るアメシストを右手に包む。
俺は、俺の道を生きる。
お前は、お前の道を生きる。
あの時、そう選択した。
だが。
それでも……。
そう、解っている筈だと言うのに……。
萌。
会いたい。
お前に、会いたい。
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