×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 いつもの劇画チックの表情にありありと怒りを滲ませているオールマイトの登場に、恐怖に晒されていた生徒たちの目に涙が浮かぶ。ナマエもようやく肩の力を抜いた。
 エントランスの地面を強く蹴ると目にも留まらぬスピードで、待ち構えていた有象無象のヴィランらを気絶させながら階段を駆け下り脳無と対峙するナマエの許へ。
 途中、水難ゾーンで彼の登場を心待ちにしていた緑谷、蛙吹、峰田の三人を素早く回収するとついでとばかりに死柄木の後頭部へ強めのを一発。死柄木の顔に張り付けていた一番大きな手が剥がれ落ちる。対峙していたはずの天草はいつの間にか姿を消していた。
 オールマイトは三人を少し離れた場所に降ろし、エントランスへ避難するよう促しナマエへ振り返る。

「ファミリーネーム少女ももう大丈夫だ!」
「オールマイト! 奴は“ショック吸収”と“超再生”の“個性”を併せ持っているみたいです!」
「二つの“個性”か……サンキュー! さ、君たちも入口へ急ぐんだ!」

 脳無の情報をオールマイトに託すと同時にナマエは彼の後ろに下がる。久々の本格戦闘で魔力を使いすぎたようだ。少しだけ足元がふらついたのをいつから霊体化していたのか、姿を現した天草が支えた。

「時貞……貴方何してたの」
「ちょっとをした戯れ、ですかね」
「……」
「では……我々もエントランスへ行きますか」

 訝しげな眼差しが突き刺さっても気にも留めない天草は足元の覚束ないナマエを抱き上げ緑谷たちの後に続く。

「助けるついでに殴られた……ははは。国家公認の暴力だ……流石に速いや、目で追えない。けれど思った程じゃない……」

 ぶつぶつと独り言を呟きながら地面に転がる手を大事そうに拾い上げる死柄木。

「はやり本当だったのかな……弱ってるって話」

 愉快そうに歪む目元がオールマイトを見つめる。
 事実、オールマイトはマッスルフォームを維持するのすら難しくなっているほど衰えているがその事実を知っているのは極一部の人間のみ。この場にいる内では緑谷と、数日前偶然別室での会話を盗み見してしまった天草のみである。霊体化した状態で緑谷の隣に座って堂々と聞いていたので盗み見というには些か大胆すぎるが。
 オールマイトが脳無へカロライナスマッシュを決めるもナマエの言っていた通り衝撃は全て吸収されてしまい、何度拳を打ち付けても脳無の体にダメージが蓄積している様子は見られない。その姿に気を良くした死柄木は脳無が負けるわけがないと高を括っているのかナマエの考察が正解である旨と、倒したいならゆっくり肉を抉るしかないと悠長に攻略方法を話し始めた。
 それを聞いたオールマイトが脳無の上半身を地面へ突き刺そうと背後から抱え込みバックドロップの態勢に入る。次の瞬間、爆発のような衝撃が響くが実際には寸での所で黒霧の靄が地面にワープゲートを開き、脳無の上半身をエビ反り状態のオールマイトの背後に出現させたのだ。脳無はそのまま楽々と彼の脇を鷲掴むと力を込め始める。
 通勤時にヒーロー活動をしていたことに加え古傷のある脇を掴まれた彼の限界は近い。そのことを判っているのは緑谷だけだ。緑谷が助けに入ろうと走ってくるのが視界の端で見て取れた。

「オールマイトォォォォ!!!」

「どっけ邪魔だ!! デク!!」

 BOOOM!

 しかし緑谷の加勢は倒壊ゾーンから駆けつけた爆豪によって遮られる結果となった。爆破によって緩んだ巨体は爆豪より少し遅れて駆けつけた轟によって凍らされる。

「かっちゃん……! みんな……!!」

 オールマイトの体が凍らないギリギリの範囲を見極めた轟の氷は確実に彼の助けとなり、脳無に出来た隙を見てオールマイトは拘束から逃れられた。



 役目を終えたナマエは加勢に入ったクラスメイトらの背中を眺め、思わず目を細めた。血腥いやり方しか知らない己とは違い、前しか見えていない少年らはあまりに眩しい。
 とりあえずこの場は彼らに任せて相澤の治療を頼んだナイチンゲールの様子を見に行こうと、己の体を抱えながら無機質な瞳を死柄木に向ける彼に声をかけようとした時だった。

「ナマエ!」

 天草に抱えられているナマエの姿を確認した轟が血相を変えて走ってくる。

「どうしたんだ! もしかしてあのバケモンに……!?」
「落ち着いて焦凍! ただの魔力不足だから、大丈夫だって」
「マスターはオールマイトが来るまでの間一人であの怪物と戦っていたんですよ」
「ちょっと時貞!」
「本当か? クソッ。あの時俺が飛ばされてなけりゃ……!」
「私が自分でやったことだから、気にしないで」
「いや。俺もっと強くなるから」

 焦凍はちょっと責任感が強いのかもしれない、などとナマエが的外れなことを考え一人感心していると不意に低くて鈍い音が響いた。
 その場にいた誰もが音の方へ意識をやると、巨大なドーム状になっているUSJの天井を、衝撃音と共に何かが突き破っていくのが見えた。天草英霊の目にはそれが脳無であったことがはっきりと見てとれる。啓示によればそろそろ終わりも近い。

「……轟君。少しの間マスターを頼めますか」
「お、おう……?」
「ルーラー?」

 有無を言わさず抱えていたナマエを轟へ預けると天草は地面を蹴り、二人が瞬きする間にいなくなっていた。

 脳無との戦いで力を使い果たし本来の姿に戻らぬよう力むのに精一杯で動くことすらままならぬオールマイトに、死柄木が向かっていく。雄英からの増援が来るまであと数分もない。タイムリミットが迫っている。生徒らはオールマイトと脳無の戦いに圧されて棒立ち状態であり、オールマイトただ一人を狙うには今しかない。
 オールマイトがこれ以上動けないことを知る緑谷が今度こそ飛び出す寸前、彼の横を駆け抜ける影が一つ。

「!」

 死柄木が反応するよりも速く、オールマイトが視線を向けるよりも速く、黒霧が回避するよりも速く。三池典太光世の切っ先が容赦なく黒霧の胴体に、正真正銘生身の部分に突き刺さる。

「なっ……!」
「貴方たち風に言うと“ゲームオーバー”って所です」

 横で目を見開く死柄木へ、哀憫の情を込めた瞳を向け手首を返す。ばたばたと黒霧の脇から血液が溢れた。

「お前さっきからうぜーんだよ」

 上手く躱すも死柄木の五指が天草の外套に触れる。カソックのみとなった彼は刀を引き抜きそのまま死柄木へ刀を突く。負けじと死柄木も黒霧の靄から彼の背後へと腕を伸ばし――。

「!!」

 切っ先が死柄木の皮膚に触れる寸前、天草の手が止まる。背後に迫る手に打ち込まれた弾丸によってこの戦いに終止符が打たれたのだ。
 ビリー・ザ・キッド並の正確な狙撃。射線を辿った先にはガンマンヒーローのスナイプが得物を構えていた。他にもミッドナイト、エクトプラズムを始めとる雄英高校で講師を務めているプロヒーローがずらりと並んでいる。

「一年A組クラス委員長飯田天哉! ただいま戻りました!!」

 ナマエの思考通り飯田が応援を呼びに行っており、プロヒーロー複数に対しまともな戦闘力を持つヴィランは死柄木のみ。多勢に無勢もいいところである。
 加えて移動手段である黒霧の負傷とくれば彼らが取るべき行動は唯一つ。

「おや、もう帰るんですか?」
「お前も言ってただろ。ゲームオーバーだ」
「そうですか……」

 少しだけ残念そうに呟くと手にしていた刀は空気に溶けるかのように消えていく。気付けば、崩れ去ったはずの外套も元の綺麗な形のままそこに存在していた。

「また何れお会いましょう。君」
「は、何でそれ――」

 爽やかな笑みを浮かべ更には御丁寧に控えめに手まで振っている天草とは反対に、仲間にさえ明かしていなかった名を告げられた死柄木の表情には驚きと疑問が混ざった。靄に消えていくその顔を見送った彼はいつになく上機嫌そのものであった。




「大丈夫ですかオールマイト」
「君は……!」

 緑谷に寄り添われている痩せ細った男性、オールマイトの背後に立っていたのは雄英初の特待生であるナマエの“個性”だった。唐突に話しかけられたため、緑谷以外の生徒に自分の秘密がバレたのではないかと背中に冷たいものが走ったが杞憂に終わる。

「ルーラーの天草です」
「えっと、この姿は……」
「知っていますよ。サーヴァント私達は姿を消すことが出来ますので、不躾ですが少しだけ覗いちゃいました」

 少しだけ、ではなくガッツリ聞いていたがそんなこと本人以外は知り得ないのでツッコミを入れる者も居らず。
 姿を消すという天草の言葉にオールマイトはいつかのヒーロー基礎学のことを思い返す。何もない空間に突如として姿を現し、また、何の前触れもなく消えたことを。人間には視認出来ないだけでサーヴァントは確かにそこに存在している。

「そうか……このことをファミリーネーム少女は」
「知っています」

 私が教えちゃいましたとは言外に。しかし彼女ならば口外することも無いと言い切れる。ナマエ・ファミリーネームという少女は聡明だ。聡明すぎて恐ろしく感じてしまう面もあるが、その根底にあるのは善であるとオールマイトは信じている。

 所変わってUSJのエントランスでは警察官が数多のチンピラヴィランを連行しているのを背景に、刑事である塚内がA組生徒の安否を確認していた。

「17、18……よし、全員無事だな」

 負傷者と言っても軽傷程度で。ナマエも外傷は無く、“個性”の使いすぎによるただの疲労であるため警察が来るまでの時間で魔力は回復していた。
 天草から押し付けられるようにナマエを預かった轟があの後横抱きのままエントランスまでの階段を上がろうとしたのを、魔力もある程度回復したので自分で歩けると彼女が全力で遠慮し、今度は彼がそれを全力で拒否するという一種の無限ループになったのはここだけの話。

「焦凍って結構頑固なのね……」
「ナマエが無茶するからだ。それにお前を抱えて階段を上がるくらい何てことねぇって言ってるだろ」
「そういうことじゃなくって。あの状態でみんなの所に行くのは流石に恥ずかしかったの」
「ああ、そんなことか。ナマエに無理させるくらいなら恥ずかしい思いした方がマシだ」
「天然こわい」
「それにあんなの恥ずかしい内に入らねぇよ。寧ろ他の奴への牽制になったから……万々歳?」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「二人とも仲ええねぇ」

 因みにナイチンゲールに関しては、終始エントランスにいた麗日曰く相澤と13号の治療を済ませたら他に怪我人がいないことを確認して姿を消してしまったとのこと。ナマエの魔力残量を察して帰ったのだろう。
 彼女の治療は見ていた者全員が口を揃えて凄かったと言うほどだったようで。終始患者の悲鳴が絶えず、しかしそのお陰で受け入れ先の病院では適切な処置が為されていて医者の出る幕が殆どなかったとか。

[17]ゲームオーバー