小説 | ナノ

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「……っ。
清正っ!」




ベッドから飛び起きた。
暫く呆けていた私の耳に、どくどくと速く鳴り響く鼓動とは正反対、外からは、鳥の元気な囀りと、同時に蝉の声が聞こえ、いつもの部屋に目も眩むような強い陽射しが差し込んでいる。



……夢か。



夢だとわかり、はぁと一息ついた後、鼓動も少し落ち着いてきた。



それにしても、リアルな夢だった。
清正と、そして、石田三成……。
ゲームと似ているけど、私の知らない世界。
曖昧な夢は何度となく見たことはあるけれど、それは起きたら忘れていた。
けれど今回の夢は、まるで、私がその場にいたみたいにはっきり記憶している。



清正、元気そうだったな。
もう会えないと思っていた。
これから先会うこともない。
だけど、夢の中で清正を感じることが出来たことが、嬉しいような切ないような……。
今の私には少し、複雑だ。



じっとりとした汗を背中に感じ、ベッドから脚を投げ出すと、服を着ていることに気付く。



そうか。
昨日、舞と飲んだ後、そのまま寝たんだった。
そう言えば、化粧も落とさず寝てしまった。
きっと酷い顔になっているだろう。
化粧をして寝るなんて、いい歳の女には、お肌にとって致命的だって言うのに。



とりあえず、シャワーを浴びる前に、化粧を落とそう。
洗面台に向かう。



昨日の夜泣いた為か、マスカラや、アイラインが崩れ落ち、パンダのように目の周りが黒くなっている。
それに、昨日飲み過ぎたせいか、顔も浮腫んでいる。
ここ何ヶ月間、清正がいなくなった隙間を埋めようと残業も厭わず働いたことも相俟って、疲れた女が鏡にうつっている。



うわ。
もう、最悪。
夢も希望もない顔をしている。



メイクを落とし、洗顔する。
お肌にとっては、ぬるま湯が良いらしいけど、いつもより冷たい水で洗い落とす。
その方が顔は勿論、心がスッキリするような気がした。



肌がきゅっと引き締まるような感覚が、心の中もきゅっと引き締めてくれる気がする。



さぁ。
今日は一日お休み。



今日は、お昼から遼くんと会う約束をしている。
この前の告白の返事をするためだ。
舞にも昨日、その事は伝えた。
何か言いたげな表情をしていたけれど、萌がそれで良いなら、と言ってくれた。



化粧水を手のひらに取り、染みこませるように両手で頬を覆う。



じわーっと、乾いた肌に染み込む、心地良い感じ。
そのまま、少し時間をおこうと、ベランダへ出た。



夢の中の清正が掌に包んでいたアメシストを同じように掌に包む。



彼との繋がりは、心の中にある想い出と、彼がくれた薔薇、そして、アメシストのネックレス、この三つだけ。



忘れたくても忘れられない。
いなくなった今も、想いは募る一方。
仕事をしていても、ご飯を食べていても、ふっと清正への気持ちが呼び起こされる。
その度に苦しくなる。



私は、私の存在するべき世界で。
清正は、清正の存在するべき世界で。



そう決めた筈なのに。
そう決心した筈なのにな。



心に感じるこの空虚は、当分……埋まりそうにないよ。
清正。



キラキラとダイアモンドのように光り輝く陽射しを浴びると、夏の暑さがベールのように纏わり付く。
蝉たちも自分が生きているという証明を残すように、声を張り上げている。
時々、休みながら。




***




「私、遼くんとはお付き合い出来ません。
ごめんなさい!」

「……それが、萌ちゃんの返事?」




強く頷くと、遼くんは『そっか』と言って、目の前の珈琲を一口飲んで、小さく笑った。




「……あはは。
何かこうはっきり言われると逆にスッキリしたかも」

「……ごめんなさい」

「謝ることないよ。
元々俺が一方的に想いを伝えただけだし……」




そうだとしても、遼くんの気持ちを解っていて、返事を先送りにしてきたのは私だし、清正への気持ちを正直に現すことが出来なくて、遼くんにも舞にも中途半端な態度をとってしまっていたことは、間違いない。




「……清正さん、外国に帰ったんだってね」

「……うん」

「萌ちゃんは、清正さんが好きだったんだよね?」

「……うん」

「今も?」

「え?」

「今でも好き?」




微笑みながらも少し辛そうな表情で問いかけてくる遼くんに申し訳ないと思いながらも、きっと素直に話した方がいいと感じた私は、しっかりと頷く。




「うん。
好き。
今でも大好き」

「そっか」




遼くんは、どこか吹っ切れた様子で笑った。
彼がいなくなって始めて、自分の想いを正直に告白できるなんて、変な話だ。




「どうして彼についていこうって思わなかったの?」

「それは……。
向こうは向こうの生活があるし、私は、私の生活が……」

「でもそれってさ、単なる言い訳じゃん」




言い訳。
その言葉がずきりと心を刺した。
核心を突かれた気がした。




「実はさ。
二人を見ていて、俺が入り込めない絆って言うか、想いって言うか……そう言うのを感じたんだ。
やっと君と話せるようになって、悔しいけど、ああ、俺は、この二人の間に入り込めないなぁって。
だから、後半は結構俺も精神的に参ったよ」




清正の事を愛してる。
誰よりも何よりも好きで。
だけど、向こうの世界に本気で行こうとは考えなかった。
だって、そんなこと無理だって思ったから。
何で、無理だって思ったの?
どうして無理なの?
一体誰が無理だって決めたの?




「お互い好きなら一緒の道を歩むべきだったんじゃないかな?」




決めたのは、私。
清正の為。
清正に迷惑だから。
そう言い訳をしていたのは他ならぬ私。
好きだけど。
愛してるけど。
今の生活を捨てて、向こうの世界に行くと決心することが不安だった。
それがきっと、私の本心だ。
勇気がなかったんだ。
だから、清正への想いを真っ直ぐに貫く事が出来なかった。




「沢山の問題や、柵をお互い乗り越えなきゃいけないかもしれない。
だけど、二人を見ていて思ったんだけど、清正さんと萌ちゃんなら、きっと乗り越えられるんじゃないかな?
俺は、そう思うよ?」




遼くんは苦笑をもらした。



私が清正の世界に行くこと。
清正が私の世界へ留まること。
どっちも難しいことだと、勝手に決めつけていた。
清正と出会えたことは、今でも奇妙な事で、でも奇跡な事で。



清正がいなくなっても、私は自分の人生を生きれると思っていた。
普通に仕事して、普通にご飯食べて、普通に生活をおくれば良いだけ。
そう思っていた。
だけど。
普通じゃなかった。
清正のいない生活は、人生は、普通じゃなかった。
どんなに一人で頑張っても普通にならなかった。
今でもこんなに近くに感じて、今でもこんなに好きで。


何を強がって格好をつけたんだか。
何を怖がって今の生活を守りたかったんだか。
本当に好きなら、もっと覚悟を持つべきだった。
柵が沢山ある分、もっと自分の意志を強く持つべきだった。



私は、人生で一番の恋を最初から諦めていたんだ。
自分の弱さを、清正の為、私自身の為と言い訳しながら。


だけど、もう遅い。
遼くんが言うように、私にもっと勇気があったなら……。
もっと真っ正面から清正に想いをぶつける勇気があったなら……。
少し未来は変わったのかな?



遼くんは、告白を断った私に対しても、真剣に考えを伝えようとしてくれている。




「遼くん、ありがとう」




遼くんの優しさが嬉しくて、目の中に涙が溜まる。
それを隠すように私は、下を向いて頭を下げた。




「狡いな、萌ちゃんは。
そんな顔されたら、抱き締めたくなるよ?」




遼くんに甘えてはいけない、そう思ってぐっと涙を堪える私を見て、『またいつでも話を聞くから』と爽やかな笑みを浮かべる彼に、私も笑顔で応えた。



少しでも気が緩むと、弱さをさらけ出しそうになる。
だけど、泣きたくなかった。
私は、清正の前で泣きたかった。

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