小説 | ナノ

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私は、帰路につきながらこの十二日間で起きた出来事を思い返していた。



彼氏だと思っていた人に浮気されていたことにも気付かず、そして、挙げ句に振られ。

突然、加藤清正が現れて。

彼に恋をして、好きになって。

だけど、住む世界が違うから……好きって言うことさえ許されなくて。

周りにも説明できなくて。

舞と喧嘩して。

遼君に告白されて。



突如、頭がズキンと疼き、こめかみを擦る。
けれど、和らぐことのない鈍痛は少しずつ大きくなっていく。



痛い。



頭が痛いはずなのに、それよりもずっと、心が痛い。



何なの。
どうしてこんな……。
どうしてこんな状況になってしまったのだろう。



考え込んで歩いていたせいか、思ったよりも早く家に着いてしまった。
ドアの鍵を開け、心を落ち着かせるため、一呼吸おいてから扉を開ける。




「ただいま……」

「お帰り」




鍵を開けると、玄関まで迎えに来てくれる清正。
穏やかな微笑み。



こうして家にいて待っていてくれる。
傍にいてくれる。
ほっとした。
それと同時に苛立ちを覚えた。




「どうした?」




どうした、じゃない。




「萌?」




清正が俯く私に近付き、顔を除き混む。
その澄んだ銀の瞳に益々感情が高ぶる。




「遼君に好きだって言われた。
ずっと私を好きだったって。考えて見て欲しいって」




真っ直ぐ清正を正視して話せば、少し目を見開いた彼は、私からスッと目をそらした。




「……そうか」




そうか?
それだけ?
それだけなの?




「清正はどう思う?
私と遼君が恋人になること」

「俺の……想いなど関係ない。
お前が考えることだ」




全然私の目を見てくれない。



どうして、反らすの?
どうして、逃げるの?
ちゃんと言ってよ。



また、こめかみに痛みがはしる。




「私は、清正がどう思うのかが聞きたいの!」




自分でも驚くぐらい強く言い放った声。
その声に清正の視線が戻ってくる。



だけど……。
視界に見えたのは、困惑した表情。
辛そうな、悲しそうな表情。



違う。
こんな、こんな顔をさせたくないのに。



罪悪感がひしめいているのに、怒りの感情が止まらない。
ズキン、ズキンと響く痛みと共に、すべてを清正にぶつけたくなる。




「お前があいつを好いているなら。
想いを受け止めてやればいい……」




その言葉で私は、真っ白になった。
一番言って欲しくなかったから。



私が誰を好きかなんて、もうわかってる筈でしょう?
もう気付いている筈でしょう?
それなのに、どうしてそんな言葉を発するの?




「そうじゃなくて!
私は、清正が私をどう思ってるか知りたいの!」




ダメだ。
言ったらダメなのに。
この先は。




「だって。
私は!
私は清正のことが!」




刹那、強く体を引かれた。
清正の温もりが身体中を包んでいる。
背中に感じる体温。
耳許に感じる息遣い。
不思議と頭痛が和らいでいく。



暫く虚をつかれていると、掠れた声が耳に響く。




「……それ以上言うな」




その声は。
凄く。
弱々しくて、切ない。
けれど、それ以上何も言えなくなるくらい深く、私の中に突き刺さった。




「お願いだ。
……言わないでくれ……。
頼むから」




懇願する清正は、私の体をさらに強く抱き締めた。



どうにも出来ない想いだってこと、お互いにわかってる。
理解してる。



だけど。
それでも。
あなたが。
あなたが好きで。
本当に大好きだから。




「ずるいよ……」




自分の気持ち、誤魔化して。
言い訳して。
なんとか持ちこたえてた。
想いを伝えてしまったら、悲しみしか残らないの、わかってるから。




「何で?
どうしてここに来たの?
どうして私のもとに来たの?」




清正が悪い訳じゃない。
誰も悪くない。



目に涙が溜まっていくのがわかる。
泣きたくない。
そう思うのに、どんどん溢れてくる。



どうして、私と清正を引き合わせたの?
どうして、こんなに彼を好きになってしまったんだろう。




「何で、私の……」




溢れた涙は頬をつたい、もう止まらなくなった。
清正のシャツが涙で濡れていく。




「……すまない」




謝って欲しくない。



ただ。



好きって。
愛してるって。
そう言って欲しいの。
誰よりも貴方に。



きっと。
私のその願いは。




「どうしてっ……!」




叶うことはない。




清正の服を握りしめ、私は、思いっきり泣いた。





***




先程の事が嘘のような静けさの中、萌は、俺の腕の中で、目を閉じ、眠りについていた。
泣き腫らした目にかかる濡れた髪をそっと避けると、体を少し捩った彼女は俺の背中に小さな手を回し、また、胸に顔を寄せた。



『すまない』



それしか言えなかった。
そう言うしかなかった。
俺には、彼女の感情を受け止めることしか、彼女の傍にいることしか出来ない。



指が消えかかったことで、気付いた。



俺は、この世界の人間ではない。



忘れかけていたことを、もう一度思い知らされたような気がした。



どうか、彼女が安らかに眠れますように。



俺は、小さな体を寄せ、その温もりを大切に抱き締めた。

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