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【お互いの決意】 トリップ十三日目






……萌。




どこか遠くで私を呼ぶ声がする。
どこかで聞いたことのある声。




萌。




名前を呼ばれることが心地好くて。
何故か心が震える。




『萌』




この声は。
この声は……きっと。



……いっ!




覚醒しようとすると、頭に痛みが走る。



頭がガンガンする。



何とか痛みを堪え、瞳を開くと、揺らいだ視界のなか、心配そうに私を除き混む清正の顔が見えた。




「萌。
大丈夫か?」




清正だったんだ。
夢で私を呼んでいたのは。



不安気な表情で、私の頬に手を添えてくれる。
その温もりに痛みが和らぐ気がした。




「う、ん。
……もう、朝?」

「いや、今は昼間だ」

「えっ?」




昼間?
そんなに寝ていたのだろうか。
それにしてはスッキリしない。
何となく体が怠い。




「ごめん。
ご飯作らないと……っ!」

「萌!」




起き上がろうとすると、頭に刺すような痛みを感じ、くらりと目の前が崩れ、体が傾く。
直ぐ様隣にいた清正が私の体を支えてくれた。




「大丈夫か?」

「……うん」

「顔色が悪い。
どこか痛むか?」




頭は痛いし、体は火照るような感じがして、ボーッとする。




「頭が痛いし、ちょっと怠いかも……」

「すまない」

「……!」

「熱いな。
熱があるかもしれない。
体温計を持ってくる」

「……うん」




体温計をとりに部屋を出る清正。
残された私は逸る胸に手を当てる。



ビックリした。
急におでこに触るんだから。



額に触れた大きな掌の感触を思い出すと、顔が紅潮し、動悸がうつ。
熱のせいなのか、好きな人に触れられたからなのか。



一息ついたところで、清正が部屋に入ってくる。
膝をついて、目線を合わせた後、徐に手を私の胸元へ伸ばした。
突然のことに思わず体が後退する。




「えっ?
な、なに?」

「いや、体温を測ろうと……」

「いいっ!
自分で出来るから」




力強く拒否すると、不思議そうに頭を傾げた清正は、私の手に体温計を渡した。



他意はないことはわかるが、さすがに恥ずかしい。
本人はさして気にしていない様子だけど。



時々天然な所があるよね、清正。



そんなことを考えながら、体温計を腋窩に差し込む。
暫くしてピピッと音が鳴り、体温計を取り出す。



『38.5度』



二人で画面を覗き込んで発した声が重なる。




「今日はお前がゆっくりする日だな」

「うん。
ごめんね。
そうさせてもらおうかな。
一日寝たら治ると思うから」

「ああ」

「でもご飯とか……どうしよう。
清正が食べるものがないよね」

「俺のことは気にするな。
向こうの世界では戦となると食べれないことの方が多かった程だ。
慣れている」

「いや、でも。
そういう訳には……」

「ああ、だが……。
お前はしっかり食べないとな。
俺一人で、買い出しに行ってくる」

「えっ?
清正が?」

「駄目か?」

「……ううん。
それは私としても助かるけど、一人で大丈夫?」

「ああ。
何日かの間お前と買い物に出掛けているから、方法はわかる」




少し心配だけど、確かに何回か一緒に買い出しに行ってるし、大丈夫かな。




「じゃ、お願いしようかな」

「ああ。
任せておけ」




そう言って、清正は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔はまるで子供みたいで。
可愛いなぁと思ってしまう私だった。





***





「……。
清正、大丈夫かな」




誰もいない部屋でポツリと言葉がもれた。



清正が近所のスーパーに買い出しに出掛けてから、三十分程経とうとしていた。
行き帰りの時間も含めて、買い物をして帰るまで多分一時間以上はかかるだろう。



現代の商品も、まだ把握出来てないものもあるだろうし。
とりあえずのメモを渡しておいたけど。
何となく、心配。
わからなければ店主に聞くと言っていたけど、異世界の人だから、それもそれで心配だし。



やっぱり無理してでも一緒についていけば良かったかな。



仰向けに寝込んでいる先に見える白い天井をぼんやりと見ていると、ふと、何処か嬉しそうに家を出た清正の笑顔を思い出す。



この世界に来て、今まで一人で出かけるということは全くなかったから、きっと、一人だけで何かが出来るということが嬉しかったのかな。
何となく気持ちがわかる気がする。



無事に帰れるといいけど……。



シーンと静まりかえった部屋で寝転びながら考えていると、体調のせいもあってか、自然と上の瞼と下の瞼がくっつきそうになる。



こんな時に体調が悪くなるだなんて。
本当に情けない。



昔、友人が恋煩いで体調を崩したなんて話を聞いたことがあった。
その時は、恋で体調を崩すなんて信じられなかったし、当然私には皆無だと思っていた。



それが。
彼のことを思うと、胸が苦しくなって。
切なくなって。
彼のことばかり考えてしまう。



これは間違いなく恋煩い。



何だか不思議。
自分がこんな風に変わるなんて。



今までの恋は、諦めようと思えばすぐに諦められてた。
別れようと言われれば、諦めて別れてた。
望みがないと分かれば、すぐに諦めて折り合いをつけることが出来た。



軽く笑みが浮かんだ。



思い返すと私の恋は、諦めてばかりの恋だったのかもしれない。



ただ、今回の恋は違う。
諦めようとしてるのに諦められない。
望みを持たないようにしているのに望みをもってしまう。
本気で誰かを好きになると、そうなるのか。
そう思わざる得なくなるのか。



今の私に言えるのは。
私が清正を愛しているということ。
それは、揺らがない真実。



一緒にいたいと言う想いは変わらない。
だけど。
彼にとって一番、彼らしい生き方が出来る世界。
彼らしい人生を送ることが出来る世界。
それは、きっと、この世界では出来ない。



私は、また諦めることになるんだろうな……。
こんなに好きになった人を。
だけど。
それで良いんだよね。



彼の幸せは私の幸せ。
ドラマや漫画でみたことのあるくさい台詞。
だけど、今は本気でそう思える。



元気になったら、元の世界に戻れる手立てを早く見つけないと。
彼が一日も早く元通りに暮らせるように。



心に穴が開いたような空虚と、何処か満ち足りた心。
相反する気持ちを感じながら、緩やかな眠気に苛まれた私は、清正を案じながらそのまま、目を閉じた。



目を閉じると浮かんでくる。
秀吉様の為に、仲間の為に、戦乱の世で雄々しく生きている彼の大きな背中が。



あなたは誰よりも。
凛々しく、猛々しい。
戦国武将。
そして、私の大好きな人。



そう。
あなたは。
貴方は、加藤清正なんだから。

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