小説 | ナノ

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朝食を終え、昼過ぎから出掛けた。
思えば二股をかけられていたからか、元彼とのデートもかなりの年月御無沙汰だった。
人生の中で、こんなに胸がときめいたり、嬉しくなったりするデートは初めてだ。
一言でいうと、とても幸せだった。



右横を見上げると、素敵な男性。
今日のデートでもその凛々しい容姿のせいか、女性だけではなく、男性からも注目を受けていたことを思い出す。



だって、ほら。
こんなに格好いいんだもの。
皆の視線を集めるのは当たり前なのかもしれない。
隣に歩く私は、全くつりあいがとれていないのだろう。
だけど、彼とずっと一緒にいるという訳ではないのだ。
今、この時だけは彼女のように彼の傍にいることを許してほしい。



見つめていた私と視線が合うと、ふっと微笑んだ表情に僅かに見とれていると、不意に左手が伸びてくる。




「ほら」

「え?」

「デートは手を繋がないのか?」



手!?



動揺して目を見開く私に、清正は頬を緩めている。




「つ、繋ぐ!」




勢いに任せてそう言うと、右手をふわりと大きな手に握られる。
嬉しさでつい口許を緩めてしまう。
対照的にじっと繋いだ手を見つめている清正。
不思議に思い話しかけようとすると、一度手を離し、再度指を絡めとられる。




「……いや。
こうか。
歩いている男女を見ると、こう繋いでいたな」



こ、これは所謂、恋人繋ぎ……。



行くか、と爽やかに笑い、手を引く清正の広い背中を見上げる。



大きくて、逞しくて……。



手を伸ばせば、掴もうと思えば掴める距離。



だけど……それが。
私には、遠くて。
すごく、遠くて。



胸が。
胸が……苦しい。



急に感じた切なさ。
掌に感じる温かさが、余計胸を締め付ける。



沢山の人混みに紛れながら、チクリと感じる痛みを左手で押さえつけ、私は彼のあとを追った。




***




「あ、このネックレスいいなぁ」

「紫色が綺麗だな」

「うん。
本当に綺麗。
しかもペアなんて珍しい」




『ペア?』と首を傾げる清正に『お揃いってこと』と、説明する。




「私、好きなんだよね。
アメジスト」

「アメジスト?」

「この紫の石をアメジストって言うんだよ」




『そうか』と呟いた清正は、興味深そうに飾ってあるネックレスを手に取った。




「こういう石を宝石って言うんだけど、宝石にはそれぞれ意味があるの」

「アメジストにも意味があるのか?」

「勿論。
その意味を含めて、好きな人にあげたり、自分の御守りに身に付ける人もいるんだよ」

「どんな意味があるんだ?」

「へ?」

「アメジストという石に」




『それは……』と呟き、言葉に詰まる。




「それは……内緒」




そう誤魔化して、『もう、行くよ』と手を引く私に『何故だ?』と不服そうな表情。
『休憩に珈琲を飲みに行こう』と話し、再度手を引っ張ると怪訝な顔をしながらも、素直にその場から離れてくれる。



別に、普通に教えれば良かったのかもしれないけど。
彼に伝えるには、恥ずかしい言葉だったから。
清正への想いを代弁しているようで。



カフェで珈琲を飲みながら、ふと考える。



代弁……か。



言葉では伝えられないけど、私の彼への想いはネックレスに込めれる。
彼は、私が教えない限り宝石の意味なんて知ることはない。
そして、清正にもネックレスを通して少しでも私を想い出してしてもらえたとしたら、とても嬉しい。
この出会いを大切にしたい。
この先、離れる運命だとしても、彼への想いは大切な宝物だから。



……ペア。
ペアか。



ひとつの決心をした私は、席を立った。
清正が驚いた顔で私を凝視している。




「やっぱりさっきのネックレス買ってくる!
清正はここで待ってて」

「萌!」




清正が呼び止める声を背中に私は、先程の店へと走った。




ネックレスを購入して、清正の待つカフェへと戻る。
片方は既に私の胸元で光っている。
綺麗な深い紫色はまるで心の御守りのように輝いている。
席に戻ると、清正がホッとした表情で迎えてくれた。




「ごめんね。
突然」

「いや、気にするな。
少し、驚いたが」




『ごめん』ともう一度謝ると、『お前らしい』と言って、ゆったりと優しい笑顔を向けた。



慣れない場所で不安にさせてしまったかな……。



反省する気持ちを持ちつつ、胸元を指差す。




「見て」

「良いな。
お前によく似合う」

「ありがとう。
……それで、これ、何だけど」




おずおずと、机に箱を差し出す。




「さっきのネックレス、ペアだっていったでしょ。
だから、もうひとつは清正に持っていて欲しくて」

「俺に?」




驚きの色を示している表情に迷惑だったらどうしよう……という考えが、今更脳裏に浮かぶ。
勢いで購入したため、その事を全く考えていなかった。




「ごめん!
差し出がましいよね!
押し付けがましいよね!
ほら、私達は親友だし、今日のデートの記念にと思っただけだから!
要らないなら捨ててくれて良いから」




恥ずかしさで心が折れそうになり、頭を垂れる私の上から、ふっと笑う声がした。




「いや。
有り難く受け取らせて貰う。
ありがとう、萌」




嬉しそうな顔をしている清正を見て、喜びが心をゆすぶる。



良かった……喜んでもらえて。



「どうやって身に付けるんだ?」

「ちょっと待ってね」




箱からそっとネックレスを取りだし、清正の後ろ背へと回る。
逞しい首筋にそっと手を伸ばし、ネックレスのホックをとめる。




「出来た」

「ありがとう」




席に戻ると、彼の胸元にしっかりと輝くアメジスト。
それは私の胸元で光っているものと同じ。



よく、カップルがお揃いのアクセサリーを身に付けていたりするが、私はあまり興味がなかった。
だけど、大好きな人とのお揃いのものって、こんなにテンションがあがるものだったんだな。
今、改めて思い直す。




「よく似合うよ、清正も」




私がそう言うと、彼は少し気恥ずかしそうに笑った。





***




夜ご飯は、私の手料理が食べたいとの嬉しいリクエストを頂き、二人で歩いて近くのスーパーに買い出しへ向かう。




「今日は楽しかった!
久し振りにちゃんとデートしたって感じ!」

「そうか。
それは良かった」

「今日は何が食べたい?」

「お前が食べたいもので良い」

「その返答が一番難しいんだけど」

「よく食べるからな、お前は」

「失礼な!」




はははっとお互いに顔を見合わせて笑う。
何とも言えない幸せな時間を感じていると、後ろ背から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、スラッと背の高いスーツを着た男性が目を大きく見開いて立っていた。




「あ、やっぱり萌ちゃんだ」

「遼くん!?」

「遼で良いって言ってるのに」




突然の状況に焦る私と名前で呼ばれなかったことに拗ね、呆れたように眉を下げる遼くん。




「清正さんも今晩は……」




そう話した遼くんの視線が繋がれている手元に下がり、止まった。




「あっ……」




ま、まずい!
勘違いされる。




咄嗟に離そうとする私の手を清正の大きな手が引き戻した。



えっ!?



その行為に驚いて清正を見上げると、彼の視線は真っ直ぐ遼くんに向けられていた。




「へぇ〜」




遼くんが、面白そうに口角を挙げた。



兎に角何とか誤魔化さないと。
従弟という話になってるんだから。




「りょ、遼は今帰り?」

「うん。外回りの途中だったんだ。
凄い偶然だね」




『そうだね』と返すと、遼くんは綺麗な笑顔を浮かべた。




「ところで、萌ちゃん達は何してたの?
もしかして……デート?」




この状況、絶対にその質問が来ると思った。



どう言い訳したらいいの!?




「いや……デートっていうかね……これには深い事情が……」

「デートだ」

「ええっ?」

「デートだろ?」

「え?
うん、デート……だね……」




言い訳を開始しようとした私に清正は、はっきりした口調で話した。



確かにデートだけど。
デートしようって出掛けたんだから。
だけど……。



いいの?



清正をまた、チラリと見上げると、変わらず遼くんを正視している。




「ふーん。
この間とは違うってことだね」




清正と遼くんが何故か挑むように鋭い視線で見つめあっている。



何なの?
どうしたの二人とも!?




「あ、あの……」

「あぁ、ごめん。
邪魔しちゃって。
これからご飯?」




この妙な雰囲気を何とかしなければと口を挟んだ私に気づいた遼くんは優しい笑みで返した。



場の空気が少し元に戻り、内心ホッとする。




「うん、そうなの。
材料買いに行こうと思って」

「そっか。
良いなぁ、清正さんは。
萌ちゃんの手料理が食べれて。
俺なんか、外食か弁当だからね」




『男の独り暮らしは辛いよ』そう呟いた遼くんは、爽やかに微笑んだ。




「萌、そろそろ行くぞ。
遅くなる」

「あ、うん。
そうだね。
じゃ、またね」

「うん、また……ね」




清正に引かれながら手を振る私に、笑顔で手を振り返してくれる彼。
その表情に安心して前を向こうとする私の視界に、一瞬、何処か寂しそうな表情が垣間見えた気がした。




***




買い出しを終えて、家路へ戻る。
いつもの調子で荷物を持とうとする私の手から、するりと奪われた。
そして、再び手を繋がれる。



何だか、今日の彼は積極的な気がする。
どういう心境の変化なのかわからない。
嬉しいけれど、何となく戸惑ってしまう。




「さっきは驚いたね?」

「ああ……」

「ねぇ、どうしてデートなんて言ったの?」

「嫌だったか?」

「嫌じゃないけど、恋人かもしれないって、勘違いされちゃうと思うよ?」




その言葉に歩いていた足がピタリと止まった。




「勘違いされても良い」

「え?」

「俺は勘違いされても良いと思ってる」




どういう……意味?



身じろぎひとつしない鋭い視線が突き刺さる。
その瞳はどこか情欲的で、何故か目が反らせられない。



お互いの視線が凍ったように止まる。
オレンジ色の夕陽に照らされた彼は、キラキラと輝き、とても神秘的に映る。
まるで、一瞬が永遠に変わったみたいに時が流れる。
その姿に激しく胸をうたれる。



ああ。
私。
清正が好き。



清正が……好き。




「行こう」




一言そう言った清正は、私の手を引き、歩きだす。



ねぇ、清正。



前を歩く広い背中に願う。



それぞれの道を歩むその時まで。
どうか、貴方を好きでいさせてください。



こんなに切なくて、こんなに幸せな時間は、はじめてだから。
こんなに誰かを愛しく想えたのは、はじめてだから。



どうか、お願い。



私は、願いをかけるように胸元のアメジストを握りしめた。

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