所変わってモニタールーム。戻ってきたナマエと天草並びに敵チームの轟と障子を待っいたのは訳が分かっていないといった顔をしているクラスメイトたちだった。 「でだ、ファミリーネーム少女。みんな混乱してるから色々と説明してもらっていいかい?」 「えっと、オールマイトはどこまで話しました?」 「彼が君の“個性”だということだけ」 「なるほど」 ナマエは隣で微笑む天草を一瞥し、クラスメイトらを見やる。いくらオールマイトが不可思議な現象に理屈を与えてもそれを鵜呑みにして納得出来るほど雄英生は単純ではない。保健室に運ばれた緑谷を除く19名の双眸がいまかいまかと二人を見つめている。 己の“個性”を説明するのなんて幼い頃、八百万にした時以来だ。彼らが納得足る情報を落としてやれる自信は余りないが、馬鹿正直に真実を伝える気もない。 「えーと、何から説明する?」 “個性”のこと、障子の身に起こしたこと、魔術について。どれから話せばいいのか考えあぐね、逆に聞きたいことを尋ねる方が楽だという結論に至った。 ナマエの言葉に待ってましたと言わんばかりの切島と上鳴が声を荒げて全員の疑問を代弁する。 「まず“個性”についてだろ! そいつはファミリーネームの“個性”なのか!?」 「ファミリーネームの“個性”って親父さんと同じ“魔術師”じゃねーの!?」 コメンテーター兼タレントとして活躍しているナマエの父親は世間での認知度も高く当然彼の“個性”も露呈している。当然娘であるナマエも同様の“個性”であると思っていた所に天草が出て来たのだから混乱するのは無理からぬところ。 指を差された天草は少し困ったといった風に眉尻を下げたが、付き合いの長いナマエにはそれが演技であることは筒抜けである。 「私の“個性”の概ねは父と同じ“魔術師”で合ってるわ。ただ私は父とは違って“サーヴァント”っていう所謂“使い魔”を召喚して契約することが出来るの」 モニタールームがわざつくのは必然だった。 間違いは言っていない。彼らサーヴァントは英霊であり魔術師にとっての使い魔に分類される。 魔術師の在り方を一般人に教えるのは魔術という神秘を秘匿する魔術師にとって禁忌にも等しい行為であり特に英霊、サーヴァントの存在示唆は“聖杯戦争”へと繋がる重大な問題である。 しかしながらこの世界には“魔術”という概念も無ければ“御三家”も存在しない。ファミリーネーム家の書物には“願いを受け入れる黄金の杯”というそれらしい記述もあったが目撃されたのは世界で“超常能力”が発現するよりも遥かに遠い昔のことで、それ以降は杯のハの字もなかった。 とどのつまりこの世界の“魔術師”が“個性”によるものである限り聖杯など在りはせず、故に神秘の秘匿云々に意味などないのだ。もし何かあったとしても彼らが“英霊”であることは暈しているため問題もない。 「使い魔だから……そうね、常闇君の“黒影”と似たようなものよ?」 「黒影の人型だと言われれば確かにそう見えてくるような……」 「いや似ても似つかねーって! 飯田落ち着け!」 「そう? なら……アヴェンジャー」 「あいよーっと」 「ふ、増えた!」 ぬるっと彼女の影から登場した全身真っ黒の“何か”、話の流れからして彼も使い魔、サーヴァントなのだろうことは察せられたが余りに突然の登場だっただけに皆目を丸くする。一人だけじゃないんだ、と誰かが呟いた。 「こっちなら似てるんじゃない?」 「似てるっつっても色だけじゃねーか!」 「……ハッ! 黒影の血縁か!?」 「オレ知ラネーヨ! 影踏落チ着ケ!」 ナマエと常闇にそれぞれ上鳴と黒影からツッコミが入る。そこへ更に天草の諫言がかかる。 「マスター。冗談はそれくらいにしておかないと、みんな混乱してますよ」 「ふふ、そうね。他にも何人かいるんだけど今日はこの二人しか連れてないの」 「まだいるんだ……」 「改めて紹介するわね。私のサーヴァントの“ルーラー”と、模擬戦の時にはいなかったけどこっちの真っ黒いのが“アヴェンジャー”よ」 「ルーラーの天草です。マスターがいつもお世話になっています」 「ま、よろしくー」 これからも彼らの前で実体化することも多くなるだろうし、いざという時の為知っていた方が良いだろうと、とりあえず今いるサーヴァントを実体化させクラスメイトに紹介する。一応真名を伏せて。 天草はいつもの人当たりのよい笑みを浮かべて警戒心を解くのに対し、アンリマユは唯一確認出来る目元を愉快そうに歪ませるだけ。 よく見なくとも真っ黒な全身は光を吸収しているのか体の凹凸が視認しづらく、まるで底知れない闇を体現したような姿。触れたら己の全てを持って行かれてしまうのではないかとすら感じられる。 高校生になったばかりの子供らの恐怖心を煽るには十分であった。彼の姿を幾度か目にしている八百万でさえ視線を向けるのを躊躇ってしまうほどに。 「……アヴェンジャー、戻って」 「えー、オレの出番これだけ? ちぇー」 「では私も。このまま無言でいるのも暇ですし」 「ええ、ありがとうね。……とまぁ、彼らは“使い魔”だから私の魔力によるところが大きいの。私の“魔術”も結局魔力次第なのよ」 「じゃあさっき障子ちゃんを操っていた? のも魔術なの?」蛙吹が問う。 「ええ、詳しくは言えないけれどあの時は暗示魔術をかけたの」 先程の戦いで障子が大人しく降伏した謎の種明かし。あの時モニターには天草が消えあの場に取り残された二人が何かを話した後、ナマエが口元に笑みを浮かべた次の瞬間には障子が両腕を差し出し降伏を示したのだ。 消えた天草が何かをしたのかとも考えられたが直ぐに別のモニターに映った陣羽織とポニーテールに、その線は掻き消されたのだ。 しかしその謎も“魔術”、しかも暗示の類であったのならば納得がいく。 「よし! ファミリーネーム少女の“個性”について色々分かったところで、さっきの戦いの講評といこうぜ!」 タイムリミットが近いのか、傍目には気づかぬが少し焦った様子のオールマイトが授業の再開を促す。 あっさり、といっても使い魔の方は少々荒っぽい方法だったが、それでも速やかな制圧、建物の被害なし、負傷者ゼロという今回の授業で群を抜いて優秀な成績である。きっと敵役だったとしても同じ結果となるのは明白だ。 「今回のベストは、まぁ当然ファミリーネーム少女なわけだが……」 「はい先生!」 「はい飯田少年!」 「人数のアドバンテージを使い魔を出すことで埋めてみせたのは常闇君同様にファミリーネーム君の“個性”の特性を最大に活かした良策と言ってもいいでしょう。今回のように相手が彼女の“個性”を把握出来ていない場合は不意打ちも可能なので迅速な敵捕獲が出来るということです!」 「それにナマエさんの“魔術”で暗示をかけることで被害を最小限に抑えられるのはヒーローとして素晴らしい裁量ですわ」 「轟の氷もすぐ融かしてたし……」 体力テストではその時出し得る最大限を、という指示で彼女だけが余力を残していたのは誰の目に見えても明白だった。にもかかわらず総合一位の実力、底知れぬ“個性”の幅。何より“使い魔”を温存していた事実を知らされ、今回の授業で特待生という肩書きは伊達ではないと証明もして見せた。 彼女の戦闘訓練は雄英生には良い刺激となったのか今までで一番意見の飛び交う講評となった。 [11]未知との遭遇 prev back next |