Crying - 106

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「危ない!」
 小狼の声に見知った人影が走り出す。人垣の足がうごめき小狼の姿が見え隠れした。
 どうやら誰かを庇ったらしい。屈んだまま少年らしき人物を後ろ手に庇っている姿が見て取れた。
 小狼の頭上には、一角獣の狼が小狼を覆うように炎の毛並みを立ち上らせている。

「おまえの巧断も特級らしいな」
 建物の上に立つリーダーの青年の頭上をエイのようなものが泳いでいる。
「炎を操る巧断か。俺は水でそっちは炎。おもしれぇ」
 挑発的に青年が口にした瞬間、名前は頭を蹴とばされた。

 野次馬の一人が前に行こうと、足元にいた名前に気づかずに身を乗り出したらしい。
 転びそうになった名前は、なにかが衝突する轟音しか耳に入らなかった。

「俺は浅黄笙悟だ。おまえは?」
「……小狼」
「おまえ、気にいった」
 どうやら小さな抗争は終わってしまったらしい。
 警察から身を隠すように、集団が遠ざかっていく。


 また蹴飛ばされる前に立ち上がろうとして、白いものが目に留まった。見逃さないように人垣の中を這うように進む。
 拾い上げると、泣きそうな顔で飛びついてきた。
「さびしかったー」とぐすんと鼻をすする。
「怪我はありませんか」
 尋ねると、横から黄色い悲鳴が飛んできた。

「かわいいー」
 ぞろぞろと女子の集団が集まってくる。一様に名前の胸元――抱きかかえられたモコナを見つめていた。
 さわっていいかと訊かれモコナを一瞥する。さっきの沈んだ表情を取っ払ったモコナに複雑ながらも頷いた。

「かわいいー、ふかふかー」
「モコナ、モテモテ!」
 まんざらでもない様子で、照れ笑いを浮かべたモコナが声を弾ませる。
「気の多い白餅ですね」
 名前は女子の群れから顔を背けた。

「そろそろ戻らないと、本当にはぐれてしまいますよ」
 浮かれているモコナをよそに三人の姿を目で追う。
「モコナ!」
 先に気づいた小狼が駆け寄って来ていた。他の二人はその場に留まったままだ。

 小狼のおかげで女子の集団は解散し、
「助かりました」と名前は深々と頭を下げた。
「いえ、そんな。無事でよかったです」
 あんな騒ぎだったからと、真剣な表情の小狼に名前が小さく笑う。
「ありがとう」
 小狼が笑ったのを見て、二人の元へと戻った。


「モコナはどこにいたのー?」
 ファイが名前の手元にいるモコナに問いかけると、モコナの表情が曇った。
「黒鋼の上にいた。そしたら落とされた」
 かと思うと、腕の中で飛び上がる。
「そう! モコナさっき、こんな風になってたのにー! 誰も気付いてくれなかったーっ」
 めきょっと目を見開いたモコナを見て、小狼の口調が速くなる。

「さくらの羽根が近くにあるのか!?」
「さっきはあった。でも今はもう感じない」
「誰が持ってたか分かったか!?」
「分からなかった」
 しょんぼりとうなだれるモコナを、名前は高く持ち上げてみせた。

「たかーい。たかーい」
 無表情のまま抑揚なく口にする名前を黒鋼が凝視する。
「モコナ」と手を下して向き合うと、名前は目を細めた。「落としてしまった人が全ての責任を負うべきですよ。その張本人がお詫びとして抱きしめて、なでなでしたいのですって」

「なっ――」
「きゃー、モコナ愛されてるー」
 飛びついてきたモコナに狼狽える黒鋼を見て、名前はことのほか嬉しそうに口角をゆるめた。

「うーん、さっきここにいた誰かって条件だとちょっと難しいなぁ」
 ファイが周囲を見渡し、苦笑する。
 縄張り抗争にくわえて、突如現れた小狼と青年の衝突で熱の上がった通りは、いまだ人がごった返していた。

「でも近くの誰かが持ってるって分かっただけでも、良かったです」と黒鋼とじゃれていたモコナと小狼が視線を合わせる。「また何か分かったら教えてくれ」
「おう! モコナがんばる!」
 モコナはどんっと胸を叩いていた。


「あ、あの! さっきは本当にありがとうございました」
 駆け寄ってきた気の弱そうな細身の少年が、緊張気味に小狼に頭を下げる。
「僕、斉藤正義といいます。お、お礼を何かさせて下さい!」
「いや、おれは何もしてないし」
「でも、でも!」

 食い下がる少年――正義に、小狼は困ったように否定していた。
 庇っていた少年じゃないのかと名前が問うも、自分の力じゃないの一点張りだった。
 見かねたのか、お腹が減ったのか、モコナが正義の眼前に飛び上がる。
「お昼ゴハン食べたい! おいしいとこで!」
 待ってましたと言わんばかりに正義は嬉しそうに頷いた。


 生き生きとした様子の正義に案内された店のドアをくぐる。
 涼しげなベルの音が鳴り響いた。
 湯気に乗って香ばしい匂いが流れ込む。空調が効いているのか涼しい風が店内を満たしていた。
 右にファイが、左に黒鋼が腰を下ろし、正面右に小狼が、その左に正義が座る。

 最初に配られた水をちびちびと飲んでいた名前は、数分後、テーブルの中央にある鉄板に作られた丸い物体に手を止めた。丸く平べったい形状で、全体を包む薄いクリーム色は少しとろっとしている。中に入った細切れの食材が表面から窺えた。
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