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▼新進気鋭の若手博士01

「(ああ、やってしまった)」

 こんな子供みたいな真似、するべきではなかった。
 ホウエンの地に初めて降り立った彼女は、自分のしたことについてそれなりに反省した。が、後悔はしていなかった。
 何事もやってみなければ分からない、失敗を恐れない、というのが彼女の信条であり行動理念である。


 しかし、初めて降り立ったホウエンの地は蒸し暑く、早速彼女は後悔しそうになっていた。

「……ありがとうドンカラス」

 だからといってここまで長距離飛行を熟したドンカラスを酷使するような真似はしたくない。そもそも暑さくらいは自分が我慢すれば良いだけの話だ。
 潔く彼女はドンカラスをボールに戻し、労をねぎらうとそっとバッグの定位置へ戻す。

 一端の有名人としての自覚を持ち合わせている故に、とりあえず自分の正体が簡単に特定出来てしまう白衣を脱ぎ慣れた手つきで小さく畳むとショルダーバッグに押し込む。
 幸いにも白衣を脱ぐいだことにより暑さも少しは緩和された。普段着ではあるが、どこかで帽子でも買えば変装としてはそれなりの出来になるはずだ。


 そこではたと気付く。勢いのままに飛び出してきてしまった彼女には行く宛もなければ目的もない。
 だからこそこうしてのんびり出来る時間が出来るのは喜ばしいことではあるが

 ぼんやりと突っ立っていても仕方がないので、近くのポケモンセンターでホウエン地方のマップを貰って、それから観光でもしようと、彼女は足早にその場を離れた。

 ポケモンの特別な進化についてを研究している最年少博士。そんな風に持て囃されていたのはもう数年も前のこと。
 名前という女の子は当時齢十五で幾つかの論文を発表し、それが評価され史上最年少での博士号を取得、それに伴いノモセシティに研究所を構えることとなった新進気鋭の若手博士だ。
 若さ故の失敗を恐れぬチャレンジ精神で精力的に研究を続けた結果、博士号取得から二年後にこれまた史上最年少でポケモン研究に関する顕著な功績を残した人物に贈られる世界的な賞であるノーポケ賞を受賞という異例の偉業をこなしてみせた。
 他にもポケモンウォッチのアプリの一つである“なつき度チェッカー”の開発も彼女の手によるもの。
 そんな、世界的にも有名な彼女が何故ホウエンにいるのかと言うと単純明快、家出だ。
 そもそも研究所自体が彼女の名義のため家主が家出という些か奇妙な状態である。

 飽くなき探究心に突き動かされいた頃が懐かしい。




「(私の論分だ……)」

 あまり長居は良くないと、早々にここを立ち去ろうと運ばれてきたカフェオレとセットのシフォンケーキにフォークを刺す。
 程なくしてやや派手な格好をした男性がカフェへやってきてその男性に声をかけた。

「何を熱心に読んでいたんだ?」
「週刊ポケジャーナル。進化の石についての論文が載ってて、これが中々興味深くてね。ほら、僕って石が好きだろう?」
「ポケジャーナルか」

 優雅な所作で椅子に腰を下ろしたミクリは彼の読んでいる雑誌名を聞き、一人で納得する。

 週刊ポケジャーナルは主にポケモンに関する論文を掲載している大手学術雑誌であり、名前に博士号を与えるきっかけの一つだ。
 今まさに彼が読んでいる進化の石に関する論文は彼女が執筆した物で、当然自分のことも知っているものだと思いこんでしまい名前はこの場から離れるべきかと思案しつつ二人の会話に耳を立てる。

「それならば二ヶ月ほど前に掲載されていたヒンバスの進化に関する論文が面白かったよ。この私が発売日に買った程だ」
「うーん、他のには興味ないかな」
「石マニアめ」
「はは、褒め言葉として取っておくよ」

 勿論、ヒンバスの進化に関する論文も彼女の物なのだが、二人にとって筆者など取るに足らない情報のため同筆者という共通点に気づくことはないだろう。
 どうやらこの二人は論文の内容にしか興味がないらしいと知れると名前はほっと胸を撫で下ろし飲みかけだったカフェオレに口をつける。
 ポケモンセンターで貰ったホウエン地方のマップを広げ、そこに載っている観光情報を読みながらどこを観光しようかと生まれて初めてのホウエン地方に胸を躍らせた。
 ミナモシティでデパートや美術館、トレーナーファンクラブといった観光施設を巡って夜は民宿に泊まるのがセオリーだという観光情報に則るのが間違いはない。
 しかしカイナシティでバザーや博物館を楽しむのも捨てがたいし、コンテストライブを観たりトクサネ宇宙センターを訪れるのもまた一興。
 そして何よりフエンの温泉に入るのも忘れてはいけない。家出しているにも関わらず気分はちょっとした小旅行だ。

 他にも観光情報は沢山あり、流石に決め兼ねてしまう。いっそのことポケッチのルーレットアプリを使おうかとも考えたが、すぐさまやめた。

「(あーそっか。決めれないなら全部回ればいいんだ)」

 予め日数が決められた休暇ならば焦ってポケッチに手を伸ばしていたが、今は家出中だったのだと思い出し彼女は伸ばした手を止める。それでなくとも連絡が来ないように電源を切っているだから、立ち上げたら鬼のように通話アプリの着信音が鳴り響くだろう。 
 そのまま自然な動きで彼女の左手はフォークを掴み、このカフェ自慢だというシフォンケーキを口に運んだ。


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