Crying - 414

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「羽根をよこせ!」
「エメロード姫!」
 つかみかかるカイルに桜が悲鳴を上げる。
「おまえに暗示はかけていない。幻でも見てるのか?」

 再び手を伸ばしたカイルに、
「だめ!」
 何もない空間を見つめていた桜が身を反転させる。
 氷塊を抱き、カイルから逃れようとする桜に、足枷の鎖が波打った。

「それを掘り出すために子供達を集めたんだ」とカイルが迫る度に鎖が大きな音を立てる。「あの絵に隠されていた穴は三百年前、城にいた子供達の避難用だったらしい。掘り崩せない程固い上に大人じゃ通れないくらい狭い。おまけに羽根がある氷は春になっても溶けやしない。バカみたいに硬いしな」
「仕方ないから子供達に暗示をかけて城で掘らせてたんだ。思ったより時間がかかったがな。けれど――」
 暗示――
 二人を追いかけていた名前は、しまったと歯噛みした。

「やっと手に入る」
 足枷の鎖を引っ張られた桜が足取られ倒れ落ちる。
「サクラ姫!」
 間髪入れずに小狼の声が響いた。
 カイルを追ってきたのだろう。
 今の会話で、カイルが子供達の失踪の犯人であることは明白だった。

「近寄るな」
 桜の首にナイフを突き立てたカイルが睥睨する小狼を脅す。
 小狼の後ろにはファイや黒鋼、自警団の男にグロサムの姿もあった。

「お前もだ」
 側まで来ていた名前をカイルが一瞥する。
 豹変したカイルからは躊躇いは感じられなかった。おそらく一歩でも近づけば容赦なく桜の首にナイフが走る。
 名前は捕らえられた桜を見つめ、伸ばしかけた手を下ろした。


「この羽根さえ手に入れればこんな小さな町、いや国も全部意のままだ。何せ、三百年前金の髪の姫はこの羽根の力で城下町の子供達を救ったらしいからな」
「金の髪の姫は子供達をさらって城で殺したんじゃ――!」
 自警団の男が倉皇とする。

「殺すためだけなら、こんな部屋必要ないだろう」
 ブランコも馬の形を模した乗り物も、すべて幼い子供の為の遊具だ。
「そういえばここに来る途中、たくさんベッドがある部屋もあったねぇ」
「城に集めた子供達の為のものか」
 ファイの発言に険しい表情のままグロサムが納得する。
 だから閉じ込められた部屋にも、あんなにベッドがあったのか。

「羽根を手にした後、王と后はすぐに死んだって!」
 男が眉間に皺をよせ、視線を落とす。
「違う」
 か細い声にしんと静まり返った。
「じゃあ、いなくなった時と同じ姿で戻ってこなかったっていうのは――」
 音が止まった空間に桜の問いかけだけが反響する。


「幻との会話に付き合っているヒマはない! その羽根を渡せ!」
 痺れを切らしたカイルが桜に向かってナイフを振り下ろした。
「やめろー!」
 小狼が桜とカイルの間に滑り込む。
 側にいた名前がカイルの腕を後方に引っ張った。
 肉を裂くような嫌な音が響く。
「小狼君!」
 桜を抱き、カイルの手から逃れた小狼の肩にわずかな血が滲んでいた。

 刹那――地鳴りのような重苦しい音が城全体を揺るがした。
 気取られた隙に名前がカイルから距離を取る。
「何の音かなぁ」とファイが呑気に頭を回らす。
「地震か?」と黒鋼は震える壁を眺めていた。

「違う! この音は!」
 小狼の切迫した声が耳を打った瞬間――
 煉瓦造りの部屋の壁が瓦解し、大量の水が押し寄せた。
「うわぁっ!」
「水が!?」
 滝のように奔流する水に、男とグロサムが崩壊地点を見上げる。

「川の水を止めていた装置が壊れたんでしょう」
 桜の足枷の鎖を蹴り壊した小狼が、桜の手を取ってファイ達の元へ走ってくる。
「あー、古かったもんねぇ。あんまり長い間止めてられないんだー」
 先にファイの元にたどり着いた名前をファイが引き寄せた。

「危ない!」
 男が恐慌した声で叫ぶ。
 崩壊した城壁の一部がファイと小狼達の間に落下し、床にめり込んでいた。
 水の勢いに押し負けた壁には次々と穴が開いている。
 相次ぐ落石に、行く手を塞がれた小狼が叫んだ。
「子供達を上へ! 必ず城から出ます、先に行って下さい!」
「しかし!」とグロサムが食い下がる。

「――行くぞ」
 黒鋼が固まっていた子供達を外へ誘導する。
「はーい」と落ちていた鞄を手に取りファイが続いた。
 手を握られていた名前も自然と外を向く。
「まだ仲間が危ないのに!?」
 男が塞がれた道の先と、子供二人を肩に乗せた黒鋼とで視線を往復させる。

 名前は、「大丈夫」とファイの手を解き、側にいた子供二人の手を取った。
 二人ならきっと大丈夫だ。小狼一人なら無茶をしてしまうだろうけれど、二人なら、彼女がそうはさせないだろう。
 桜を傷つけることを拒む小狼が諦めるはずもない。
 最後に見た小狼の瞳は変わらずまっすぐで凛としていた。

 黒いぬいぐるみを持った女の子を抱き上げたファイが男を顧みる。
「“やる”って言ったらやる感じの人だからー――小狼君」
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