▼書けてるところだけ7 ・悪女更生編1(あたしと彼女のはじめて物語) マグニート山での出来事があった翌日。名前ちゃんは急に数日の間日本へ帰ると言いだしベリアルのグリモアを持ったまま帰国してしまった。 グリモアを持って行かれたのは別に良いんだけど、名前ちゃんに帰ってくるまでの間しっかりとマネージャーの仕事をしなさいって言われたのはムカつく。しかも監視役としてアスタロスを残してて、一々名前ちゃんにメールで報告してるからウザいったらない。 今まで仕事をサボっていたから全然やり方が分からないし秋ちゃんたちに聞くのも何かやだ。かといってアスタロスがいるからサボろうにもサボれない。でも仕事をしなきゃベリアルは返してもらえないから、仕方なくマネージャーの仕事をすることにした。 「秋ちゃん、あたしドリンク作ってくるね」 「えっ、早河さんが作ってくれるの?」 「何か文句ある?」 「う、ううん。じゃあお願いしようかな、作り方はわかる?」 「そ、そのくらいわかるわよっ」 「そっか。他に分からないことがあったら何でも聞いてね」 嫌味のない笑顔で言われたら余計に聞きづらくなっちゃったじゃない。それからしばらく食堂の台所で空のボトルとにらめっこしていた。 もういくら考えたってだめだ、こんなの水と粉をてきとうに混ぜればいいのよ。そう思って一本目のボトルに水を入れようとしたときだった。 呆れたようにアスタロスがあたしに紙を渡してきた。折り畳まれたそれを広げればドリンクの作り方が書かれていて、練習メニュー表とかでいっぱい見たからわかるけど、それは名前ちゃんの字だった。 『名前に、君が困っていたら渡すようにと言われたんだよ』 「……ふんっ、余計なお世話よ! で、でもせっかくだから貰っといてあげる」 ちょっと生意気なことを言ったけど感謝はしていた、マネージャーなら知っているべき選手一人ひとりの味の好みに合わせた粉の量なんかも書いてあって、マネージャーの大変さを知った気がする。 今思えば名前ちゃんには散々酷いことをしてきたと思う。なのにベリアルのグリモアを奪い返すために自分のグリモアを賭けたり、今もこうして色々と助けてくれる。わけわかんない。 あたしだったら自分のグリモアを賭けてまで取り返してやろうとか思わないし、ましてや手助けなんか絶対してやらない。今まで嫌がらせされたんだからいい気味だって思っちゃう。 「……ねえ、あんたはさ、名前ちゃんが何であたしを色々と助けてくれるかわかる?」 『……明確な答えは分からないけど大体なら。……聞きたいかい?』 「聞く」 『仕事を続けながら聞いてね……名前と君は似てるんだよ』 (ここに夢主の過去話を挿入) 『そういうわけさ』 「……」 あたしは物心がついたときから両親に愛され、周りからも可愛い可愛いと誉められ可愛がられて育った。 鏡を覗けば見た目も可愛いらしい女の子。ちやほやされるのは当然だったし可愛がられて当たり前なんだって思っていた。 だからこそ誰もあたしの中身を見ていないことに気づいてしまった。 可愛い可愛いとまるで置物を可愛がるみたいに接しられてあたしの性格はどんどん腐っていった。それに誰も気づいてくれず、さらけ出しても性格ブスとまで言われてしまう始末。 小学生のときクラスの女の子たちからはいじめられてもいたがそれを理由に男の子に泣きついたらすぐあたしの味方をしてくれた。 男の子って可愛い女の子が泣きついてきたらすぐに信じちゃうんだから、幼心に男ってバカだなぁと思ったのを今でも覚えている。 女の子に受け入れてもらえないのなら男の子に受け入れてもらえばいい。男の子だけに媚びを売ればいいんだと気付いた頃には完全にぶりっこをしていた。 よりかっこいい男の子に可愛い女の子を演じてはちやほやしてもらい、女の子に対しては嫌われる前にあたしから嫌ってやる。そうやって自分を守っていた。 我ながら良い考えだと思った反面あたしの心は益々腐っていった。本当は女の子と一緒に遊びに行ったりしたいけど、あの頃の思い出が邪魔をして壁を作っていた。 中学を転校した先でもそうしていてサッカー部にはイケメンもそこそこいたし夏未ちゃん以外のマネージャーはあたしに反抗してこないので居心地は最高だった。 でもエイリア学園との戦いの最中、ふと、もう一生誰にも本当のあたしを見てもらえないんだと思ったら泣けてきて、誰にも見られない所で泣こうとしたときにベリアルのグリモアを見つけたの。 地面から少しだけ出ていたから気になって掘り出してみたら変な文字が書かれた本で、でも何となくその文字が読めたから書いてある通りに魔法陣を書いて呪文を唱えたら両腕が翼の、綺麗な女の人が出てきて自分を悪魔だと紹介した。 『あんたのことはアタシが一番理解してあげられる。アタシと契約すればあんたをもう独りにはしないわ』 悪魔の囁きとはよく言った物で、あたしは言われるがままにベリアルと契約していたの。 ベリアルと契約してからはあたしに気がある程度だった男子たちが益々あたしを好きになって前以上に告白されるようにもなった。でもあたしはみんなのものだからお付き合いは出来ませんってしおらしくお断りした。 なんでもベリアルは人の感情を増減させることが出来るみたいでその能力を使って楓のことが好きって気持ちを大きくしたみたい。しかも彼女はあたし以外には見えていないらしい。 彼女はあたしの考えや性格を理解しているみたいで、それでもあたしを受け入れてくれたことが何よりも嬉しくて心強かった。 あたしという汚い人間を理解してもなおあたしを見捨てないで家族のように接してくれる。あたしの愚痴を聞いてくれるし悩みの相談だって親身になってくれたし。 悪魔だなんて関係なくベリアルに対して友達以上の、それこそ本当の家族より大切な存在になっていたの。 だからベリアルのグリモアを取られた時は本当に焦ったしみんなが見ている前なのに、あんなに本音をさらけ出して泣き叫んで怒鳴り散らして醜態を晒してしまった。正直恥ずかしかった。 でもそれと同じくらい、自分を偽らないのって気が楽だと感じた。だから悪魔のことも知っている名前ちゃんの前でだけは本当の早河楓でいられたのかもしれない。 だから名前ちゃんの言うことを素直に聞けるのかもしれない。同年代の女の子との会話ってこんなに楽しんだって思っちゃったら止まらなかった。 男の子の前では可愛くて守りたくなるようなか弱い女の子を演じ、女の子の前では性格の悪い嫌な子を演じて典型的なぶりっこをしながら壁を作っていた。 本当のあたしが嫌われるくらいなら表面を取り繕って内面にまで目が行かないように、必死に自分を守った。 だからベリアルのグリモアを取り返してくれた名前ちゃんには感謝しているし早くグリモアを返してもらうために今こうしてマネージャーの仕事を頑張ってるのだ。 |