小説 | ナノ

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居酒屋の個室で私と舞は久し振りに二人で飲んだ。
他愛もない話、仕事の話、そして、遼くんの話。




「正直言うと。
私ね、多分……遼のこと好きなんだと思う」




『友達としてじゃなく……』
小さく言葉を紡いだ舞は、目を伏せたまま、テーブルの上のサラダをフォークで、とりとめも無く突いていた。




「だから、萌のことが羨ましかったんだろうな……」




思い立ったようにミニトマトをフォークで刺した彼女は、迷うことなくぱくりと口に運んだ。




「……何となく、そうなのかなって思ってた。
舞が遼くんの事を思って本気で怒ってたから」

「……だよね。
萌は、どうだった?
清正さんのことを好きだった?」




舞の目が真っ直ぐに私を見ている。
答えは、分かっている筈。
けれど、彼女は言葉が欲しいのだ。
私自身の想いの言葉が。




「……うん。
好きだった。
本当に好きだったよ」

「……そっか」

「何?」

「んー。
やっと言ってくれたなって。
萌の本当の気持ち。
何にも話してくれなかったから。
相談もしてくれないし!」

「……そうだね。
ごめん。」

「まぁ、私が相談を受けたとしても解決出来る問題じゃなかったみたいだけどさ……」

「……うん」




想い人が居なくなってしまって、初めて自分の気持ちを素正直に伝えることが出来るようになるなんて……。
彼が居た時のもどかしい位の甘い、切ない感情は、月日を追う毎に少しずつ薄れていく。
今となっては、妙にスッキリとした心地にさえ感じることがある。



けれど、彼の名。
徐々に薄らいでいく、彼の表情、彼の温もりに記憶の中で触れたとき、私の奥は、まるで小さな針で、止めどなく誰かに突き刺されているような鈍い痛みを感じる。
ちくり、ちくり、ちくりと。




「どちらにしろ、離れなきゃいけないのは、承知していた事だったから。
想いを口にしてしまうと、何もかもが、止まらなくなりそうな気がしたんだ……」

「それって。
何もかも捨てて、清正さんに着いていきそうだったって事?」

「……そう、だね。
でも現実には難しいってわかってる。
私には、私の生活があるし……」

「そっか……」




一瞬。
本気でそう思った瞬間があった。
得体の知れない何かに指を差し入れたとき。
健全な一般人が持っている思慮分別、適切、健全な考え方、その様なものを無視した所で、私は、あの時、指を差し込んでいた。
唯、この先には、私の知らない彼の世界があって。
私の知らない彼の生活の全てがあって。
そこに私も入れるのだろうかという、そんな純粋な考えが、全てを支配していたような気がする。



結果として、彼に引き戻されたが、お互いの為には、これで良かったのだろう。


お互いの為には……。




「清正さん……元気かな?」




ビールグラスを片手にとった舞が、少し遠い目をして、ふと呟いた。



彼女の持つ綺麗に泡立つグラスを見つめていると、彼と共に飲んだビールの味を思い出した。
また、誰かが針を刺す。




「……うん。
元気に過ごしていると良いな……」




『今日は、飲むよ!』そう言って、残りのビールを飲み干した彼女は、定員さんを呼び、また、ビールを注文する。
私に、にっこりと明るい笑顔を向けてくれる彼女を見ていると、少し痛みが和らいでいくのを感じた。




***






コツン。
コツン。
コツン。



幾分か欠けた月。
幾分か明るい外灯の光。
幾分かの静寂。
ヒールの音が、これ見よがしに大きく響く。
私は、彼と違う世界で生きてますよ!
しっかり歩いてますよ!
そう真面目に主張しているようで、思わず悪態をつきたくなる。



お酒の曖昧な力を借りて、ぺろりと一皮剥ける事が出来た心は、ただ真っ直ぐに彼を求めていた。
いるはずも無い彼を。



マンションの前。
大きな物体を眺めてみる。
一つ、一つの部屋にぱらぱらと光が灯っている。
今日も誰かが帰って、光をつけて。
そして、誰かが光を消していく。
これが、現実なのよ。
これが。



私の部屋まで視線を向けたとき、部屋の光が煌々と照らされている。
心臓が跳ねた。
もう一度確認してみる。
やはり、部屋に光が灯されている。
心臓の鼓動が早まり出す。



もしかしたら。
もしかしたら……!



その計り知れない程に感じた大きな胸の内に呼び起こされた私は、次の瞬間、走っていた。



ロビーに入る。
エレベーターのボタンを押す。
エレベーターは上にある。まだここまで降りてくる気配はない。
私は、昇降階段に走る。
重いドアを開け放ち、ひたすら上へ向かって走る。
耳に聞こえるのは、無機質な空間にリズミカルに反響するヒールの音と、私の激しい息遣い。
部屋の階まで上がりきる。
私の息も弾み、胸の苦しさが増す。
けれど、同時に苦しさを包み込む温かい何かを感じる。
胸を押さえたまま、少し息を整え、重厚なドアを開ける。



部屋の前まで息を整えながら、ゆっくり歩いて行く。



鍵を回し、扉を開ける。
部屋は温かい光に照らされている。
柔らかな淡い光に。



鍵をかけ、リビングに入り、ぐるりと部屋を見渡す。
はっ、はっ、は、と私の声が喉から漏れる。
そして、それは、笑い声に変わった。




「はははっ!
馬鹿、私。
部屋の電気、切り忘れ……」




ぷつりと糸が切れたように、体がベッドの上に崩れ落ちた。
未だにわき起こる滑稽な可笑しさ。
私は、感情に任せてただ嗤っていた。



嗤っているはずなのに。
嗤っているはず……。



それなのに。
それなのに……。



次から次に、溢れていた。
嗚咽と共に、溢れていた。



清正。
…清正…。




濡れた瞳を閉じた暗闇の中、夢を見た。
他の誰でもない彼の夢を。

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