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▼9.初戦に向けて

 アジア予選一回戦目の相手がオーストラリア代表ビッグウェイブスに決まった。彼らはボックスロックディフェンスというボールを持った選手を四人で取り囲むタクティクスを持っている。それを打ち破るには広いグラウンドで練習をするより個室で個人技を磨き、文字通り箱からの脱出法を見出した方が良い。
 しかしその練習方法だと基礎体力の維持及び向上に問題が生じるのだが、久遠監督は頑として部屋での個人練習をさせたいらしい。せめて基礎体力の維持を目的とした部屋で出来るトレーニングメニューを一人ひとりに与えるということで私は妥協した。

「れ、練習禁止!?」

 ビッグウェイブス戦までの期間合宿所から出てはいけないという久遠監督の言葉に、選手たちはその意図が分からず困惑していた。練習禁止なんて私たちは一言も言っていないのに、そう捉えてしまっていた彼らに私は冷ややかな視線を送る。
 集団心理とは恐ろしいもので、誰か一人がそう言えばそれが伝染しみんなそう思い込んでしまうのだ。今まさにその状態である。

 チームとして完成していないので連携を高めるために使うべきだと言う鬼道くんの意見も一理あるがメンバーの八割は各々顔見知りであり、かつて同じチームに所属していたとも聞く。ならば今優先すべきことはチームの連携を高めることではなく一人ひとりの実力を高めていくことなのだ。
 集団で生活をしていればチームワークなんて嫌でも身につくが実力や体力なんかは特訓しない限り身に付かない。

「これは基礎体力を維持するためのメニューとなっているので各自部屋でやっておくこと」

 一人ひとり内容が異なっているので名前ごとに渡していくのだがやはりと言うべきか、私を敵視している人は素直に受け取る気はないらしい。風丸くんはさりげなく私の足を蹴ろうとしたのでしっかり避け、豪炎寺くんは受け取る気配がなかったので髪に刺してあげた。
 それから終始睨みつけている飛鷹くんにはちゃんと睨み返してあげた。せっかく馬鹿でもサルでも分かるサッカールールも書き足しておいてあげたのに。他は吹雪くんと虎丸くんも攻撃を仕掛けてきたのだが先ほどの三人同様小学生レベルの嫌がらせだったので割愛。
 あとはみんな素直に受け取ってくれた。まあ受け取ったところでやるかやらないかは本人次第なのだけど。

 その後私と監督を除くメンバーは軽くミーティングを済ませ、指示通り各々部屋に戻った。マネージャーはそれぞれ洗濯や調理などの仕事があるのだが早河さんは選手と一緒に宿舎の二階へ行ったので誰かの部屋にいるのだろう。
 触らぬ神にたたりなし。面倒事に自ら首を突っ込むのは私の性分に合わないということで放っておくことにしよう。

 私は宿舎の玄関に置かれた椅子に座って待機。同じく一階の階段付近に久遠監督が待機し選手を監視している。
 オーストラリア戦までの間ずっとこの状態が続くのだと思うとうんざりする。
 ただ座っているだけなんてアホらしいのでコーチング作業をすることにした。サポート役としてアスタロスを召喚しよう。
 誰かに見られては厄介なので、監督には必要なものを取りに行くと言い魔法陣の書かれた布を部屋に広げた。

『名前ー!』
「よしよし」

 召喚するなり抱きついてきたアスタロスを抱き留めて、布をトートバッグに仕舞い玄関へ戻った。
 円堂くんたちがどうにか練習をしたいと騒いでいる音声を聞き流しながら今後の練習メニューについて考える。

 しかし話はいつの間にやら今日の晩御飯のメニューに逸れていき、最終的にハンバーグに落ち着いた。りん子ちゃんも食べていくかな。

「監督、帰らせてください!」
「……分かった。今日はもういい」

 ふと気付いたら虎丸君と久遠監督の声がした。家の定食屋を手伝いに戻るのだろう。私は玄関にいるので必然的に宿舎から出るべく靴を履き替えている虎丸くんと目が合うと途端に彼は不機嫌になる。

「……何ですか? ちゃんと監督の許可はもらいました」
「何も言ってないわ。親孝行頑張りなさいね」
「! 言われなくてもわかってますよ。ふんっ」

 知った口をきくなと言いたごにそっぽを向いて足早に帰って行った。小学生はこれぐらい生意気な方が子供っぽくて可愛げがあると思う。小さくなってゆく小学生の後ろを眺めていると今度は綱海くんの声がした。とうとう動いたか。
 ビッグウェイブスは海の男たちと言われており、サッカー選手以前に海をこよなく愛するサーファーである彼はビッグウェイブスを快く思っていないはず。それに加えて狭い空間での練習は彼の性格には合わないので、どこかで隙を見て抜け出すことが予想されていた。
 我々はそれを見越して、久遠監督はトイレかどこかへ行き彼が逃げ出す隙を与え私は彼に近場の海までの地図を渡す手筈となっている。案の定綱海くんは久遠監督から逃げ出すことに成功し、玄関まで走ってきた。

「げっ。芥辺……コーチ」
「芥辺で構わないわ。それとこれ」
「地図?……って引き止めねえのかよ?」
「ここで引き止めても、貴方また脱走を企てるでしょう?」

 私の言葉に図星だったのか照れたように頭を掻く。彼は確か早河さん側の人間のはずなのに私であっても分け隔てのない。
 竹を割ったような性格とはよく言ったもので、彼ほど当てはまる人を見たことがない。無意識に笑みを浮かべていたらしい。彼が目を丸くして私を見つめていた。

「どうかした……?」
「い、いや何でもない。芥辺って何か思ってたのと違うのな!」
「そう……本当の海の男がどちらか、証明してみせなさい」
「おう!」

 にかりと笑った彼を見送って私は今度こそコーチングの作業に戻る。オーストラリア代表ビッグウェイブス戦で彼はキーマンとなるでしょう。


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