Crying - 514

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「ここは、桜花国(エドニスこく)にある妖精遊園地(フェアリーパーク)」
 観覧車やジェットコースター、メリーゴーランドなど様々なアトラクションが設けられた外は、はしゃぎ回る人々の笑顔で満たされている。
 さっきまでいた蜘蛛の住処のような建物もまたアトラクションの一つに過ぎず、死そのものが遊びだった。

「ジェイド国を出てオレ達が来たのはこの遊園地だったみたいー。ここはこの国の人達の遊び場らしいよ」
「じゃあ、桜都国は――」
 小狼が眉間に皺を寄せる。
「アレはね、仮想現実っていうのなんだってー。あの卵型の入れ物の中に入って見る幻覚みたいなもの。で、仮想現実の中で戦ったり生活したりするのが、ここで人気の遊戯(ゲーム)みたいだよー」

「それで……だったんですね」
「んん?」
「鬼児の動向を市役所が把握していたり、鬼児が鬼児狩りだけを襲ったり」
「ヘンだなって?」
「本当にそう思ったのは黒鋼さんと行った“小人の塔”で、全体が鬼児だという部屋があったんです。斬っても倒せない鬼児だったんですが、火をつけたら燃えて」
「やっつけたんだー」

 会話を続けながら歩いていたファイが立ち止まる。
 自動ドアが開いた先には、真っ暗な空間が広がっていた。
 壁に埋め込まれた幾つものモニターには今しがた通ってきた妖精遊園地の様子が映し出されている。

 アトラクションの様子を監視するこのモニタールームは、つい数分前に名前達が訪れていた場所であり、真実を知る人物がいる場所でもあった。

「でも、床が濡れていたんです。まるで、燃やした鬼児のせいで塔に入った鬼児狩りが火傷しないようにしてあったみたいで……」
「なるほどー、そりゃヘンだねぇ」
「でも、何故この国に来た時の事を全然覚えてなかったんでしょう」

 不可解な現状の把握に重きを置いていた小狼が、暗闇の中から響いてきたヒールの音に反応する。

「“夢卵(ドリームカプセル)”を初めてお使いなる方にはこのゲームをより楽しんで頂くために、訪れる仮想国が実在するとスムーズに認識できるよう、個人のデータベースを一部改訂させて頂いています」
 部屋の陰からゆっくりと姿を現す“彼女”に、小狼は脳裏を貫く痛みからか反射的に頭を押さえていた。
 名前達も数分前に同じ痛みを味わっていた。

 勝手に書き換えられた記憶が、報復するように爪を立て抉るように正しい記憶を植えつける。そんな感覚。
 忘れることを咎める痛みは、忘れかけていた過去を過ぎらせるとともに、湖でのファイの言葉を過ぎらせた。

「思い出したー?」
 ファイの言葉に名前の肩が飛び跳ねる。
 ファイの視線は小狼に向けられたままだ。
 名前は自意識過剰だと内心、自嘲した。

「つまり、あの世界が本当だと思うようにされてたってことだねぇ。だから遊園地の事は桜都国では忘れてた、とー」
 補足するファイの隣で小狼は、自分の手元に残ったままの刀を見つめていた。
 おそらく桜都国で手に入れたものだろう。
 それがなぜ今も彼の手元に残っているのか、真実を知る彼女がなぜ一プレイヤーであるはずの小狼を連れてくるように頼んだのか、桜都国での度重なる異例の事態を加味すればおおよその予想はついた。


「千歳といいます」
 長い黒髪のしとやかな彼女が困惑した面持ちで名乗る。
「この遊園地をつくった人達の一人なんだってー」
「貴方は“夢卵”システムの干渉者をご存知だと伺いました。教えて欲しいんです。その人のことを」
「何故ですか?」
 小狼が警戒した様子で問い返す。

「このままでは……ゲームがゲームで済まなくなってしまいます」

 モニターに映し出されているゲームであるはずの桜都国の様子は、次第に激しさを増して行っていた。
 建物を優に超える鬼児達によって破壊された建造物や電車が散乱し、逃げ惑う人々を小鬼児が喰らおうと襲いかかっている。
 それでも、“まだ”ゲームの中の悪夢のままだ。

「どういう意味ですか」
 小狼の追及に、千歳はさらに眉を下げて重い口を開いた。
「遊び(ゲーム)は安全でなければなりません」

 モニター内の夢卵の入口では、蜘蛛の巣から逃れるようにカプセルから出てきた人々でごった返している。
 その中に、黒鋼や桜の姿はなかった。

「たとえ仮想現実世界でどれ程危険な目にあおうと、現実ではありません。その世界から退去(アウト)すればそれは夢の中の出来事と同じ。
 けれど干渉者が現れました。干渉者は、妖精遊園地がコントロールしている鬼児という敵(エネミー)を外部からの干渉によって操っています。このままでは夢が――」

 千歳の言葉が途切れる。
 地鳴りのような音が轟き、大きく地面が揺らいだ。
 瞬間、モニターの映像が一挙に入れ替わる。
 ゲーム内の映像が波及したように、妖精遊園地内に広がっていた。

「現実になってしまったようですね」

 観覧車を見下ろすほどの巨大な鬼児が、アトラクションを破壊していく。
 逃げ惑う人々の表情は、桜都国とは一転して恐怖に歪んでいた。
 羽根の生えた小鬼児に襲われた女性の腕から、赤い雫が滴り落ちる。

「この桜花国には“夢卵”の仮想現実を実体化させる程のシステムはありません。干渉者がどんな方法でそれを実現しているのか、早くそれを把握して対抗手段をとらないと――この妖精遊園地だけでなく、この国中に桜都国の鬼児が広がってしまいます」

 千歳の切迫した声が響く。
 ここが壊されるのも時間の問題だ。
 鬼児の攻撃による振動で崩れ出した壁の破片が絶え間なく降り注いでいた。


 名前は肌を翳める破片に顔をしかめながら、幾多のモニターに視線を走らせた。
 逃げ惑う人々の隙間に、突然現れる人達が混ざっている。
 妖精遊園地にいる人間とは異なった衣装は、桜都国で見かけた格好と似通っていた。
 それと同時に夢卵からは人が排出されてない。

 夢が現実になった今、意識だけのプレイヤーも実体化しているのかもしれない。
 もし残留するプレイヤー全員に引き起こされている現象なら、黒鋼達も同じはず。

「小狼君」とファイが出口へ駆け出した小狼を呼び止める。
「サクラ姫達を探します!」
 前を向いたまま告げた小狼に、ファイがモニターを指差した。
「それなら見つけたかもー」
 モニターには気を失ったまま草薙に抱えられている桜の姿が映っていた。側には龍王達の姿もある。

「黒鋼さんは……」
 戻ってきた小狼の視線が彷徨う。
「黒わんこはこっちー」
 崩れかけの観覧車の天辺に立つ黒鋼を見下ろすように、黒龍のような鬼児が渦を巻いている。
 その上にいる人物に名前は、憎しみなのか怒りなのか恐れなのか、言い知れない感情が沸き立った。
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