Crying - 413

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 自警団の男の顔に影が落ちる。
 協力したのはカイルの無実を証明できると信じていたのかもしれない。
「城の中にも同じものがあるんでしょう」
「先生! 違うよな、先生! 先生が子供達をさらったなんて嘘だよな!」
 縋るように男がカイルに駆け寄る。その目には涙が浮かんでいた。

「……く」と口元を押さえていたカイルが噴き出す。「あはははは!」
 どこまでも心酔していた男を滑稽だとでも言うように嘲笑っていた。
「まったく、とんだ計算違いだったな。ちょうどよく来た余所者に子供さらいの罪を着せて、さっさと目当てのものを手にしたら、この町から出て行くつもりだったのに」
 懸命な医師の仮面を取っ払い態度が急変したカイルに、男が絶望に顔を歪める。

「先生……!」
 尚も信じたい気持ちを抑えきれない男を、グロサムが手で制した。
「本当にあんたの仕業なのか」
「あの城の中に欲しいものがあったんでね。それがちょっとやっかいな場所にあって子供じゃないと無理だったんだ」
「そんなことのために子供達を!」
 グロサムの怒号に、カイルは冷然と開き直っていた。

「そんなこと? あれの力を知らないからそんな馬鹿が言えるんだよ」
 言い捨てたカイルが身を翻す。
「待て!」
 グロサムが捕らえようとするのを尻目に、カイルは川の上を駆け出した。
 カイルが川を下る間際、落ちていた外套の下から飛び出した粉が靴にかかっていた。

「水の上を走ってる!?」
 川を平然と横切るカイルにグロサムが我が目を疑う。
「違います」と小狼が川の縁に降りた。
 一直線に駆けたカイルの後を追うように水面が輝いている。
「水の中に岩があります」


「モコナ、大活躍だったねー」
 ファイの手には子供用の外套や靴のついた棒が抱えられていた。その上にモコナが乗っている。
「モコナ108の秘密技のひとつ、超変身なの」
 カイルが追っていた消失した子供の人影は、モコナが扮したものだった。
 竹馬にした棒に乗ったモコナが外套を被っていただけだったのだ。

「あの医者に投げたのは何だ?」
 問いかけた黒鋼の袖の中にモコナが潜り込む。
「あれも小狼に頼まれてたの!」とひょっこりと顔を出したモコナの手には小さな巾着が握られていた。「前の国で手に入れた光る魚のウロコを粉にしたのなんだって!」

 親切な人間が上辺だけであることも、何か企みを抱いていることも、小狼は父との旅で知っていた。
 真相を言い当てられたカイルが逃げることも予想済みだった。
 ――これでサクラ達を助けられる
 消えて行くカイルに焦燥感を押し込めるように、小狼は光る道を見据えた。
「追いましょう」



 ――――

「エメロード姫!」
 後ろで叫んだ桜に名前は目を丸くした。
 名前の目には金の髪の姫など見えていなかった。
 にもかかわらず虚空を見つめる桜は確かに何かを見ている。

「あの中……?」
 桜が導かれるように、子供達の間を通って抜け穴を覗き込む。
「わたしの羽根!?」
 一歩下がった桜に名前はそっと覗き込んだ。

 繋がっていた別室には、床から天井まで繋がった氷がまるで樹木のように根を生やしていた。
 子供達が手に持った岩で削っているのか、羽根の埋まった中央部分だけ凹んでいる。
 機械的な人形のように数人の子供が岩を氷に打ち付けていた。
 少女が打ち付けた瞬間に細くなった中心部分に亀裂が入り、羽根の周辺を囲うように十五センチ程度の氷の塊が取れ落ちる。
 まばゆい光が抜け穴から溢れ、名前はあまりの眩しさに距離を取った。

 光が止み、羽根の入った氷の塊を手にした子供が抜け穴から出て来る。それを桜へ差し出していた。
 残った子供達も抜け穴から出て来る。手も足も泥だらけで、石を持ち続けていたらしい幼い手は傷だらけになり痛々しかった。
 金の髪の姫を見ているらしい桜が氷の塊を抱いたまま呆然と虚空を見つめる。

「エメロード姫」
 桜の呟きは、対話でもしているかのようだった。


「サクラさん! 名前さん!」
「カイル先生!」と桜が驚きの声を上げる。
 螺旋階段から駆けてくるカイルの姿に名前は歩み寄った。「大丈夫ですか?」
 息を切らしたカイルが優しげな笑みを浮かべる。
「ええ、二人とも無事でよかった」
 呼吸を整えたカイルが名前の手を取った。

「名前さん――」
 桜のか細い声に名前は首を傾げた。
「みんな探していましたよ。さ、こちらへ」とカイルが桜へと反対の手を伸ばす。「どうしました。裸足のままでは怪我をしてしまう。早くこちらへ」
「どうしてわたしが裸足だとご存知なのですか?」
 険しい表情で氷塊を抱きしめる桜に名前の瞳が揺らぐ。
「カイル先生――?」

 桜のドレスは座り込んだ桜の足を隠している。知っているはずがないのだ。
 それ以前に、彼女を最も大切に思っている小狼を差し置いて現れたこと自体が不自然だった。
 でも、どうして――
 子供達を攫ったのはグロサムで、閉じ込めたのもグロサムなのに。
 カイルは憐憫の眼差しで名前を一瞥すると狡猾に笑った。

「助手とかいう子供といい、知恵がまわるのも困りものだね。靴を脱がせて鎖までつけたのにこうやって抜け出してるしな」
 どうして一番、子供達の側にいたカイルが――
 壁に押しやられた名前の体が力なく肖像画にぶつかる。
 茫然とする名前に、カイルは桜へと手を伸ばした。
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