「さて、今日は私は何をすれば良いのかな?」 今朝の加持祈祷を終えた石切丸が社に顔を出し、私に次の指示を仰いだ。 「それじゃあ、人形の供養を頼んでいいかい? 氏子のお祖母様が生前とても大切にされていたものでね」 布に包まれた人形を石切丸に手渡す。丁寧な手つきでそれを受け取った石切丸からは優しさしか伝わらない。 大切にされた物には魂が宿る。それを身を持って知っている彼なら人形も文句は言わないだろう。 「ああ、心を込めて供養させて頂くよ」 長らく社に身を置いていたが故か社の仕事をしている彼は実に生き生きとしている。 審神者を始めてから仕事量が倍以上に増えてしまい、両立するのに苦労した。 戦や馬、畑の世話は刀剣たちが何とかやってくれているが、やはり私にしか出来ない仕事が多々ある。例えば戦果報告書の作成や演練の申し込みと立ち会い、審神者会議への出席など、思いつくだけでもこれだけ出てくる。 審神者の中には学生もおり学業との両立は忙しいと言っていたので、私は大学を卒業しておいて本当に良かったとしみじみ思う。神様と学業と審神者の三つの両立は確実に不可能だ、過労死する。 私とて好きで二足の草鞋を履き始めたわけではないが、履いてしまったからには最後まで責任を持ってやり遂げたい。しかし現実はそう上手くはいかないのが世の常。 とにかく、私の仕事量が増えたということは私しか出来ないこと以外の仕事が必然的に疎かになってしまうのだ。 故にヨノモリ社の仕事の半分は瑞希に任せきりになってしまい、歌仙や燭台切が来てからは家事が少なくなっているとはいえ瑞希の仕事量が増えているのも事実。 「石切丸君はよく働いてくれるね〜」 「お陰で助かっているよ」 瑞希の言葉に、石切丸が出て行った障子を見つめる。 だからこそ石切丸が来てくれた時は心から歓迎したものだ。加持祈祷の出来る者は我が社には貴重な存在である為、彼には主に社の仕事を手伝って貰っている。 太郎太刀も神刀としての期間が長く私が神様であることを知った時は手伝いを申し出てくれたので、ここでの生活に慣れた頃に手伝ってもらおうかと考えている。 「にしてもよく刀剣に社の仕事手伝って貰おうと思ったよね。名前ちゃんそういうの嫌いそうなのに」 「最初はね。ほいほいと神使でもない者社のことを任せるのは憚られてさ……」 「なら式神で良いんじゃない?」 「それでも良いのだけど、やっぱり式神じゃあ心がないからね。人を相手にしている以上心をこめて仕事をしたいんだ」 これはただの綺麗事かもしれない。 実際の神様には癇癪持ちもいれば気分屋や長期家出中など、いい加減な者が結構いる。 しかし、父を亡くし女手一つで私を育ててくれた母や、その母が亡き後最期の時まで私のことを真っ直ぐに育ててくれた祖父のような、そんな神様に私は成りたいと思ったのだ。 巡り合わせとは不思議なもので、人に大切にされてきた付喪神だからこそ手伝って欲しいと思えたのだ。 「……ヨノモリ様も名前ちゃんに継いでもらえて良かったって思ってるよ」 「そう言って貰えると嬉しいよ」 そんなやり取りのあった数日後。 「ん? どうかしたのかい? 青江」 いつものように文机に向かって筆を動かしていると、ふと後ろからの視線に気づいて振り返った。 見つめ返された青江は髪で片方しか見えない目を見開き、いつもの笑みを浮かべた。 「あ、いや、今日も社の仕事をするのかなぁってさ」 「……そうだね……今日は瑞希と石切丸がいるから急ぐ予定もないし、溜まっている書類の整理が終わり次第になるかな」 石切丸。その言葉を言った際の青江は少し寂しそうだったのだが多分、本人に自覚はない。 「そう……それじゃあ僕はここで待機しているから何かあったら言いつけていいからね」 そう言って笑みを浮かべる青江はやはり少し寂しそうで。 これでも神様に成って数年、その意味に気づかない程馬鹿じゃあない。 「青江」 「? 何だい? ああ、飲み物が欲しいとか……」 「社の仕事を手伝ってみる気はあるかい?」 「!」 私の問いに彼の目は再び大きく見開かれ、瞳が揺らぐ。 本来、社と本丸の境には刀剣たちが気軽に行き来出来ないよう強力な結界を張っている。天下五剣ですら弾いてしまうほどの代物だ。 歴史修正主義者が社側に現れない保証がなくいくら近侍を連れ歩くことを義務付けられていようとこの結界が緩むことはない。 事自衛に関しては優秀な神使である瑞希がいるので心配ない。実際、私の命を狙った妖怪の類から幾度となく守ってくれている。 と、話は逸れたが、とにかく刀剣男士はヨノモリ社に来れないようになっているのだが、そこを、条件付きではあるが通ることが出来る唯一の刀剣が石切丸である。 石切丸は神刀として奉納され腫れ物や病魔を霊的に切っていたという実績もあり、本人たっての希望で社での仕事を手伝っている。 これまでの青江の言動で、きっと青江も社の仕事をやりたいのだと、石切丸に近づきたいのだと思った。 「……やりたいよ」 しばらくの沈黙のあと、ぽつりと青江が呟いた。いつもの彼らしくない、弱々しい声だ。 その返答を聞いた私は早速懐から白札を取り出し、そこにとある文字を書いて彼に差し出す。 「使い切りの仮神使札だ。これを身体に貼り付ければ石切丸のように結界を通って社側へ行くことができるし、多少の制限はあるが瑞希と同じように神使としての能力が使える」 本体である刀剣は本丸側に置いて行ってもらうけれど、内番などで刀を離している機会は多いから大丈夫だろう。 「石切丸にも同じ物を渡している。ただし使い切りとある通り、効果は一度きりだよ」 手伝って貰う日の朝に直接渡すからね、そう付け足したが彼には聞こえていないようだ。 “仮神使”と書かれたその札をまじまじと見つめる青江の顔は嬉しそうで、彼ならば丁寧な仕事をしてくれるだろうという確信が持てた。 しかしその表情もすぐに曇ってしまう。 「……良いのかい? 僕なんかに渡して」 「良いと判断したから渡したんだよ」 「でも、僕は……幽霊とはいえ、子供を斬ったんだよ?」 今の彼にいつもの余裕は無く、自分の過去を、その名の由来となった出来事を思い返していた。 以前に彼は石切丸に問うたそうだ、“どうして自分は神刀に成れないのか”と。その返答がそれだったそうだ。 「何だ、そんなことを気にしていたのか」 「そんなことって……! ……はぁ、僕にとっては結構重要なことなんだけどなぁ……」 「斬ったのは事実だが青江の意思で斬った訳じゃないだろう? それに、そうやって自覚し、意識を改めることが大事なんだと私は思うよ」 彼を安心させるようなるべく柔らかい笑みを浮かべる。 過去を思うことは大切だが、過去に囚われてはいけない。過去を踏まえて、これからどう生きていくかが大切なんだ。 それに、そんなことを言っていたら戦神や巴衛はどうなる、なんて口には出さないが、思わずにはいられなかった。 荒れに荒れて言葉にするのも憚られる程残忍な所業を繰り返していた野狐時代を持つ巴衛だって今はちゃんと神使を務めているのだ。 本人の意思に関係なく持ち主が幽霊の子供を斬っただけで神刀に成れないだなんてあんまりじゃないか。 「……っ。やっぱり君は不思議な人だね。欲しい時に欲しい言葉をくれる」 そう言って微笑む青江の表情は、少し泣きそうなのに、とても柔らかい笑顔だった。 「ふふ。神様は願いを叶えてあげるのが仕事だからね」 「……ありがとう」 回想で神刀に成りたがっている青江を見て、いつかこういう話書きたかったのです << 戻る >> |