Crying - 515

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「――星史郎さん!」
 小狼の声が脳裏で木霊する。
 真っ先に彼らのもとへ急ぐ小狼に、降り注ぐ破片から千歳を庇いながらファイが部屋を後にする。
 名前は、対峙する二人を映したモニターを前に動けずにいた。

 知っていたんだろうか。
 あの時殺したとしても、実際には死なないということを。
 だから、躊躇いがなかったのだろうか。
 でも、もし死んだと思い込んだせいで目を覚まさなくなってしまっていたら――。

 多分、そうだとしても彼は歯牙にもかけずに自分の目的の為に次へ進むのだろう。
 ファイが死んでも何も変わらない。
 でも、それは彼にとっての話で、私は――。

 もし、本当にファイが死んでしまっていたら、なかったことにできただろうか。
 恩人の時のように、記憶から失くしてしまうんだろうか。
 抱きしめられた時の温もりが、重なった鼓動が胸を苦しくさせる。
 ――ファイ……


 モニターに映し出されたファイ達は、すでに桜達の元にたどりついていた。
 対峙している二人の間に緊迫した雰囲気が漂い、星史郎が鬼児を剣の形に変形させる。
 瞬間、剣のかち合う音が鳴り響いた。
 飛びかかった黒鋼の幾重にも重なる剣撃に星史郎が後退していく。が、難なく剣で受け止めていた。

 不意に一際高い音が響き渡る。
 黒鋼の刀を押さえ込んだ星史郎の剣がうねり、蛇のように黒鋼の首に巻きつこうとしていた。
 対峙している星史郎ごと刀で薙ぎ払った黒鋼に、星史郎がバク転しながら軽々と黒鋼の頭上を飛び越える。

 着地した瞬間を狙って斬りかかった黒鋼を、背にしたまま剣で受け止めた星史郎は逆手で、刀を持つ黒鋼の手を掴み上げると投げ飛ばしていた。
 受け身を取り星史郎を見据えたまま建物の屋上に着地した黒鋼に、星史郎が屋上の縁に降り立つ。

 そこで映像が乱れた。
 地面が揺らぎ、落下物が地面にめり込む。
 壁に亀裂が入った拍子にモニターにヒビが入っていた。
 光の射す方へ駆け出した名前の真横で鳴き声のような奇妙な音が立つ。羽音のような音も混じっていた。

 ――あ……




 ――――

 この妖精遊園地(フェアリーパーク)の関係者ーー千歳を庇いながらサクラ達のもとにたどり着き、対峙する黒鋼と星史郎を見つけた時にふと、彼女のことを思い出した。
 それも、モコナが口にしなければ気づかなかったかもしれない。
 これまでずっとそうだったから、みんなが揃う時彼女もまた側にいたから。

 行き交う人波の中からいつまで経っても現れない彼女の姿に、じりじりと焼けるような焦りが体を落ち着かなくさせる。
 夢卵(ドリームカプセル)の消え去ったはずの悪夢を嫌でも思い出させた。

 鬼児に呑み込まれて見えなくなった彼女に近寄ることもできぬまま、鬼児が離れて彼女が消えていく。
 なんでもないことのように気丈に振舞って笑っているのに、今にも泣きそうな離れがたくさせる笑顔が以前の彼女と重なって見えて、動くことができないまま気がついたらカプセルの中にいた。

 魔法を使うどころじゃない。
 彼女には理解しているように言ったけれど、本心はそれどころじゃなかった。
 もちろんあの世界の不自然さには気づいていた。それでも彼女が死んでしまったことを冷静に考えられるような余裕はなかった。

 だから彼女がオレに触れた時、なによりもオレ自身が安堵していた。
 もしかしたら同じくらい動揺していたのかもしれない。もの足りなくて、身を寄せる彼女にどうしようもなく触れたくなった。
 それが報われない、抱いてはいけないものだとわかっていても、彼女がとても――


 不意にモコナの口から何かが飛び出す。
 遠くの建物で対峙していた黒鋼と星史郎を貫かんばかりの勢いで間に割り込んだ竹の棒には、何かの紙が挟まっていた。
 どうやら次元の魔女の仕業らしい。

「わー! モコナの口からなんか出たー」
 浮ついた感情を押し込めるように、小狼の頭に乗っているモコナに向けて拍手を送る。
「おまえら――!」
 突然の妨害に出どころを見つめた黒鋼は、死んだはずのファイ達に驚きを隠せずにいた。

「黒様ー、やほー」
 ファイがぶんぶんと手を振ってみせる。
 その様子を見て星史郎が何か口にし、黒鋼が訝しげに眉を寄せる。かと思えばファイ達の方へ勢いよく頭をめぐらせ、眉間の皺を深くしていた。
 一向に現れない彼女に対してか、笑みを深めた星史郎がなにやら口にする。それが決していいことではないことをファイはなんとわなしに気づいていた。

 検温な雰囲気を裂くように突然星史郎の胸元が光りだし、モコナが目を見開く。
 星史郎の胸元からは透明な球体に包まれた桜の羽根がゆっくりと顔を出していた。

「サクラ姫の羽根!? どうして星史郎さんが!?」
 小狼の戸惑いを差し置いて、輝きが増した桜の羽根が周囲を桜都国の景色へと塗り替えていく。
 足元だけを切り離し高く昇っていく星史郎に、足場が崩れ、追えなくなってしまった黒鋼は忌々しげに舌打ちしていた。


「あれです。干渉者が手にしているあの物体、物凄い力値(エネルギーち)です」と、手のひらサイズの小型の機械を手にしていた千歳が星史郎の手元を見つめる。「あれがゲーム世界、桜都国を実体化させている元凶です」

 羽根を中心に渦巻く暴風が、鬼児の攻撃で脆くなっていた建物を崩壊を加速させる。
 暴風の中心で薄い笑みを浮かべて何かを待つ星史郎に、小狼はモコナをファイに預け崩れゆく建物の壁を上っていっていた。
 星史郎の立つ場所に近づいた小狼が必死に羽根へと手を伸ばす。が、拒むように風を纏わせた羽根によって跳ね返されていた。

 小狼を拒む風の唸り声の影で、黒い影が揺れる。
 塗り替えられていく景色に引きずり出されるように、天を貫かんばかりの巨大な鬼児が姿を現す。
 現れた鬼児を前に星史郎が開口した。

「“イの一”の鬼児が現れた」
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