さて、祭りと聞けば大人しくしていられない男士が愛染国俊だ。愛染明王の加護を受けた彼はなりは小さいが祭りへの熱意は人一倍、否、神一倍。 例え社と本丸を結界で仕切っていようとヨノモリ社で祭事が行われることを隠し通すことは不可能に近い。どこからか情報が漏れてしまうのは不可抗力なのだ。 「それで安安と話しちゃったの?」 「えっと……ごめんね?」 「……可愛いから許す」 故に、町内会長との電話を偶然聞かれてしまい問い詰められた末に白状してしまったことは不可抗力なのである。いずれ知られることは覚悟していたが、まさかこんなに早くバレるとは思わなんだ。 しかもよりによって件の愛染国俊に聞かれてしまったのだ。彼の祭り好きは周知のもので、噂は瞬く間に本丸中を駆け回った。 噂が話題になれば当然瑞希の耳にも入るわけで、今し方説教されていたところ。と言ってもすぐに終わったが。 「こうなったら彼らにも手伝ってもらうしかないね」 「それは構わないのだけど……問題が山積みだなぁ」 私の生きている二十一世紀のことも知らない文字通り世間知らずな彼らをホイホイと祭りに参加させる訳にはいかない。それに、社と本丸を隔てる結界を越えるに当たっての条件等の兼ね合いもある。 これらのことを考えた結果、夕餉を終えた空き時間を利用しての緊急会議を開くことにした。 「みんなもう知ってるとは思うけど、一ヶ月後にこのヨノモリ社で夏祭りがあるんだ」 瑞希の言葉に祭り事が好きな刀たちは騒ぎ立てる。大倶利伽羅などの一部を除いた大半が参加したがっており、特に短刀たちは初めての祭事に興奮冷めやまぬ様子。 しかし今はいずれ来る祭事に思いを馳せる時間ではない。私が咳払いをひとつすることで静かにさせる。 「祭りには参加して構わないが、この祭りは露天も出れば氏子を含め一般人が沢山来る。お前たちが刀であることは悟られてはいけないよ」 「何だそんなことか。それくらい分かってるさ」 「だいじょうぶです! そんなヘマはしません!」 「岩融、今剣……分かっていればいいんだ。ただこれだけは言っておく」 「?」 「お前たちは顕現され、今は神の身の上なのだ。そのことを常に念頭に置いておき、くれぐれも目立つ言動は避けるように」 諭すように言い聞かせれば流石に楽観的な岩融でさえ真剣な表情になる。 元は刀とはいえ今は顕現され紛いなりにも神だ。一般人を簡単にどうこう出来てしまう立場であることを忘れてはいけない。 一瞥すれば他の刀剣たちも眉宇を引き締める。 短刀には少々気の毒ではあるが、こういったことは起きてしまってからでは遅いからな、脅かすくらいが丁度いいのだ。 「それと、現在の日本では銃や刀の類を許可なく所持することは禁止されているから、ここから一歩でも社の方へ行く者は自身を置いていってもらうよ」 私の言葉に刀剣たちは自身である得物を見やった。 石切丸や太郎太刀、青江には度々社の仕事を手伝ってもらっているから慣れているだろうが、祭りの間だけとはいえ刀を放置しておくのは心許ないだろう。 素直に刀を下ろすものは居るだろうが、やはり遡行軍の急襲に備えて帯刀しておきたいというのが彼らの本音だ。特に忠誠心の強い長谷部は私の身の安全を最優先させたいはず。 遡行軍は時空間を自在に行き来出来る。祭事中の会場に現れないという保証はない。 重々しい空気が続く中、一人の刀剣男士がすくっと立ち上がり私の背後に回ると両手を私の肩から伸ばし、そのまま私を後ろから抱きしめた。 「ご安心くださいませ、ぬしさま」 「小狐丸……?」 「刀とはいえ今はこうして身体を頂いております。何があってもぬしさまだけはこの小狐めが必ずお守り致します故に」 「あっ! 抜け駆けはずりぃぞ! 俺だって何があっても大将を守るからな!」 「ぼくも! あるじさまにはゆびいっぽんふれさせません!」 「っていうか何自然な流れで主に抱きついちゃってるわけ!?」 「名前ちゃんから離れろー!」 小狐丸に負けじと主張する厚と今剣のお陰で広間がいつもの明るい空気に戻る。 次いで、清光と瑞希が私を包み抱く小狐丸と小競り合いを始める。私を挟んで喧嘩をするのは辞めて欲しい。 それから祭事について話し合いは我々ヨノモリ社側が行う催しについてになった。 「毎年私も主催側として催しをする習わしでね。今年はみんなにも協力してもらいたいんだ」 最早毎年恒例と化しており去年までは式神を使っての神楽舞を披露しており、今年は見た目も華やかな刀剣男士たちがいるので式神を使わずに何か出来ればと考えている。 その旨を伝えれば三日月が閃いたと言わんばかりに掌に拳を乗せた。 「水継ぎの舞なんてどうだ。あれは男女二神の舞であっただろう?」 俺と主、ちょうど二人だ。そう言って三日月は私の肩を抱き寄せる。 会議に参加していた者たちの、特に瑞希と小狐丸の射殺さんばかりの視線も諸共せず笑っているあたり中々に太い神経を持っているらしい。さすが天下五剣。 肩に置かれた手をやんわりと拒否し、顎に手を当て思案する。三日月の言う通り水継ぎの舞は男女二神によるもので、順調な降雨と五穀豊穣を祈る舞だ。 「あ、“三条神楽”なんてどう?」 全国津々浦々の様々な神楽舞が載っている資料を眺めていた瑞希が顔を上げ、笑顔でそのページを見せてきた。 「結構数あるけどこの中から五舞くらい選んでやろうよ」 「三条神楽とは良いのを選んだね」 「石切丸、その“三条神楽”とはどのようなものなのかな?」 「三条神楽は元々出雲神楽系統の神楽でね、一人で舞う演目もあれば複数人で舞う演目もあるよ。それに、稚児舞と言って子供が舞うものもあるから短刀も参加できるし良いんじゃないかな」 流石に神社暮らしが長かっただけあって神楽について詳しい石切丸。くどくならない程度に各演目の説明をしてくれている。 神楽自体には半数以上が乗り気なので刀剣らだけで舞う演目があっても良いかもしれない。 今のところ私は一人演目の宮清の舞に稚児四人を加えて舞う“五行の舞”なんかが良いかと。 「どうせなら“宝剣作の舞”なんかがおすすめだけどね」 「ほうけんさく……お、あったあった。……あー、確かにこれは僕ら向けだねぇ」 「どれどれ……?」 「ほらここ」 瑞希から手渡された資料によると“宝剣作の舞”は三条小鍛冶宗近、彦二人、稲荷明神、神の使い五人による大舞で、平安時代に一条天皇の命令で宝のような素晴らしい剣を作ることを命じられた宗近が、彦二人と共に苦難を乗り越えながら宝剣を作る舞である。 また、この舞は能の“小鍛冶”を基にしたとも言われているそうな。 資料を読み上げている私の声にほぼ全員が小狐丸を見やる。能の“小鍛冶”も、神楽の“宝剣作の舞”も、刀剣の小狐丸を造り上げる、所謂彼の誕生秘話というやつなのだ。 当の本人は多数の視線に照れる素振りなど見せず、寧ろ得意気になっている。 「私の話とは些か気恥ずかしいですがぬしさま直々に舞って頂けるとならばこれ程誉れ高き事はございませぬ」 「いや、私は短刀たちと五行の舞にするよ」 「あなやー!」 神楽舞の件は調べが浅い上に完全に自己満足です。笑 << 戻る >> |