小説 | ナノ

22/


【束の間の幸福】逆トリップ九日目



彼の寝顔を横目に、体を起こし、朝食の支度を終えた私は、ダイニングテーブルの椅子に座り、珈琲を飲んでいた。
後は清正が起きたら、一緒に朝御飯を食べる……予定なのだが、今日は何故か起きてこない。
いつもなら、私より先に起きているか、私が朝食を作っている最中に起きてきていたのに。
珈琲を飲み干し、テレビをつける。
いつも通り、朝のニュースが流れる。
隣の部屋に眠っている彼を気にして少し、音量を控えめにする。
席を立ち、二杯目の珈琲をカップに注ぎ、また椅子に座る。
カップに口をつけながら、隣の部屋の扉を見つめる。




「まだ寝てるのかな……」



静かな部屋でポツリと呟き、時計を見る。
いつも起きて食事をする時間より、一時間ほど過ぎていた。
起きるまで待とうかとも思ったが、用意した朝御飯が冷めてしまう。



そろそろ起こした方がいいかも。



清正が寝ている部屋を覗くと、未だ眠っている顔が視界に入る。
布団の傍に腰を降ろす。



カーテンに太陽の光を遮られた薄暗い部屋。


長い睫毛。
綺麗な寝顔。


彼に対する愛しさが自然と込み上げてくる。
好きな人の寝顔ってどうしてこうずっと見ていたくなるんだろ。
何だか起こすのがもったいない。
ずっとこのまま、寝顔を見詰めていられるかも。




「ねぇ。
もう、朝だよ?
朝御飯できたよ」

「……あぁ。
萌……か」




彼の耳許に近付く。
静かな声で話しかけると、ゆっくり瞳を開けた清正は、どこか揺らいだ視線で私を見た。




「……すまない。
起きないと……」




そう言って、気だるそうに上半身を起こした彼の様子が、いつもと違う。
除き混んで、顔色をよく見ると、顔には赤みがさしているし、何だか意識が朦朧としていて、目線が定まっていない。




「……清正。
大丈夫?」

「……ああ。
平気だ」




そうは言うものの、やっぱり可笑しい。
明らかに体を起こしているのが辛そうだ。



もしかして……。




「ちょっとごめん」




ピンときた私は、彼のおでこに手をあてる。
直ぐ様、掌に異常な位の熱を感じた。




「すごい熱じゃない!
体温計持ってくる」




体温計で熱を測定する。
ピーという音が響き、画面を見て、動きがとまる。



さ、39度……。
有り得ない。
よくこれで我慢してたよ。
確かにこの熱では、体を起こすのも辛いだろう。




「かなり高い熱があるね。
体が怠いでしょ?」

「あ……あぁ。
そうだな……そう言えば熱いかもしれない。
だが、大丈夫だ」




そう話しながら、立ち上がろうとする清正の体を布団へと押し戻す。




「大丈夫じゃないよ!
今日は1日おとなしく寝てて。
治るものも治らないよ?」




私の言葉に暫く思案した後、諦めたように布団へとゆっくり体を横たわらせた清正は、真っ赤な顔をして、申し訳無さそうに眉をしかめた。




「……すまない。
お前に迷惑ばかりかけて……」

「迷惑なんて思ってないから。
疲れが出たのよ。
この世界に来て、色々気を張っていたんだから。
ゆっくり休んで?
何か食べやすいものを作ってくるから」




その場から立ち上がり、部屋を後にしようとした私の耳に、力なく『萌』と名前を呼ぶ声が聴こえ、振り返ると高熱のせいか潤んだ瞳で私を見上げる清正と視線が合う。




「何?」

「いや……何でもない……。
ありがとう……」

「うん」




私が少し微笑むと彼も気弱に微笑んだ。



キッチンに戻り、口に入りやすいものを作り、また部屋に戻ると、私に気づいた清正は辛そうに上半身を起こそうとする。
慌てて食事をのせたお盆を置き、背中を支える。
『大丈夫?』と声をかけると、『ありがとう……』と気弱そうに笑う表情は、いつもと違って覇気がない。




「食欲ないと思うけど、何か食べてから薬を飲まないといけないから。
少し、食べて」

「……ああ、すまない」




体に力が入らない位、熱があがっているんだから、食べさせてあげた方がいいのかもしれない。
それに、私自身彼の為に何かしてあげたい気持ちもあるし。



スプーンを手にとり、ご飯をすくい、ふぅふぅと息を吹きかけ、あら熱をとる。




「はい。
あーん」

「……」




スプーンを口元へ持っていくと、清正は呆然と私を見詰めていた。




「ほら。
口開けて?」

「あ……ああ」




私の言葉にハッとした様子の彼は、どこか躊躇いがちにご飯を口に入れた。




「美味しい?
これなら、食べれそうかな?」




モグモグと口を動かした後、こくりと飲み込んだ清正は、『美味しい』と言って、ふわりと微笑した。
その様子にほっと胸を撫で下ろす。




「これね、卵粥って言うんだけど、昔、私が熱を出すとおばあちゃんがよく作ってくれたの。
優しい味がして美味しかったな」

「……優しい味だな」

「え?」

「お前の卵粥も、お前のように優しい味がする」

「そ、そう?」

「ああ」




優しい目で頬を緩めている清正。
やわらかく温かな感情に包まれる。
心に浮かぶ嬉しさを隠しながら、またお粥を彼へと運ぶ。
時々、会話をしながら、結局清正は全て完食してくれた。
その後、薬を飲んだ彼は『少し休む』と横になり、ものの十秒位で寝息をたて始めた。



心安い寝顔を確認した私は、そっと部屋を後にし、片付けを始めた。




***




清正が寝付いてから、三時間。
熱の様子を見ようと、部屋に入り、眠っている清正のおでこに手のひらをのせると、先程よりも低い熱を感じた。
どうやら薬が効いたようだ。
良かった、そう思い手を離そうとしていると、閉じられていた目が少し開いた。
ゆらゆらと天井をさ迷っていた視線がゆっくりと私に向けられる。




「ごめん。
起こしちゃった?」

「いや……大丈夫だ」

「よく眠れた?」

「……ああ。
夢を見ていた……」

「どんな夢?」

「昔、まだ小さい頃。
俺がこうして熱を出して寝込んでいた時。
秀吉様は、大丈夫かと頭を撫でてくれた。
おねね様は、お前のように美味しい飯を作ってくれた。
正則は俺の傍でずっと騒いでいた」

「ふふっ。
みんな優しいね」

「……ああ。
そして、三成は……。
小言を言いながらも一番世話をやいてくれたな」

「……三成らしいね」

「……幸せ、だった。
この幸せを俺は守りたい。
そう、思ったんだ」

「うん……」

「時々……不安になる。
この先の未来を知った俺は、三成と分かりあえるだろうか……。
また、悲しい未来をたどらないだろうか」




そう言って、清正は空を見つめた。
その瞳には不安と寂しさが入り交じっているように思えた。




「想いを伝えるって難しいよね。
それが、大切な人なら尚更。どうしてわかってくれないんだろう。
言葉で言わなくても伝わる筈、伝わって欲しい、なんて思ったり……。
だけどね……」




銀色の瞳が私を真っ直ぐに捉えた。




「大切な人だからこそ、普段から本当の想いを打ち明けなきゃいけないと思う。
三成の言葉に隠された想いをわかってあげられるように、三成が清正の想いを理解できるように」

「……萌。
ああ、そうだな。
お前の言う通りだ」

「うん。
私は、清正がこの世界に来たこと、偶然じゃないと思ってる。
この世界で経験したことはきっと元の世界に戻っても無駄にはならないと思うから」

「帰らないとな……元の世界へ」

「……うん。
そうだね。
その為にも早く良くならないと!」

「そうだな」

「そう、そう!
じゃ、また一眠りして?
今日一日ゆっくりしたら治るよ、きっと」

「ああ」




胸に、ズキンズキンと抉られるような痛みを感じる。



私、上手に笑えてるかな。
本当は凄く苦しいの。



貴方と私の運命は交わらない。
これが現実。



だけど。
出逢ってしまったから……。
貴方と。



貴方を想う、この想いは。
もう……どうにも出来ない。



銀の瞳が閉じた後の、長い睫毛。
その睫毛が薄く動く。



隣に寝転んだ私は、彼の顔に近付く。
解熱剤を飲んで、安らかに寝息をたてている清正は、やっぱりとても綺麗で……。
どこまでも、私を魅了する人だと、そう思った。



好き。



『叶えられないんだよ?
萌。
そんな想い抱いたって』



わかってる。
けど、清正が……好き。



『どうせ、離ればなれになるのに。
馬鹿だね』



本当、そう。
馬鹿だ。
でも……好きなんだよ。
傍に、いたいんだよ。
こうして、触れていたいんだよ。



あどけない少年のような端正な寝顔に思わず微笑みがもれる。




「無防備に寝ちゃって……」




眠っている清正の綺麗な頬に指を滑らしていると、唇に指が触れた。
ふわりとした感覚が、口付けを交わした情景を脳裏に甦らせる。



もう一度。
キス……したいな。
清正。



彼の温もりに満たされた私は、そのまま眠りについた。

prev / next
[ ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -