演習場に入って直ぐ、エントランスから見える光景に一同は驚嘆した。 「すっげー! USJかよ!?」 噴水広場に併設されているスライダー付きの巨大プール、荒い岩肌の山岳地帯を模した山、燃え盛るビル、大きなドーム状の建物。テーマパーク宛らの外観に盛り上がりを見せる一同。 テーマパークなど生まれてこの方縁がなく知識としてしか知らなかったナマエのリアクションは極めて薄く、彼のテーマパークはこういう所なのかと薄ぼんやりと眺めるだけだった。 その正体は水難事故や土砂災害、果ては火災から暴風雨まで。あらゆる事故や災害を想定し再現された複数の施設が一つの演習場に集約されており、現在地であるエントランスからその殆どが目に入った。 「その名も、ウソの災害や事故ルーム!」 略してUSJ。先に来て待機していたプロヒーローであり雄英の教師でもある13号から演習場の説明があり、有名なテーマパークと同じ略称であることに複数の生徒からツッコミが入る。やはりナマエのリアクションは薄い。どうもこういうノリには慣れない。 「スペースヒーロー“13号”だ!」 宇宙服のようなコスチュームに身を包んだ救助活動で著名な13号がこの施設の責任者だ。麗日は彼女のファンらしく目を輝かせている。 通勤時にヒーロー業務を熟してしまい遅れているオールマイトを待つことはせず先に授業を始めることに。 「えー、授業に入る前に小言を一つ、二つ、三つ……」 「(増えてる……)」全員の心が一体となった瞬間である。 彼女の“個性”である“ブラックホール”はどんなものでも吸い込んでチリにしてしまう。どんな災害からも人を救い上げられる素晴らしいものだが同時に人を殺せる力でもある。 “個性”は、使い方次第で善にも悪にも成り得る。誰しもに当てはまることであり、特にヒーロー科に通う者ならば先の体力テストと戦闘訓練で痛いほどに思い知っている。使用を資格制にし厳しく規制することで一見社会が成り立っているように見えているが一歩間違えれば容易に人を殺せる“行き過ぎた個性”を持っていることを忘れてはならない。 このレスキュー訓練授業では人命の為に“個性”の使い方を学び、君たちの力は人を傷つける為にあるのではなく助ける為にあるのだと心得て帰って下さい。そう、13号の言葉が生徒の心に染み込んでいく。 「以上、ご静聴ありがとうございました」 「ステキー!」 「ブラボー! ブラボー!!」 13号の小言という名の説法を聞いた生徒らが拍手を送る。ナマエも彼女の言葉を重く受け取っていた。 魔術もそうだが“サーヴァント”は特に、自称最弱の英霊ですら人間なぞ抵抗する暇なくぱくりと食べてしまえる力を有しており、聖杯戦争ではそれこそ神秘の秘匿が為に目撃した一般人を容赦なく殺めていた。今はその限りではないがそういう知識、ルールを当たり前として持っていることを忘れてはいけない。ナマエの言葉一つで彼らは躊躇なく人を殺めるのだ。 あの世界で正義の味方とその妻に拾われて少しは人間らしくものを考えられるようになったつもりでいたが、所詮魔術師は魔術師でしかない。 「……」 「マスター、大丈夫ですよ。俺がついてますから」 良くも悪くも魔術師としての生き方しか知らないナマエが正しく生きるために。そんな聞こえの良い言葉たちを脳内で並べて、天草は今日も嘆いている。 「……そうね」 天草の言葉にナマエは眉尻を下げて僅かに目を伏せた。自分はこれからどう生きていくべきなのか、改めて考えていく必要がある。 「そんじゃあまずは……」 授業が始まり相澤がこれからの予定を話そうとした刹那、彼だけではなくナマエと天草もその気配を感じ取った。それはよく知っている、人間や社会、或いは世界に対する憎悪の念。 そいつらはエントランスの階段を降りた先にある噴水広場の方からやってきた。何も無かった空間から靄が溢れてくる瞬間を相澤は視認したのだ。 「ひとかたまりになって動くな!!」 「え……?」 13号へ生徒を護るよう指示する相澤。ナマエと天草も子供たちを庇うように立ち位置を変える。 広がってく黒い靄から中からぞろぞろと“いかにも”な連中が飛び出してくる様に勘違いした切島が声を荒げた。 「何だありゃあ!? 入試ん時みたいにもう始まってんぞパターン?」 「動くなッ! あれはーー敵だ!!」 生徒たちがざわつく。靄の男はエントランスを見上げるとそこにいる生徒と、13号、相澤と見渡して小さく首を傾げる。 「13号にイレイザーヘッドですか……先日頂いたカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが……」 「“黒い靄”に“全身に手首”……ウチの学校に侵入したクソ共か」 その中から天草からの情報通りの人物を見つけると相澤はゴーグルの奥から睨めつける。同時に、己の相棒が不敵な笑みを浮かべたのをナマエは逃さなかった。 「オールマイト……平和の象徴がいないなんて……」 プロヒーローにとっては日常的な、ナマエと天草にとっては懐かしさすら感じるそれ。 「子供を殺せば来るのかな?」 ヒーローの卵たちにとって初めて向けられることとなる途方もない悪意。敵との邂逅、本気の殺意に緊張が走った。 侵入者用のセンサーに反応させることなく侵入することを可能とする“個性”を持つ者、校舎と離れた隔離空間、そしてそこに少人数が入る時間割。彼らが何らかの目的があって入念に画策した計画であることは明白。 相澤は13号に避難の開始を促すと同時に、電波系の“個性”による妨害を考え上鳴へ“個性”での連絡を試すよう指示する。 「ファミリーネーム、お前も“個性”でどうにか連絡出来るか」 「……アヴェンジャーお使い頼める?」 魔術による通信は可能ではあるがその為の礼装を用意している訳でもなく、サーヴァント自体を校舎まで派遣させ現状を知らせるという何ともアナログな手段に出ることに。 「えーここでオレぇ? 割と犬自称してるけどお使いとかそういうお利口なやつじゃねーし!」 「足速いんだしいいじゃない!」 「つーかぶっちゃけ敵の親玉みたいなトコあるんですけど……そもそも行ったところで信じてもらえる気がしないんだけどどーなの」 「……それもそうね」 故に最近出番が少ないアンリマユを行かせようとしたのだが、彼の存在を知っている者が校舎にいないということを失念していた。彼の存在を認知しているのはヒーロー基礎学で顔を合わせたオールマイトとA組の生徒くらいなもので、この場に居ないからといって都合良く校舎にオールマイトがいるとは限らない。 「じゃあ時貞に……って勝手に行ってるじゃない!」 単独で敵へと向かって行った相澤を追いかける形で階段を飛び降りる己のサーヴァントを捉え、思わず目を見開いた。 一芸だけではプロヒーローは名乗れないと、捕縛布を使いながら敵を往なしていく相澤の横で爽やかに戦っているのは紛れもなく自分のサーヴァントであった。 「もう! あの暴れん坊聖人!」 「ケケケッ! もう一人カモがやってきたぜ!」 「殺せ!!」 先に降りてきた二人と同様に真正面から階段を飛び降りてきたその姿に敵は標的をナマエに変える。 彼女を狙う敵の“個性”を消そうと相澤が視線を動かすよりも速く、彼女が投影したオートマチックが敵の額を撃ち抜いていた。というのは語弊であり、弾は鉛ではなくゴム製のものである為死には至らないが弓兵宛らの精密さにより漏れなく一撃脳震盪失神コースである。 「……ルーラー! 勝手な行動はやめてよね!」 「あはは、つい体が勝手に」 しかもそれを平然とやってのける様はこの間高校生になったばかりの少女とは思えない。この会話ですらお互い引き金を引く指と黒鍵を投擲する手は動かしたままだ。 「つかファミリーネーム何でこっち来た!」 「……非常事態ですし、数は大いに越したことはないかと!」 確かにサーヴァントは一人でも一個軍並の強さを持っている。入試の記録やこれまでの戦闘訓練を鑑みればその事実は明らかだ。 実際“黒鍵”と呼ばれるレイピア状の剣と、時には拳を使ってはいるも相手の身体に大きな外傷を負わせることなく気絶乃至拘束していく様は圧巻だ。息一つ乱さず行われている鎮圧に英霊たる所為を見せつけられているようだった。 「だからってな……!」 「お咎めなら後で幾らでも!」 ナマエに至っても一度に処理出来る数に差はあれど一人ずつ的確に沈めていくので着実に数が減っていっている。 もう相当数を伸してしまっている現状に思わず苦笑する相澤。全員が正当防衛で通る程度の外傷なのだから我が生徒ながら末恐ろしい。 「(……即戦力とはまさにこのことか)」 相澤が一対多の戦闘を得意分野としている言っても短期決戦においてのこと。正直二人の加勢は彼の助けとなっていた。 少しばかりの余裕が出来たその一瞬の隙を突いて黒い靄の塊は相澤の横をすり抜けて行く。油断をした訳ではなかった。まさに相澤の瞬きの間だった。 「くっ!」 咄嗟にナマエが引き金を引くも弾は靄に吸い込まれて消えていってしまった。身のこなしからして周りの有象無象とは一線を画するのは明らか。 一番厄介そうな奴を逃してしまったが追いかける余裕はない。天草に至っては靄など眼中に無いと言わんばかりにある一点を目指して進んでいるではないか。 その人物は自身に貼り付けた大量の手首を一つも落とすことなく一直線に三人の中で唯一プロヒーローである相澤の下へ向かうと彼の“個性”について言及を始めた。発動の秒数からその間隔、使用時の僅かな変化、そしてそこから導き出される答え。 「無理をするなよイレイザーヘッド」 相澤が奇襲からの短期決戦を主にしていることまでも当てられてしまった。敵の親玉であろうそいつの腹に打ち込んだ相澤の右肘は受け止められ、ぱらぱらと崩され始めてしまった。雄英の正門の崩れ方と酷似している。 「ところでヒーロー……本命は俺じゃない」 外傷を負い隙が生まれた相澤の右方向から現れた“得体の知れないもの”が彼を襲うのと、自らを“本命ではない”と語る敵連合のリーダーと思わしき男、死柄木弔を一本の日本刀が襲うのはほぼ同時であった。 「……例え敵であっても傷つけてはいけないとは、難儀なものですね」 「……!」 気が付けば自身の喉元の触れるか触れないかの位置に切っ先が止まっていた。その事実に死柄木は静かに瞠目すると、今度は何事も無かったかのように刀の側面に触れて刀身を崩してやる。 「……お前……やっぱり雄英の生徒だったのか……」 「その節はどうも」 再び魔力で造った刀を携えいつもの笑みを貼り付けた天草に死柄木は不快感に従い舌打ちする。目の前のこれは、死柄木が嫌いとするものだ。 [15]不穏の正体 prev back next |