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▼8.練習で流す汗は美しい

 あの一件以来一部の選手たちはあからさまに私を敵視するようになったのだが、立場上コーチである私に公な文句を言うことが出来ずにいた。本当にコーチという立場を用意してくれた久遠監督に感謝せねばいけない。こんなに面白いポジション他にはない。
 早河さん以外のマネージャーは常に私が状況を把握できるようにしているがそんな心配もなく、今まで通りといったところだろう。昨日早河さんに立ち向かった春奈ちゃんにでさえ、選手たちから敵視されてはいない。あくまでも早河擁護班の敵は私一人らしい。
 しかし早河さん以外のマネージャーと一部の選手たちは私の味方であると昨日強く宣言された。特にヒロトは執拗以上に言われ少しうざったかった。

 マネージャーに危害を加える様子もないので、彼女たちと一緒にいることもない。私のために用意された簡素な部屋で事務所の書類に目を通していたら、夕刻に春奈ちゃんと選手たち数名が訪ねてきた。

「名前さんは知っていたんですか? 久遠監督のこと」
「ええ、知ってるわ」

 春奈ちゃんの質問にただ端的に答える。監督のことというのは十中八九彼の経歴のことだろう。
 一緒に選手たちを育てていく立場として監督の経歴は知らないより知っておいた方が良い。私はただ興味本位で彼の事情を知った。
 彼が過去にサッカー部部を潰したという話には真相があり、彼らがそれにたどり着けるかどうかで今後のイナズマジャパンが決まる。まあ私は助言するつもりもなければ彼への不信感を取り払うつもりも毛頭ない。
 それで私が彼の表向きの経歴の事柄に荷担していると疑われてもそれまでのこと。これ以上この子たちの騒ぎに巻き込まれるのは面倒くさい。

「それじゃ、私は家に帰るわ。貴方たちは私がいない方が良いでしょう?」

 一部の子たちに向けて言った言葉に春奈ちゃんの表情が曇る。彼女も自分に言われているのではないと解ってはいるが、私が警戒せざるを得ない現状がやるせないのだろう。不可解な違和感が拭えぬ限り出来るだけ隙を作りたくない、ただそれだけの理由だ。
 選手とマネージャーはこの宿舎で寝泊まりをしているので、早河さんやその擁護者たちと同じ屋根の下で寝るのはなるたけ避けたい。私が悪魔使いとはいえ元は単なる女子中学生だ。警戒するに越したことはない。

 書類をバッグに仕舞い、帰路に着くべく彼らの間を通った際誰かに足を引っ掛けられ転びそうになった。
 何とか体勢を持ち直し眉間にしわを作りながら振り返れば、犯人と思われる人物自ら口を開いた。

「あっ、ごめんね。僕足が長いからさ」

 言葉とは裏腹に全く悪びれる様子のない吹雪くん。口元には薄く笑みを浮かべている。

「別に気にしていないわ。そんなに足が長いのならば走り込みの距離を倍にしましょうか」

 他の選手と歩幅に不公平が生じるものね、そう笑顔で返したのが気に食わなかったのか、彼はむっすりと不機嫌になった。文句を言いたげな吹雪くんを横目に、宿舎を出て帰路に着いた。

 事務所へと戻る道中、今日は気晴らしを含めて河川敷の堤防を歩いていた。というのは半分冗談で本当は気晴らしではなくある人物に会うために堤防を歩いていたのだ。

「いたいた」

 試合前であれば選手の入れ替えは自由に出来るので代表落ちした選手でもチャンスは十二分にある。現に染岡くんのように特訓している選手は他にもいる。ならば私はその選手たちがいつイナズマジャパンに入っても他の選手たちに付いていけるよう特訓のサポートをするだけ。
 諦めている子は別として、諦めず代表入りの特訓をしている子には私お手製の特訓メニューを渡している。今日もそれを渡すためにここを通っていたのだ。堤防の階段を降りて河川敷のサッカーコートで特訓をしている染岡くんに近づく。

「……何の用だよ」
「そんなに警戒しなくてもこれを渡しに来ただけよ」

 数枚の紙の束を受け取り内容を読むや否や表情が変わった。驚いたような、それでいて希望に溢れた少年の顔。余計なお世話だと突き返される可能性も考えてはいたが、どうやらその心配は杞憂に終わったみたい。
 ただがむしゃらに特訓をするだけでは身につく物も身につかないということで、効率の良い練習方法や休憩の取り方、サッカー選手としての長所と短所も大まかにだが書いてあるので参考にして貰えればいい。
 きっと彼ならば有効利用してくれるだろう、彼が日本代表に加わる日が楽しみだ。もう用はないし早く帰って晩御飯を作らなければと踵を返した時だった。彼に引き留められる。

「何で俺にそこまでしてくれるんだよ」
「私は努力する者の味方だからよ。イナズマジャパンのコーチとして貴方がどれだけ成長出来るか期待しているわ。頑張ってね」
「……おう。サンキュな!」

 染岡くんが気合いを込めてボールを蹴る音を聞きながら私は河川敷を後にした。


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