▼書けてるところだけ8 ・悪女更生編2 あの日以来早河さんはすっかり丸くなった、というより私がベリアルのグリモアを預かっている以上丸くならざるを得ないじょうきょうになっていた。私の相棒であるアスタロスの職能を間近で見たというのも、丸くなった理由の一つだろう。 あの時言っていた通り少しずつではあるが素直な善い子になっていくのがわかった。 イナズマジャパンがザ・キングダム戦に向けて一丸となっている今。 悪魔の力で早河さん至上主義となっていた選手たちの洗脳をどうやって解こうかと考えたが答えは至ってシンプルに落ち着いた ベリアルを召喚して直接呪いを解かせればいいのだ、そのためにはまずイケニエを用意せねばいけない、というより気になったことが一つある 「早河さんはベリアルにイケニエを渡していたの?」 「イケニエ? ああ、シュシュが欲しいって言ってたから召喚する度に渡してたけど、あれかな」 「なるほど」 アンダインに写メを見せてもらったことがあったが確かベリアルは髪が長かったものね、悪魔と言えど女には変わりないということか、まあ今は私が結界を張っているから常にオウムの姿なのだけど。 再び相も変わらず彼らのマネジメントをする。 「こんちはー」 「来たわね」 イナズマジャパンの宿舎に訪れた一人の少年、堂珍光太郎を呼び寄せたのには理由があった。 彼は祖父を亡くし祖父の知り合いだったお兄ちゃんの計らい的な何かで今は芥辺探偵事務所に住んでいる、言わば私の手駒。 日頃下品なことしか考えていない彼にも悪魔を使役する能力はあるもので、私は彼の契約している悪魔を借りるために彼をわざわざ呼び寄せたのだ。 淫猥なことにしか興味のない彼でも一応男子中学生。世界サッカーの祭典FFIが行われているライオコット島までの旅費を私が負担すると言えば二つ返事で引き受けた。単純で助かる。 「ここがイナズマジャパンの宿舎かぁ。感慨深いものがあるな、うん」 「いいからグリモア貸して、あんたは観光でもしてきなさい」 「えーっ。選手に会わせてくれよ!」 「面倒くさいから駄目」 「何だよそれ!」 イナズマジャパンの人間関係がややこしい今、部外者を入れて変にかき回されても困る。 そこまでサッカーが好きではないくせに選手に会わせろとしつこい光太郎に、その場で書いたメモを渡す。私の知り合いだから適当に相手してくれという内容と私のサイン。これを見せれば大抵のチームで選手と握手くらいならしてもらえるだろう、それくらいに顔は広いつもりでいる。 それを聞いた光太郎は意気揚々とグリモアを手渡してどこかへ行った。ほんと扱いやすくて良い。 「ねえねえ名前ちゃん、さっきバカっぽい顔の男の子と一緒にいたけど、あの子誰? もしかして彼氏ぃ?」 「あいつはただの下僕よ。あんまり変なこと言ってると名誉毀損で訴えて勝訴するわよ」 「ちょっと冗談じゃないっ。そんなに怒らないでよー!」 校舎に入るなり早河さんが話しかけてきた。あんなのを恋人にするくらいなら生きたまま内蔵えぐり出される方がましよ。 早河さんは今みたいにぶりっこなんて辞めて素直なままでみんなにも接すればきっと良い方向へと進むのに。さっさと前を歩く私の手にあるグリモアに気付いたらしく、名前ちゃん一体悪魔何匹飼ってるの、と言われた。 本棚にいっぱい、と答えてあげれば趣味悪ーいと笑われたのでグリモアで軽く頭を叩いて誰もいないミーティングルームで魔法陣の書かれた布を広げた。 早河さんが見ている中グリモアを開き呪文を唱えれば猿のような悪魔が召喚される。忘却の職能を持つ悪魔グシオンだ。 「あんまり可愛くなーい」 「早河さん少し黙ろうか。グシオン、イケニエを食べなさい」 「これも名前ちゃんの悪魔なの? この間抜け面グシオンって言うんだぁ。ベリアルより階級は下でしょきっと!」 差し出されたバナナを素直に食べているグシオンを横目に、広げられた布を畳んでトートバッグに仕舞い、ながらお喋りを止めない早河さんを一瞥する。 別に私と一緒にいる必要なんてないのだから他のマネージャーを手伝ってくればいいのに、と思いつつも口には出さない。 悪魔使いの色々を教えていかないといけないからこれはこれで好都合だし、何より早河さんが自分から歩み寄って行かねば意味がない。 早河さんは料理も出来ないしマネージャー業務もあんまり得意じゃないのに秋ちゃんたちには出来ると言っていたみたいだし、嘘が真になるまで私の手伝いをさせることにした。 腕時計を見やれば選手たちが午前練習を切り上げている時間、もう三十分もすれば昼食の時間になる。 その前にミーティングルームの準備をしよう、明日は との試合が控えているのだ。 「早河さん、午後のミーティングの準備するから手伝って」 「えー、めんどくさーい」 「はいはい。じゃあこの資料を各テーブルに置いて」 渋々ではあるが私の指示に従いホチキスで留めた資料を一部ずつ選手が座るであろうテーブルに並べ始めた。その間に私はノートパソコンの準備をする。 「グシオン、この場にいる全員から魔界軍団と天空の使徒以外の悪魔に関する記憶を消してちょうだい。ついでにダークエンジェルの記憶も」 記憶に新しいやつね、と言えばさっそく染岡くんの頭に飛び移りその記憶をゆっくり食べていく。 「そこまでするの!?」 私たちが悪魔使いということを知っている人間が多ければ多いほど、私たちの危険性が増すということになる。 天使はいつも堂々と存在している訳ではなく普段は人間に成りすましている場合が多く、影から私たち悪魔使いのグリモアを狙っている。 彼らが口の軽い人間だと言っているのではなく、何かの拍子についうっかり喋ってしまうことだってあるということ。そこから漏れた情報が、伝わり歩き人間のフリをしている天使たちにたどり着いたりしては大変なことになるのだ。 ベリアルが消えたら嫌でしょう、と問えばあの時のことを思い出したのか早河さんはただ静かに頷いた。 「彼らに説明をした時にはもう決めていたことだから」 「……仕方のないこと、なんだね」 「そういうこと。私たちの身を守るためでもあるのよ」 物分かりのよい子で良かった。これだけ言って聞かない子だったらどうにかしちゃうところよ。 グシオンが一人ひとりの頭に張り付いて記憶を食べているのを見ながら夕食の準備に取りかかることにした。 選手たちには夕食が出来上がるまでミーティングルームで次の試合に向けて話し合いをしてもらうとして、データ班の春奈ちゃんと目金くん、それとまとめ役の秋さんを残しておけば大丈夫。 「冬花さん早河さん、夕食作り手伝ってくれる?」 「ええ、もちろん」 「えー、あたしもミーティングがいいっ!」 「素直な善い子になるんじゃなかったの?」 「……ちぇっ、わかったわよ」 「ふふ、素直が一番」 「……」 「な、何よ?」 「早河さんは今の方が可愛いと思うな」 「なっ!」 冬花さんの言葉に頬を赤らめ狼狽する早河さん。 「ななななな何言ってるのよ!?」 彼女はもとお同い年の女友達を作るべきだ。 「ああ、グシオン。ヒロトはいいわ」 「え、俺はいいの?」 「だって何もしなくても悪魔が見えるじゃない」 悪魔を見ることが出来るヒロトの記憶を消したところで意味がない。いずれ再び悪魔の存在に行き着いてしまう。 それに私は日常的にアスタロスを出していることも少なくないのだからいずれ見られてしまう。 ならば記憶は消さずにおいた方が後々説明をする手間が省ける、と言うのは建前で、本音は、本当の私を知っていて欲しいと思ったからだ。 |