Crying - 509

≪Prav [58/72] Next≫
「店番お疲れさまー」
「モコナもがんばったのー」
 ファイはソファーに腰掛け小狼から負傷した足の手当てを受けていた。
「蘇摩さん、本当に黒鋼さんの国にいらっしゃる蘇摩さんとそっくりなんですね」
 トレーに乗せたカップをそろりと黒鋼に運んでいた桜が微笑む。
「びっくりしてファイ落っことしたー」
 ファイの頭の上で踊るモコナに、
「うるせぇ!」
 黒鋼が怒鳴っていた。

「でも、本当に色んな世界にいるんだね。次元の魔女が言ってたように“同じだけど違う人”が。だったらこれからも会うかもしれないねぇ、前いた世界で会った人と」
「同じだけど違う人――」
 ちらりとファイを見た名前にファイが笑みを返す。
 薄っぺらな笑顔に名前が上辺だけの笑顔を浮かべる。
 ……平行線かな


「出来ました」
「有り難う。上手だねぇ」
 処置が終わった小狼が救急箱を直しに向かう。
「酒場のほうはどうでしたか?」
「そうだ!」と思い立ったファイはソファーの後ろに置いていた包みを解いていた。「おみやげがあるんだよー。良かったー、割れてないー」
「酒場で買って来たんだー。カルディナちゃんのオススメ。これ飲みながら話そうよー」
 テーブルの上に広げられた包みの中に並んでいるのは明らかに未成年禁止のものだった。


「えへへ」
「うふふ」
「あはは」
 桜、モコナ、ファイがふやけきった顔を浮かべる。
 にゃんにゃん言いながら三人で手を握り合っていた。
「弱いなら進んで酒なんて買って来るなっ、よっぱらいが」
 戸を明け、出入口の石段に腰掛けている黒鋼が怪訝にファイを見やる。

「でねー。酒場には美人の歌姫と可愛いバーデンダーさんがいたのにゃーん」
「にゃーん」と桜が相槌を打つ。
「色々お話聞いたにゃーん。ちょっとヘンだと思ったこともあったんだけどにゃー。あり? 何がヘンなんだっけにゃ?」
「にゃ?」
「んでねー、オレも喫茶店(カフェ)やってるって言ったら、お店の名前教えてって言われたんだけどにゃー」
「まだ決めてないにゃー」

「あのねー! 侑子がお店の名前は“キャッツ・アイ”にしなさいってー」とモコナがお酒の入ったコップを頭上に乗せて飛び跳ねる。
「いいねぇ。猫の目だ。にゃーん」
「にゃーん」
 バックに花を咲かせた三匹は、なにが楽しいのかこっちが悩んでしまいそうなぐらいうきうきとして乾杯していた。

「完全な酔っ払いですね」と黒鋼の左隣――店の壁を隔てて背中合わせに座っていた名前が冷ややかな視線を送る。
「だな」
 黒鋼は溜息を吐くと、右隣で俯いたまま黙り込んでいる小狼に問いかけていた。
「お前も酔ったのかよ」
「黒鋼さん」
 顔を上げた小狼が真剣な表情を向ける。

「ここではある段階以上の鬼児は武器でないと倒せないそうです」
「らしいな」
「おれに剣を教えて貰えませんか」
「それはおまえが生きるためか」
「生きてやると決めたことをやるためです」

 一寸も揺らがない強い意思に沈黙が辺りを包む。
 コップの氷が涼やかな音を奏でた。

「面倒くせぇが、おまえが強くなりゃそれだけ早く次の世界に行けるか。俺ぁ、人にものを教えたことなんざねぇから知らねぇぞ」
 小狼の表情が明るみ、
「有り難う御座います! 黒鋼さんっ」
 正座し深々と頭を下げる小狼に名前は噎せ込んだ。
「おまえもきっちり酔ってんじゃねぇかよ!」
 モコナに頭を下げる小狼に黒鋼がツッコむ。

「おまえら、それ以上、一滴たりとも飲むな!」
 にゃーにゃー猫語で盛り上がっている三匹を黒鋼が一喝している間に、一見素面に見える小狼が店内に入ってきていた。
「じゃあ、さっそく」とテーブルに向かっておたまを構えた小狼に、
「だからそれでどうしようってんだよ!」とまたもすかさず黒鋼がツッコむ。

「構えはこれでいいんですか? 黒鋼さんっ。あ、もっとこうですか」
 真剣にテーブルに向かって教えを乞う小狼が、両手で構えたおたまの向きを変える。
 どう変えたって、鬼児一匹殺せないんじゃなかろうか。
 名前はお酒を口に運びながら笑っていた。

 テーブルに向き合う小狼の後ろでは、三匹がハンカチで作った猫耳を頭に乗せて遊んでいる。
 もはや収拾つかなくなってきた店内に、黒鋼の怒りが頂点に達しつつあることに気付いた名前はお腹の底から笑った。
「だからもうおまえら全員寝ちまえー!」



 猫の目に響き渡った黒鋼の怒号に、名前がコップにお酒を注ぐ。
 それで終われば黒鋼も楽だったと思う。
 ソファーに寝そべり、一匹、一匹減っていく室内を眺めていた名前はうんうんと一人納得していた。

 小狼が減り、モコナが減り、桜をひっ捕まえた黒鋼は今、彼女を部屋に寝かせに行っている。
 残った最後の一匹、ファイは広々とした室内を目まぐるしく動き回っていた。
 足は痛くないのかと思っていたら、器用に左足が床に着かないようにしていた。

 休憩中か、眠ったのか、床に寝そべっているファイに近寄る。
 瞼が閉じてる。
 中屈みになり、さらさらとした金色の髪に手を伸ばす。と、蒼い瞳が覗いた。
 咄嗟に手を離し立ち上がる。身体を反転させようとして左手を掴まれた。
≪Prav [58/72] Next≫

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -