Crying - 105

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「なんでそのガキに渡すんだよ」
「一番しっかりしてそうやから!」と空汰は立てた親指を突き出すと、満面の笑みを浮かべていた。
「どういう意味だよ!」
「無愛想ですしね」と名前は軽く頷いた。
「てめぇが言うな!」


 ――道中、モコナの独断で購入した林檎を手にしたまま歩き出す。その店の通りの先に大きな橋が架かっているのが見えた。半分ほど渡ったところで端の方に避けると一息つくことになった。
 シャク、とみずみずしい音が三つ。

「おいしいねー、リンゴ。けど、ほんとに全然違う文化圏から来たんだねぇ、オレたち」
 ファイは橋の欄干に肘をつくと、しみじみと口にした。

 手のひらサイズの丸みを帯びた形状に、天辺の窪みから生えた短い枝。真っ赤に熟れた艶やかな林檎は甘い香りを漂わせる。
 小狼の世界での林檎はもっと黄色であり、黒鋼の世界ではそれは梨と言うらしい。小狼の世界での梨は赤くヘタがあり、ファイの世界ではそれはラキの実と言うらしかった。
 加えて、三人ともビルやタワーや量販店といった建造物を見たことがないらしい。

「そう言えばまだ聞いてなかったね。小狼君はどうやってあの次元の魔女のところへ来たのかなー。魔力とかないって言ってたよねー」
 ファイの問いに、小狼は林檎を食べる手を止めた。
「おれがいた国の神官様に送って頂いたんです」

 小狼の頭上に乗ったモコナが、体が口になるぐらい大口を開け、林檎を一息で吸い込む。
 すごい生物だと名前がモコナの耳を引っ張ると、軽快に飛び跳ね名前の頭の上に着地した。

「すごいねー、その神官さん。一人でも大変なのに二人も異世界へ同時に送るなんて。黒りんはー?」
「だからそれヤメろ!」
 顔を引きつらせた黒鋼が、歯痒そうに吐き捨てる。
「うちの国の姫に飛ばされたんだよ! 無理矢理」

「悪いことして叱られたんだー?」
「しかられんぼだー」
 頭上ではしゃぐモコナに名前はくすくすと笑った。
「うるせーっての!」
 例にもれず名前を威喝した黒鋼が厳しい目つきでファイを見つめる。

「てめぇこそどうなんだよ!」
 それは言えていると、モコナを落とさないようやや視線を上げた名前は、なぜだが視線を下げていたファイと視線がぶつかった。

「そうだねー。オレも気になるなー」
 怪訝な表情を浮かべる名前に、ファイはこともなげに続ける。
「気になるのは本当だよー。もしかして、不本意で来ちゃったのかなーって」
「どうしてですか?」
「気を失ってたでしょー。自力で来たなら、それはないからねぇ」
「自力で来たわけではないです。でも、不本意でもないですよ」

 願ったことははっきりと覚えている。
 対価だけが霞がかったようにぼやけて思い出せないままだ。
 次元の魔女は、願う者にとってもっとも大切なものだと言っていた。
 手離したくないものが大切なものなら、私にはないかもしれない。
 大切なものが一生わからないと言われたほうが酷なほどには。

「どうしたのー?」
 いつの間にか覗き込んでいたファイに、
「なんでもありません」と平素に答えた。
「それで、あなたはどうなのですか?」
 飽きたのか、モコナが黒鋼の肩に飛び移る。

「オレ? オレは自分であそこへ行ったんだよー」
「ああ!? だったらあの魔女頼るこたねぇじゃねぇか。自分でなんとか出来るだろ」
「何のってんだ!」とモコナを睨みつけながら、不満げに黒鋼が口にした。

「無理だよー。オレの魔力総動員しても、一回他の世界に渡るだけで精一杯だもん。小狼君を送ったひとも、黒ちんを送ったひとも、物凄い魔力の持ち主だよ」
 ファイが視線を落とし、手元に残る林檎に影が落ちる。

「でも、持てるすべての力を使っても、おそらく異世界へ誰かを渡せるのは一度きり。だから神官さんは小狼君を魔女さんのところに送ったんだよ。
 サクラちゃんの記憶の羽根(カケラ)を取り戻すには、色んな世界を渡り歩くしかない。それが今出来るのはあの次元の魔女だけだから」

「……さくら」
 小狼が切なげにつぶやいた刹那――甲高い悲鳴が響き渡った。


 橋のたもとに面した路地から、ひしめいていた人々が一斉になだれ込んでくる。
 逃げまどう人と向かっていく人達が次々と眼前を通り過ぎた。
 怒号と歓声が渦巻く中、仰ぎ見る人たちにつられて名前がビルを見上げる。ゴーグルをはめた同じ格好の集団が屋上にひしめいていた。

「今度こそお前らぶっ潰して、この界隈は俺達がもらう!」
 対面の地上に固まった、目深に帽子をかぶった集団が声を張り上げる。
 ゴーグルの集団の中央に立つ青年が、立てた親指を逆さにし口角を持ち上げた。
「ひゅー、かぁっこいー」とファイが口笛を口にする。

「このヤロー! 特級の巧断、憑けてるからっていい気になってんじゃねぇぞ!」
 帽子をかぶった集団の一人が声を荒らげる。
 ゴーグル集団のリーダーが腕を上げたのを合図に、ビル上にいた仲間が帽子の集団の前に身構えていた。
 間髪入れずに動物や魚、虫の原型を元に変異したような生物が両サイドから沸き立ち、放たれた光線や氷塊、衝突による衝撃が地面や外壁を抉った。

「あれが巧断か」
「モコナが歩いてても驚かないわけだー」
 感嘆する黒鋼とファイに、名前はきょろきょろと辺りを見渡した。
 モコナが見当たらない。
 転がっているのかとしゃがみ込むと、断末魔のような叫び声が轟いた。
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