実に二十年ぶりに催されることとなったミカゲ社の夏祭り当日。 奈々生が神楽を舞うということで楽しみにしていたのに、こういう特別な日に限って審神者会議に参加しなければならないなんて本当についていない。定例の審神者会議ならば欠席も辞さないのだが全審神者強制参加だと言うのだから尚のこと質が悪い。 更についていないのが会議が押してしまい終了時刻が予定より少し遅かったのだ。 「名前ちゃん早く早く! もう始まっちゃってる時間だよ!」 「分かってるって!」 会議場から飛び出した私と清光は本丸に繋げた門を足早に潜り抜け、そこで待機していた瑞希に手を引かれるまま社を飛び出し彼の大蛇に乗ってミカゲ社へ急いだ。 着替えすらままならぬ状態だったが一応正装なのでセーフだろう。 「お、まだ始まったばっかりっぽいね」 「ふぅ、良かった……」 到着した時には既に奈々生の神楽は始まっており、ミカゲ社に縁のある沼の主や山の神等々が一般人に紛れて彼女の舞をこぞって見ていた。 私たちも大蛇を降りて一般人に紛れるようにして彼女の神楽を眺める。 神楽用の衣装と面を身に着け巴衛の笛の音に合わせて舞う姿に迷いはなく、寧ろ自信に満ちて力強く、かつ所作の端々に優美さが現れている。 練習中に差し入れを持って行った時にはぎこちなかった箇所も今は難なく踊れているようで安心した。 そんな神聖な舞いを認めるようにミカゲ社の化身である蝶々が一斉に舞い上がり会場を沸かせる。 「おぉ……!」 「キレイ……」 ちらほらと誰のとも分からない呟きに内心同意し、それと同時に安心していた。奈々生が土地神となって早数ヶ月、化身を出せるまでに成長しているという事実は実に喜ばしい。 観客だけではなく、化身を出した張本人も驚いているので思わず小さく笑ってしまった。 神楽も無事終わり、奈々生たちに挨拶をしてから帰ろうかと話していると丁度私服に着替えた奈々生が社から出てきて、きょろきょろと周りを見回して私達を見つけ駆け寄ってくる。 「名前、瑞希! 来てくれたんだ、ありがとー!」 「どうしても外せない用があって少し遅れてしまったけれど、招待されたからには来ないとね。お疲れ様、見事な神楽だったよ」 「うんうん、奈々生ちゃん凄かったよ〜」 「本当? 良かったぁ、そう言ってもらえるとたくさん練習した甲斐があるよー」 そう言って奈々生は胸を撫で下ろした。 巴衛が小さくされたあの日から奈々生とは何度か交流もあり、当初の願い通り敬語を止め親しく話してくれている。 元々友人が多い方ではなかった私としては同僚と友人が同時に増えて嬉しい限りだ。 「それにしても化身が出せるまでに成長したとはね」 「そうだった! あの蝶々って本当に私が出したの!? 未だに信じられない……それに踊ってる時誰かに助けてもらった気がしたんだけど……」 「それが他の誰かだったとしてもあの蝶は紛れもなく奈々生が出したもので、土地神としてちゃんと成長している証拠さ」 「そっかぁ、成長してるのか……嬉しいなぁ」 頬を押さえて顔を綻ばせる奈々生に私たちも自然に笑っていた。 が、そんな和やかな雰囲気も束の間、次の瞬間には目くじらを立てた巴衛が奈々生の頭を掴んでいた。 「奈々生! 衣装を脱ぎっぱなしにして行くな!」 「あ……ご、ごめんごめん」 冷や汗を流しながら謝る彼女に、彼は呆れたように溜め息を吐いて腕を組み直した。小さくなった時の可愛げはどこに行ったと言いたくなるほどの愛想の無さだ。 「もう巴衛君ってば目くじら立てちゃってさぁ。カルシウム足りてないんじゃないの?」 「黙れ。奈々生がちゃんとしていれば俺だって一々目くじらを立てたりしない」 「うっ……そ、そうだ巴衛聞いて! 神様として成長してるって名前に褒められたの!」 「……はぁ。名前ほどの祭神にちょっとばかし褒められたからと調子に乗っているとは、先が思いやられるな……」 「うぅっ……ひどい……」 つんと澄ました様子の巴衛だがこれは本気で呆れ返っている表情ではないだろう。いや寧ろ少し嬉しそうだ。その証拠に尻尾が微かに揺れている。本人は抑えているようだが付き合いの長い私や瑞希には分かるぞ巴衛。 そう思い瑞希を見やれば示し合わせたように目が合い、お互い口元に笑みを浮かべる。最早笑みを通り越してにやける。 それから今にも泣きそうなくらい気落ちしている奈々生を手招きし、内緒話をするように口元に手を添え巴衛にも聞こえる程度の声量で喋る。 「奈々生、巴衛は“これを励みにもっと頑張ってね”って言いたいのさ」 「えっ……!?」 「巴衛君は素直じゃないからねぇ〜。ご主人様が褒められて内心喜んでるよこれ」 「う、五月蝿いぞ! お、俺がそんなこと思ってるわけがないだろう!?」 「どうしたの巴衛君、顔が赤いよぉ〜?」 「ええい黙れこの駄蛇! 名前お前の飼い蛇だろう! なんとかしろ!!」 「ふふふっ。ほら、素直じゃないだろう?」 奈々生に耳打ちしてやればぽっと頬を上気させ嬉しそうに頬を緩める。それから顔を先ほどの私たち同様ににやつかせると、巴衛に詰め寄っていく。 「ねぇ巴衛今の本当!?」 「奈々生もこんな下らんことに食いつかんでいい!」 すっかり先ほどとは立場が逆転し、頬をほんのり染め焦った様子の巴衛に嬉々として詰め寄る奈々生の図が完成した。 予想通りの結末に瑞希と二人で顔を合わせて笑う。二人が楽しそうで何よりだ。 「巴衛ってば〜!」 「ああもう頼むから黙ってくれ! ……そ、そういえばヨノモリ社の夏祭りもそろそろじゃないか?」 話題を逸らすために苦し紛れに出したであろう巴衛の言葉に、そう言われてみれば、と昨年の喧騒を思い出す。奇しくも話題変えに成功させてしまった。 「あー、もうそんな時期かぁ」 私の心情を代弁するように瑞希が言う。町内会との連絡も頻繁になるため本丸にいる時間が必然的に減ってしまうだろう。 信奉者の多いヨノモリ社はそれなりに大きく、故に祭りの規模も大き目だ。露店の数が増えれば確認案件も増え、祭りが終わるまでは多忙を極める。 「いつやるの!? 絶対行くよ!」 「ふふ、ありがとう。日取りが決まったら必ず連絡するよ」 「約束ねっ」 それじゃあそろそろ帰ろうかと、奈々生たちと別れ踵を返した時だった。 人の格好をした妖かし者が目の前に立っており、以前奈々生から話を聞いていたお陰で彼女の正体が沼の皇女であると分かった。 「その方はヨノモリの祭神か」 「……そういう貴女は、沼の皇女だね」 お初にお目にかかると挨拶をする彼女は、人間の男の子に恋をして、彼に会うために巴衛の妖術で人間の姿を保っているのだそう。 人間と妖かし者の恋愛か、私には些か理解に苦しむ問題だ。 彼女と一言二言言葉を交わした後、続々と挨拶に来た他の妖怪らの相手をするはめになってしまい、帰路につく頃には会議での疲労も相まって倒れる寸前だった。 瑞希に支えてもらい何とか社までは倒れずに済んだが、社と本丸の境で睡魔に負けてしまい清光の悲鳴を聞きながら瞼を下ろした。ああ、叫び声がどんどん増えていく。 後日、寝ずに仕事をしていたことがバレてしまい薬研に説教されたのは言うまでもない。 夏祭り編突入したのは良いけど刀剣成分少なっ。次回は刀剣成分多めです。 蛇足ですが、神はじ原作では笛は瑞希が吹いているのですが瑞希は夢主の許に居るので代わりに巴衛が吹いています。 << 戻る >> |