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 対平和の象徴、改人“脳無”と呼ばれた有に二メートルは超える大きな怪物のようなそれに強襲された相澤はそのまま頭と右腕を掴まれ激しくコンクリートの床に打ち付けられ、死柄木に崩されかけていた腕も握りつぶされてしまった。
 ナマエが咄嗟に打ち込んだゴム弾が腕に当たったものの本人は物ともしていない。相澤が体の一部を“見ている”状態でこの惨状、増強系の“個性”ではなく素の力がオールマイト並なのである。

「……チィッ! 婦長!」

 このままでは埒が明かない。令呪が一画消費されると同時に空間に歪みが生じ別宅にいたであろうナイチンゲールが現れる。

「どうしましたマスター……急患ですね、お任せを」

 ナイチンゲールは脳無に捕まった相澤を見、己の成すべきことを理解すると患者を掴んで離さない両の剛腕へ向かって迷わず拳を下ろす。狂戦士バーサーカーの繰り出した加減の知らないそれは脳無の肘関節部分を爆散させる力加減だったはずが、その勢いは不自然に緩和され辛うじて断つに至った。
 ナイチンゲールもその違和感に気付いたが今は患者優先。脳無の隙を突き相澤の頭を無遠慮に鷲掴むと、これまた加減の知らない力で脳無の下から一気に引き抜き水難ゾーンの近くまで下がっていく。

「あが!? う、あぁ……」
「治療を開始します」
「あががががっ!!」

 彼のことはクリミアの天使に任せておけば大丈夫だ。天草が死柄木の相手をしているとなればナマエの目下の相手は脳無だ。既にサーヴァントを二体現界させているため魔力の無駄打ちは出来ない。
 先ほどナイチンゲールが落とした前腕部は筋繊維が盛り上がってゆき断たれた事実などなかったかのように元の状態に戻ってしまった。これが奴の“個性”か。

 先程の不自然な衝撃緩和と併せて考えると奴の“個性”は最低でも“ショック吸収”と“超再生”の二つ。二つ以上の個性を持っている時点で相当珍しいが理性を持たない点を考慮すると脳無は人工的に造られた生物。若しくは何らかの手を加えれられた元人間。
 人間だったとしても殺す気でいかねばこちらが殺される。あの再生力ならば普通に殺したくらいでは死なないだろう。だからといって完全に殺してはいけない、ヒーロー側の立場なのだから。
 上では何が起きているか分からないが13号もいるのだから何らかの形で救援を呼んでいると仮定して。上に残っていた生徒の中で連絡係として適任なのは俊足の持ち主である飯田だ。自分なら彼に託す。
 飯田が救援を呼びに行っていると仮定して。体力テストでの彼の速度と校舎までの距離、プロヒーローが到着するまでの時間を計算。

 それらのことを同時進行で思考しつつ行動に移す。魔術を管理する魔術協会の三大部門の一つ、アトラス院では“思考分割”と呼ばれている思考を仮想的に分割し、複数の思考を同時に行う技能である。これを行うことで思考速度は数倍に跳ね上がり、戦闘時など場合によっては擬似的な未来視となる。
 彼女の幾多ある生の内の数回はアトラス院に所属していた為に身に付いたものだ。故に行動を起こしながらも思考に費やす時間は極めて短い。


 魔術で強化した脚力で一瞬の内に脳無の懐へ入り込んだナマエは魔術刻印の一つに魔力を通し、脳無を腹部から真っ二つにしてみせる。鋭い刃物で切られたみたいに綺麗な断面だ。
 余りにも躊躇が無い様に水難ゾーンで隠れて様子を伺っていた緑谷たちは瞠目した。まるで歴戦のヒーローのような身のこなしと手練のヴィランのような残忍さ。上半身をずり落としながら彼女を掴もうと伸ばされた腕を又も切り落とす姿は、到底同い年の少女には見えなかった。脳無を見下ろす表情にはこれといった感情はなく、普段は金に煌めく瞳も今は闇のように暗く見え、緑谷は気が付けば肌が粟立っていた。
 脳無の超再生も速く、先程同様に上半身の断面から細胞が骨や臓器、筋繊維に至るまでを再生させ尋常ならざる速度で下半身と腕を成形していく。下半身はぴたりと動かなくなってしまったので心臓部のある上半身のみが“個性”の適応範囲なのだろう。
 だからどうした。再生したとてまた斬ってしまえばいい。右腕、左脚、左腕、右脚。掴まれる前に腕を、立ち上がる前に脚を。そうやって消失と再生を繰り返しているうちに雄英からの応援が到着すれば後はプロヒーローが正しく処理してくれる。己がするべきは死なない程度にこの場に留めておくこと。思考の末に視えた未来は数通り、そのうち最も被害の少ないものを選んだつもりである。
 脳無を動けなくしヒーローが到着するまでの時間を稼ぐ。ヒーロー科に通うようになったばかりの子供がいる中でヴィランの襲来、有象無象ばかりだが主犯格の数人の危険度は極めて高く形勢はあちらに歩がある。しかし雄英勤務のプロヒーローが救援に来ればこちらに傾くのは必至、そうなれば彼らは大人しく引くだろうという、これが現状の最適解だった。

「……は? 脳無がやられてるとか何の冗談だよ、聞いてねぇぞ、つーかやり方がヒーローのそれじゃねぇし……」
「応援が来るまで動けなくしておくとは……考えましたね」
「感心するなよ」

 目の前の男といい脳無を刻んでいる女といいヒーローを志す者らしからぬ言動に死柄木は首をひねる。手の隙間から伺えた死柄木の表情に、天草は密かにほくそ笑む。

「で、あんたは? この前取り逃がした腹いせに来たのか?」
「はははっ。流石の私もそこまで狭量じゃあないですよ」

 よもや失笑されるとは思わず死柄木の苛立ちは募るばかりである。更に、階段の上を任せていた黒霧から救援係の生徒を取り逃がした旨を聞き爆発寸前である。

「とりあえず子供の一人でも殺しておくか……」

 手ごろな獲物をと、横目で水難ゾーンにいる緑谷らを確認する。が直ぐに視界が遮られる。

「さっきから何なんだよお前……!」

 他の寄せ集めのようなヴィランならば学生の力でも何とかなるが襲撃の主犯であるこの男は昨日今日“個性”の使い方を学び始めた子供には荷が重い。幼気な少年少女へ被害が広がるのを阻止するのが今回の役割だ。
 ナマエからの魔力量が明らかに少なくなっているのを感じつつ、先程破壊された三池典太光世を僅かな魔力で造る。黒霧の言葉通りならば、あと数刻もすれば誰かしらプロヒーローが来るのだから。啓示の通りこの男を引き留めておけばいい。

「ただのお助けキャラですよ」

 如何に魔力を節約しつつ子供たちを護り通すか。人間相手だから手加減もしなくてはならない。しかしまぁ何とかなるだろう、それが彼の言い分だ。
 彼の体に触れようと五本の指が迫ってくるのを上半身を反らせることで避け、下半身に伸びてきたもう片方の手を刀で牽制する。そのまま手首目掛けて刀を振り上げるも黒霧が死柄木の体を掴んだことで失敗に終わる。

「……チッ」

 振り下ろされる刀を避けて天草の手首に伸びる死柄木の手。それを避けようと後ろに退けば後ろには黒霧が待ち構えている。天草の体を包もうと靄を広げて待ち構えている黒霧を霊体化することでやり過ごし、同時に靄に入り込んだと思わせ、油断した所で死柄木の背後から刀を首筋に当て実体化する。

「っ……!」
「転送したはずでは……!」
「……もう少し戯れていたいのですが、残念」

 三池典太光世を形成していた魔力を解き死柄木を解放する。冷めた彼の視線が徐にUSJの入り口に向けられる。

「もうタイムアップみたいですよ」

 ドガァァンッ!

 大きな音と共にUSJの入り口の扉が破られ、現れた人物に生徒だけでなくヴィランたちも注視する。
 その人物は包帯に巻かれ意識不明となっているこのクラスの担任と、現行で看護師の手当てを受けている後輩ヒーローの姿を見、彼らが身を挺して生徒を護ったのだと知る。そして今も尚ヴィランと戦っている少女を見つけて自分の不甲斐なさを思い知る。が、ナンバーワンヒーローに後悔している時間などない。
 彼らを安心させる為、これ以上ヴィランに好き勝手させない為にも、胸を張って言わねばならないのだ。

「もう大丈夫」
「オールマイトォォ!!!」

「私が来た」

[16]意趣返しは冷めないうちに