「始めようか有精卵共! 戦闘訓練の時間だ!!」 A組が連れられたのは入試でも使われた市街地を模した演習場。生徒たちが互いのコスチュームについて感想を言い合っているとオールマイトが今回の授業内容について説明を始める。 今回の戦闘訓練は、入試のような模擬戦ではなく更に二歩先に踏み込んだ屋内での“対人戦闘訓練”である、とオールマイトは言う。“敵チーム”と“ヒーローチーム”に分かれて、二対二の屋内戦である。 “敵”がアジトに“核兵器”を隠していて“ヒーロー”はそれを処理する、という何ともアメリカンな設定で行われる。 ヒーローは制限時間内に敵を捕まえるか核兵器を回収すること。対して敵は制限時間まで核兵器を守り抜くかヒーローを捕まえることが各チームの勝利条件だ。 「先生。このクラスは23名ですので二人一組だと一人余ってしまいますが、どうするんでしょうか!?」 「そのことならノープロブレム! 何故なら今回はファミリーネーム少女には、成績の良かったチームと戦ってもらうからさ!」 「はぁー!?」ナマエ以外の声が重なる。 「雄英初の“特待生”の存在に疑問や不満を持っている子もいるだろうし、手っ取り早く実力を見せてもらうためにもね! ファミリーネーム少女はそれでいいかい?」 「構いませんよ」 そう応えたナマエは落ち着き払った様子で微笑みを湛えている。彼女の“個性”を考えれば一対二でも足らない位だがそれはこちらが手加減をすれば良いことだ。 彼女の“個性”たちをよく知っている八百万はともかく、彼女が“特待生”という肩書きに相応しい実力を備えているかを疑問に思っている者は少なくない。 この数日だけでもナマエの人当たりの良さからクラスメイトの心証はすこぶる良いがそれと実力に関しては別の話である。寧ろこんなにも穏やかな者が強者であるとは俄に信じ難いというのが大半の本音だ。 彼女の実力を示すには良い機会だろう。 「それじゃあファミリーネーム少女以外、くじ引いてね」 一戦目は緑谷・麗日ヒーローチームと爆豪・飯田敵チーム。飯田の制止も蔑ろに私怨で動く爆豪とその対象となっている緑谷の戦いは見るに耐えない散々なものであり、モニタールームで観戦していた者全てがあまり気を良くしない内容であった。 勝者となったのはヒーローチームだったが、私怨で動いていた爆豪は勿論、“個性”で無数の瓦礫を浮かせ核を守っていた飯田目掛けて打ち込むという“核”が本物であれば絶対にやってはならない方法を用いた麗日にも厳しい批評が下った。MVPは終始敵に徹していた飯田である。 この模擬戦は“ヒーロー”と“敵”の戦いだ。ヒーロー側は如何にして被害を最小限に抑え迅速に相手を捕獲出来るかが問われる場面であり、定められた状況を理解し適応しなければいくら力量があろうと評価に値しない。 その後は大した怪我人も出ず一通りの対戦が終わり、ここからがメインディッシュと言わんばかりに皆の視線がナマエへ向く。オールマイトが発表した彼女の相手は、ほぼ異議もなく轟・障子チームに決まった。 索敵能力に長けた障子と、氷と炎の“強個性”を持ちならが氷の“個性”のみで敵チームを圧倒した轟。皆納得の人選である。 「さっきヒーロー役をやった二人は敵役で、ファミリーネーム少女はヒーロー役。いいね?」 オールマイトの指示に各々返事をし、敵役である二人は先にビルの中へ。その数分後のスタートの合図と共にナマエが動くこととなる。 『ようやく我々の出番ですか。待ちくたびれましたよ』 「時貞は再臨後の姿になること」 『……』 「時貞」 『……仕方ない』 ビルの正面入口前にて、流石に揃いの格好で衆目に晒されるのは避けたいナマエの指示によって天草は渋々姿を変える。軽く溜め息を吐いてから、光を纏うと次の瞬間には普段のカソック姿から陣羽織を纏った長髪の姿へ。 「マスター俺は必要ない感じ?」 「私が制圧しますのでアヴェンジャーの出番ありませんよ」 「……時貞、手加減はしてよね」 「分かってますって」 「(本当に分かってるのかしら……)」 ナマエの影から顔を覗かせるアンリマユを押し込んだ天草。いつもは戦い向きではないと自称しているくせにここぞとばかりにやる気を見せている彼にナマエは苦笑を溢す。 「……どうやら彼らも多少考えているようですね」 春の暖かな陽気が支配していた空間に冷ややかな空気が流れ込んでくる。ナマエが冷気の元を見やればこれから突入するビルの出入り口や窓に至るまでがみるみる凍りついていく。 籠城ではなく“個性”の詳細が分からぬナマエを警戒しての時間稼ぎに過ぎない。モニタールームで見ていた限りでは障子の“個性”は小さな物音も捉えることが出来るため氷をどう処理するかで彼女の“個性”を推察する算段であろう。 無線にオールマイトから開始の声が入ったのを確認するとナマエは短く息を吐き、令呪の刻まれた瞳をビルへ向ける。 「さくっと終わらせましょうか」 生憎だが考察する時間を与えるつもりなど、ナマエにはさらさらない。 氷の膜が張られているビルの壁にナマエの手が触れると一瞬光がビルを走ったように見えた。それは本当に僅かな時間で、ナマエの手はもう離れている。その瞬くような間にビルの構造を把握し、核と敵チームの居場所をピンポイントで特定していた。 「核は六階中央フロア。焦凍は核の前、障子君は南側の階段に向かっているから彼が前衛ね」 そうして言い終わる頃には彼女の次なる魔術が入り口の氷を完全に融かしていた。 魔術師同士の戦いは瞬時の判断が命取りとなるため物の構造把握一つとっても時間を掛けてなどいられない。余計な情報は取り除き本当に必要な部分だけを把握するのが一般的な魔術師のやり方だ。 「時貞」 「ではこれより敵勢力を鎮圧します」 ナマエが名を呼ぶのを合図に、天草は霊体化を解き長い髪を靡かせ階段を駆け上がる。彼を導くようにナマエの魔術が行く手の氷を融かしていく。両者共に迷いなく、互いの動きを確認せずともスムーズに事を進めていく姿はまさに阿吽の呼吸である。 「えっ、誰だ!?」 一方で、モニタールームで観戦していた生徒らから声が漏れる。それまでナマエしか居なかった空間に突如として見知らぬ男性が現れたのだから、当然の反応だ。 「あれがファミリーネーム少女の“個性”であり彼女が“特待生”たる証さ」 オールマイトの言葉に、一同は息を呑む。モニターの奥では先程現れたポニーテールの男性が障子と対峙してる。 「息遣いが二人分に増えたと思ったら……そいつがファミリーネームの“個性”か」 「ファミリーネームだなんて、ナマエって呼んでいいのよ? 折角クラスメイトになったんだから」 「油断させる作戦か?」 「さぁ。どうかしら?」 「ッ!」 ナマエの形の良い唇が弧を描いた刹那、隣にいたはずの男は姿を消し、障子がそれに反応して辺りを探ろうとしても姿どころか気配すら感じられなくなっていた。 それは、メディアに出演している彼女の父親から、十中八九魔術系の“個性”だと目星を付けていた敵チームの予想を遥かに超えていた。 謎の男からの接触がないことに障子は男の標的が自分ではないと悟るや否や無線へ連絡を入れる。 「っ、一人そっちに行ったぞ! 気を付けろ」 『! 分かった』 「腰に刀を差していた、男だ」 『ああ。障子気を付けろよ、多分ナマエは強い』 「……もう電話は終わり?」 「っ!」 無線のことを電話と言ってしまっているナマエの機械音痴な面はさておいて。至近距離からの彼女の声に障子はハッと我に返り飛び退くように彼女と距離をとる。 この場にヒーローチームがいることにも関わらず隙を作ってしまった己の戦闘経験の浅さを後悔する前にまず疑問が浮かんだ。捕まえる乃至攻撃するだけの隙があったにも関わらず何故何もしなかったのか。 これも何かの作戦なのか。それとも凄いのは“個性”だけで本人は大して強くなく、特待生という肩書きに踊らされているに過ぎないのではないか。 未だ行動に移さないナマエに対する疑念がぐるぐると障子の中で渦巻いてゆく。それすらも作戦の内だと分かっていても割り切れるほど成熟していない。 「うふふっ。“何で何もしてこないんだ”って顔してる」 「! 分かってるのなら何故何もしない……!」 「だって、どうせなら大人しく投降してもらおうと思って」 「何を言ってーー」 無線を通して全てを聞いていた轟は来たる天草の襲来に備え自身で凍らせた出入り可能な箇所に目を配り、僅かな気配でも逃さぬよう神経を研ぎ澄ましていた。 が、数秒後そんなものに意味はないのだと知る。 「はい、大人しくしていて下さい」 気付けば、見知らぬ男が背後に立っていた。 余りにも自然に、最初からそこに存在していたかのように天草はにこやかな笑みを湛えたまま三池典太光世の切っ先を轟の喉元に突き付けている。 殺意はないが解放してやる慈悲はなし。轟が僅かにでも動こうものならば流血は免れ得ず、息を呑むのですら制限されてしまう。 「くっ……!」 隙に氷結の“個性”を試みるも冷気を出す間もなく天草の眼光が轟を射抜くものだから、蛇に睨まれた蛙宜しく何も出来なくなってしまった。 それから数分も経たないうちに扉の氷を融かして侵入してきたナマエは、二人の状態を目の当たりにして動転した。 「え……ちょっと時貞! 何してるの!?」 「手っ取り早く鎮圧するならこういう方が良いかと」 「だからってやりすぎよ! それじゃあどっちがヒーローチームか分からないじゃない!」 「あはは」 誤魔化すように笑う天草に反省の色は一切なく、マスターながらに呆れるナマエ。とりあえず轟を解放してやらねばと慌てて核に触れ、彼女の初模擬戦はあっさりと終わった。 『ヒーローチームWIN!』 「ごめんね焦凍」 殺気はなかったとはいえ緊張はしていた。強張っていた身体が解放され思わず膝に手をつき大きく息を吐く轟。額にはうっすらと汗が滲んでいた。 「……それより障子は」 「ああ、彼なら大人しく投降してくれたわよ」 「は……?」 悪戯っぽく笑うナマエが障子のいるであろう方向に指さしたので轟は信じられないといった風に、先程ナマエが開けた扉を通って階段を駆け下りた。 すると二階と三階の間の踊り場でぼんやりと膝を付いている障子がいて。敵を捕らえた証であるテープが綺麗に巻かれているではないか。しかも争った形跡は一切見られない。 「おい障子!」 「!……轟。俺は何を……?」 「障子に何が起きたのは分からねぇが俺たちがナマエに負けたことは確かだ」 「障子君、大丈夫だった? 加減はしたつもりなんだけど」 「いや体は何ともない。だが、俺は一体……何もしてこないファミリーネームを不審に感じて、それから……」 「落ち着け障子」 何故テープが巻かれているのか、自分の身に起きたことなのに何も思い出せず混乱する障子を落ち着かせる為にも、一旦モニタールームに戻ることを轟が提案する。ナマエもそれに同意し、戻ったら種明かしをするからと悪戯っぽく笑う彼女は普段よりもずっとずっと年相応に見えた。 [10]初めての戦闘訓練 prev back next |