小説 | ナノ

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「…ああ〜気持ちいー…」


湯船に浸かる。

ローズの入浴剤の香りが浴槽を包み、体が軽くなる。
腕を伸ばすと、清正とのやり取りが頭を掠める。


お互いを貪り合うようなキス。
絡み付く熱い舌。


一度目のキスは優しくて心が溶けるような甘いキスだった。
だけど、先程のキスは激しく求め合うような情熱的なキス。
心の奥底から彼の全てを求めたくなるようなそんな気持ちになった。


「馬鹿だなぁ…。
私って…」


清正が困るような事を。
今、傍にいれるだけで満足してたのに。
欲が出ちゃうのかな。
好きだって伝えないって決めたのに。
彼が帰るときが来たら、気持ちよく送ってあげようと決めてたのに。
はぁ。
何で、あんな事言っちゃうかな。
口付けして…とか、抱いて…なんて。
冷静になって思い出しても恥ずかしい。
旅館での時は何となくスルーして過ごせたけど。
今回は訳が違う。


「また気まずくなるの…嫌だな」


謝るにしても話を蒸し返すのは嫌だし。
一人でこの世界に存在している清正の寂しさにつけこんでいるような気がして、情けなさを感じたりもする。


一緒に住んで、一緒に寝て、一度ならず二度もキスして…。
私たちの関係って本当に訳が解らない。
曖昧な関係は嫌いだ。
恋愛事は、どちらかというと、白黒はっきりさせたい性格なのに、今回ばかりは頭を抱えてしまう。
でも、元々清正がこの世界に存在していること事態が有り得ないことなのだから、難しく考えるのが少し馬鹿らしくもある。
だって、彼は、どちらにしろ元の世界に帰るのだから。
まだ手だては見つかっていないけれど、元の世界に帰りたいという意志は強い。
手立てが見つかれば、『元気でね、さようなら!』と直ぐにでもお別れしなければいけないのだ。
だったら、うだうだ悩むより、清正との時間を楽しむ方が賢い気がする。


「そうそう。
深く考えなきゃいいのよ。
キスがなんだ!
憧れの清正と現実世界でキス出来ただけでも有り難いじゃない!」


この先の教訓。
『その先を期待して動くな』である。
未来を期待するから、辛くなる。
苦しくなる。
でも、元々交わらない運命なら、今を大切にしたい。
彼と過ごす今を。


ローズの香りに癒された私は勢いよく湯船を出た。


***

お風呂上がりにビールを飲もうと、冷蔵庫から350ml缶を取り出す。
プシュっという音と共に流し込む。
喉に気持ちの良い痺れと、体に回るアルコールの感じ。


「あー、美味しい〜!」


生きてるって、実感する至福のひととき。
グラスに注いでも美味しいけど、こうして缶のまま飲むのもまた美味しい。


一口堪能した後、ふと部屋を見渡すと、清正がいない。
ビール缶を片手に部屋を歩いていると、ベランダに人影を見つけた。

窓に近寄ると、何処か寂しそうな後ろ姿が星空を見つめている。
私の視線にも気付かずに。

もう一度、冷蔵庫に戻り、ビール缶を取る。
そして、私もベランダへ向かった。


カラカラと、窓を開ける音と共に、清正が振り返る。
戸惑うような悲しげな瞳は私の心をぎゅっと、締め付けた。


「ビール、どうぞ。
一緒に月見酒しよ?」


気まずさを打ち払おうと、いつもより元気な声でビール缶を差し出すと、清正は笑顔で『ありがとう』と受け取った。


プシュ、と音が響いたのを確認して、缶を向けると、カチンと缶を合わせてくれる。
それだけでもちょっと嬉しい。

二人並んで夜空を見る。

初夏の夜は風が涼しくて、お風呂上がりの火照った体に心地良い。
不思議と沈黙も苦ではなかった。
ただ、二人で夜空を眺めていると、現実世界とか、異世界とか関係なく、今、この時、たった二人で存在しているような錯覚をおこしてしまいそうになる。
星空の下、清正と私と二人だけの世界で。

また、一口ビールを飲む。
意を決して、私は清正を見上げた。


「…ねぇ。
私達って、変な関係だよね?」


銀色の瞳が息を凝らすようにじっと見た。


触れてはいけない話題に触れた時のような緊張が走る。
だけど、もう、お互いに遠慮するような関係は嫌だ。
例え、好きな人にはなれなくても。


「一緒に暮らしてるのは、やむを得ずの事だけど、一緒の布団で寝たり、抱き締めあったり、何回もキスしちゃったり…」

「…」

「だけどね、周りから見たら、変な関係かもしれないけど…人間さ、感情を抑えられないこともあるじゃない?
それをお互いに見せ合える位私達は仲の良い関係ってことなのよ。
だって、信頼関係がないと、自分の感情を出し合えないでしょう?
私達はそれで良いんじゃないかなって思うんだ。
だから、結論を言えば、清正と私は最高に仲の良い親友なのよ!」


グッと拳をつきだして、ビールを煽ると、隣からぷっと吹き出す声が聴こえ、その後、それは大笑いに変わった。


「何で笑うの!?」

「いや、ははっ…!
すまない。
ただ、お前が…余りにも素直で。
悩んでる俺が馬鹿らしくなった」


笑いを堪えて涙目で話す清正に私も笑顔になる。


安心して、心が温かくなる。
大好きな清正の笑顔を見ていたい。


一通り笑い終えた清正がふっと柔らかい笑顔に変わり、優しく私の肩を抱いた。


目を丸くして、彼を見詰める。


「親友なら肩ぐらい寄せるだろ?」

「…う、うん」


胸がドキンとして、一遍に頭がのぼせる。


私と触れあう時、いつも、辛そうな切なそうな顔をしていたから、清正がこんな幸せそうに微笑んで、優しく体を寄せてくれたのは初めてのことだった。


「萌」

「何?」

「…ありがとう」


そう言って、私の顔を除き混んだ清正は、眩しい笑顔をくれた。


胸がジーンと熱くなった。
目頭に涙が溜まっていく。


心の中で、気にするな〜とか、水くさいぞ〜とか、叫んでいたけど、実際は言葉にならなかった。
ただ、涙が出そうになるのを堪えて、コクコク頷いた。
潤んだ星空を見上げ、ビールを煽る私の後ろ頭を、清正はずっと大きな掌で撫でてくれていた。


清正。


ありがとうは、私の言葉だよ。
私の元に来てくれてありがとう。
一緒に笑ってくれてありがとう。
傍にいてくれてありがとう。


清正の笑顔のようにキラキラした星空は、彼の温もりを感じて、とても美しく輝いて見えた。


***


ベッドに潜ろうとする私を制止して、自分の布団へ誘おうとする清正。
いつもと違う積極的な行動に戸惑っていると、『親友だろ?』と無邪気に微笑む。
晴れやかな笑顔を向けられると、何も言えず、私も嫌ではなく、寧ろ嬉しいので、ごそごそと、彼の布団に潜り込む。


その日の夜は、一緒の布団で清正と沢山話をした。


清正がトリップする前、毛利軍との戦をしていたこと。
あの有名な備中高松城の水攻めだ。
ゲームでも勿論、映画やドラマでも見たことがあるので何となく覚えている。
その後、本能寺の変へと続く秀吉様の重要な戦いだった気がする。
年齢は二十歳でもうすぐ二十一歳を迎えること。
舞に適当な年齢を話したけど、あながち間違いではなくて良かった。
小さい頃は秀吉様や、お寧々様に見守られ、三成や、正則とよく三人で遊んでいたこと。

何が現実で、何が現実ではないのかも解らない。
だけど、確実に言えるのは、戦国無双の加藤清正だけど、ゲームの加藤清正ではないということ。
勿論、私の世界での加藤清正でもない。
ゲームの中で、存在していた彼は、実際に別の世界で彼自身の人生を生きているのだ。
そんな人が今、こうして私のすぐ隣に寝転んでいるなんて何だか不思議。


私の話も沢山した。
小さい頃の話や、仕事の話、好きなことや、嫌いなこと、本当に沢山。

清正は、私の話に愉しそうに耳を傾けてくれていた。


ふと気がつけば、夜明けの陽射しがうっすらと、東の空を照らし、カーテンから射し込む光で真っ暗だった部屋が薄暗くなっている。


「もう、夜明けだね…」

「そうだな。
大分話し込んでしまったな」

「そうだね。
人生で初めてかも。
こんなに誰かと話したの」

「俺もだ」


何だか可笑しくなったのは私だけではないようで…顔を見合わせてクスクスと笑う。


今まで、話してくれなかったこと。
何処か遠慮して、聞こうとしなかったこと。
今日はそれまでの時間を埋めるかのようにお互いのことを知れた気がする。


「そろそろ寝ようか?」

「そうだな」

「このまま…。
ここで寝て良い?」

「ああ」


柔らかい顔で微笑む清正に安心して、急に眠気が襲ってくる。


「…お休み、清正」

「お休み、萌」


明日は何をしよう。

脳裏にそう掠めたけど、眠気に敵わなくなった瞼はそのまま閉じられる。
夢の世界に入りかけていると、右手に清正を感じた。


…あったかい。


その温もりにひどくほっとした私は、微睡みに身を預けた。


***

閉じられた瞳が微かに揺らいでいる。
小さな指に自身の指をそっと絡めると、安心したように揺らぎが収まる。
満足そうに顔をほころばせる萌が可愛らしくて、ふっと笑みが浮かぶ。


小さな手の温もり。
彼女の香り。


全てが愛しい。


遼と呼ばれていたあの男のように、真っ直ぐ愛を伝えることが出来なくても…。

誰よりもすぐ傍で触れていたい。

例え、親友という言葉を利用したとしても、こうしていつも、一番近くで。


許して欲しいんだ。


せめて、この世界に存在している間だけ…心から愛する人の傍にいることを。


「萌…」


小さな体に腕を回し、体を寄せる。


彼女が与えてくれる幸福感に胸を締め付けられながら、そっと瞳を閉じた。

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