この本丸に純粋な人間は存在しない。居るのは刀に宿った付喪神たちと、神に仕える神獣白蛇と、それらを従える現人神である私だけだ。 いや、従えると表現すると烏滸がましさがあるので訂正しよう。私が従えているのは白蛇だけで、付喪神たちには力を貸してもらっているというのが正しい表現だ。 私の生きていた二十一世紀よりも二世紀先の、二百年後の日本の政府と名乗る者たちが突如眼前に現れ、私に歴史を救ってくれるよう嘆願したのだ。 確かにヨノモリ社の祭神として人々の願いを叶えることも仕事の一つではあるが、一口に歴史を救えと言われても無理がある。そもそも意味が分からない。 聞けば歴史修正主義者なる者たちが過去を変えようと過去に攻撃をしかけており、それを阻止する為に刀の付喪神を降ろす人間が必要なのだと。 しかし彼らの時代には神降ろしの適正を持つ者は少なく人手不足とやらで、故に彼らにとって過去に当たる様々な時代から適応者を探しているだとか。 いくら愁訴されようとも私には知ったことではなく、勿論瑞希も猛反対だ。 何より私はヨノモリ社の祭神の身の上。日本の危機であろうと本来の職務を放棄することなど有り得ない。 そう断りを入れたはずなのに、向こうは何を勘違いしたのかこのヨノモリ社と異空間に点在する本丸の空間を繋げてしまったのだ。未来の技術はげに怖ろしい。 かくして、私は祭神と審神者の二足の草鞋を履くことになりましたとさ、めでたしめでたし。 「って、めでたくないからっ!!」 「どうされましたか!?」 勢い良く飛び起きれば枕元で寝ずの警護をしていた平野藤四郎がいち早く反応し、自身を構え私を気遣うような言葉をかけてくれる。 本人がやる気だったので夜間警護を任せてはいるが見た目は幼い子供故にどこか心配していた。しかしそれは杞憂のようだった。 唐突に叫び起きた私に対しての気遣いと、警戒を怠らない姿は立派な懐刀である。 「……大丈夫。少し夢見が悪かっただけさ」 いつもの笑みを作り、平野の頭を撫でてやれば強張った表情が少し和らぎ構えていた刀を鞘に戻す。 「そうでしたか……ではお水を用意いたしましょうか?」 「……お願いするよ」 「はい」 あんな夢を見たせいか喉がひどく乾燥しているのに気づいた。 平野が水を用意する間の手持ち無沙汰で襖を少し開けて外の景色を見やれば何かが起こりそうなほど綺麗な三日月が輝いていた。 時の政府は私を審神者と呼んだ。そして私に一本の刀を手渡して言ったのだ。刀の付喪神を降ろし歴史修正主義者たちと戦ってくれと。 祭神、所謂現人神である私に審神者になれと言われた時は思わず笑いそうになった。いや、笑いそうになったのはただの強がりだ。 審神者とは神の言葉を聞きそれを人々に伝える者、言わば神に使える存在。よもや神である私が神に使える存在になろうとは。 その時の私は祭神としての自信をようやく持てるようになってきたばかりで、お前にはまだ早いと言われたような気分だった。今ならばそんなことを考えすらしないが、当時は審神者という職名が私を嘲笑っているように思えてならなかったのだ。 「どうぞ」 「ありがとう」 平野からコップを受け取る。夜間用に置いておいた水筒から汲まれた水は少し温くなっていたが寝起きの喉にはちょうど良かった。 あの後はあれよあれよと、こちらが何かを言う前に詳細はこれに聞けと狐の式神を置いて退散してしまった。 この時初めて知ったのだが私は押し売りに対する対処能力が低いようだ。変な絵画を売りつけられないように気を付けねば。 「主さま、また何かあればすぐに仰ってくださいね」 健気な短刀の頭を撫でてやる。ふにゃりと笑う顔は実に愛らしい。 こうして瑞希以外の誰かが常に側に居るというのは最初こそ慣れなかったが今では全く違和感はない。人間は慣れる生き物であるとはよく言ったものだ。 しかし、慣れと心を許すことは別物で。心の何処かで彼らに対する壁を築いている事実には気づかないふりをして、再び眠りについた。 << 戻る >> |