Crying - 107

≪Prav [9/72] Next≫
「僕、ここのお好み焼きが一番好きだから。あの、モダン焼きにしたんですけど、トン平焼きのほうが良かったですか?」
「“おこのみやき”っていうんだ、これー」とファイ。

「お好み焼きは阪神共和国(このくに)の主食だし、知らないってことは――、あ、外国から来たんですか? 金髪さんだし!」
「んー、外といえば外かなぁ」
 ぼかした答えに正義はよくわからないという顔をしていた。


「いつもあの人達はあそこで暴れたりするのー?」
「あれはナワバリ争いなんです。チームを組んで、自分達の巧断の強さを競ってるんです」
「で、強いほうが場所の権利を得る、と」
「でも、あんな人が多い場所で戦ったら他の人に迷惑が……」

 渋い顔をする小狼に名前はわざとらしく目を伏せた。
「モコナの消失騒ぎもありましたね」
「そりゃ、てめぇだろう」
 お好み焼きを凝視する片手間に黒鋼が返してくる。

「あの……、悪いチームもあるんですけど、いいチームもあるんです。自分のナワバリで不良とかが暴れないように見回ってくれたり、悪いことするヤツがいたらやっつけてくれたり」
「自警団みたいなものなんですね」
「さっきのチームはどうなのかなぁ」

「帽子かぶってた方は悪いヤツらなんです。でも、あのゴーグルかけてた方は違うんです! 他のチームとの戦い(バトル)の時、ちょっと建物壊れたりするんで大人のひとは怒るけど、それ以外の悪いことは絶対しないし、すごくカッコいいんです!」と熱っぽい声で言い切った正義が突然、立ち上がる。「特にあのリーダーの笙悟さんの巧断は特級で、強くて大きくてみんな憧れてて!」
 ハッと我に返ったらしい正義は耳まで真っ赤に染めて、おずおずと座り直していた。

「す、すみません」
「憧れの人なんだねぇー」
「は、はい! でも小狼君にも憧れます」
「え?」

「特級の巧断が憑いてるなんて、すごいことだから」
「それ、何なんですか? 特級って」
「巧断の“等級”です。四級が一番下で、三級、二級、一級と上がっていって一番上が特級。巧断の等級付け制度はずっと昔に国によって廃止されてるんですけど、やっぱり今も一般の人達は使ってます」

「じゃあ、あのリーダーの巧断ってすごい強いんだー」
「はい。小狼君もそうです。強い巧断、特に特級の巧断は本当に心が強いひとにしか憑かないんです。巧断は自分の心で操るもの。強い巧断を自由自在に操れるのは強い証拠だから……憧れます」と気弱げに正義がうつむく。「僕のは、一番下の四級だから」
「正義君……」

「でも、一体いつ小狼君に巧断が憑いたんだろうねぇ」
「そういえば、昨日の夜、夢を見たんです」
「待ったー!」
 三人の話を聞き流しながらお好み焼きをつついていた名前は、突然の制止の声に慌てて箸を手放した。


「王様と神官様!?」
 声の主らしき人物に小狼が身を乗り出す。
 エプロン姿の大学生らしき男性店員二人。制止をかけたのは険しい顔をした黒髪の方だ。
 こちらに向かってきていた、ぶっきらぼうな店員に小狼は驚きを隠せないようだった。

「お、王様! どうしてここに!?」
「はぁ? 誰かと間違ってませんか? 俺はオウサマなんて名前じゃないですけど」
 怪訝に眉をひそめる彼の胸元には“木ノ本”と書かれたプレートがつけられている。
 半歩後ろで朗らかな笑顔を浮かべている白髪の店員の名札には“月城”と書かれていた。

「お客さん。こっちでひっくり返しますんで、そのままお待ち下さい」
「お、おう!」
 どうやら黒鋼が待ちきれずに、お好み焼きに手を出そうとしていたらしい。要点だけ告げた桃矢は、気落ちしている小狼を尻目にさっさと別の業務に取りかかっていた。

「王様って、前いた国の?」
「はい」
「で、隣の人が神官様かー」
 ファイが興味深そうに作業する二人を見つめる。

「ここのお好み焼きは店員さんが最後まで焼いてくれるんです。だから何もしなくていいんです」
「ん、そうか」
 正義の説明に素直に頷いた黒鋼に、名前は「子供みたいだ」と愉快げに笑った。
「しかられたー」と楽しそうにモコナが耳や手を上下させる。
「うるせー。てめぇもつついてただろうが」
 名前は誤魔化すように水を飲み込んだ。


「次元の魔女が言ってたとおりだねぇ。知っている人、前の世界で会った人が別の世界では全く違った人生を送っている――って」
「なら、あの二人はガキの国の王と神官と同じってことか」
「同じだけど同じじゃない、かなぁ。小狼君の国にいた二人とは、まったく別の人生をここで歩んでるんだから。でも、言うなれば“根元“は同じ、かな」

「根元?」
 怪訝に訊き返した黒鋼に、ファイは両手でハートを作ってみせた。
「命のおおもとー、性質とかー、心とかー」
「“魂”ってことか」
 黒鋼が腑に落ちた頃には、小狼はどこも見ていなかった。

 王様と瓜二つの木ノ本がお好み焼きをひっくり返そうとも、ソースをかけ、青のりをちらし、かつおぶしをちらそうとも、自分の分を飲み込んだモコナが黒鋼の分まで食べようとしてやたら煩い攻防が続いても、食べる気のない名前が加わり、さらに煩くなっても、ファイが声をかけるまで小狼は固まっていた。

「わからないな」
 ぽつりとこぼすと、耳ざとい黒鋼が明後日の答えを返してきた。
「わかんねぇなら取んな! つか、てめぇはまず自分のを食え!」
「他人の芝生は青いらしいですよ」
 誰かに奪われたから、奪われそうだからと、名前の目の前に据えられたお好み焼きに手を出そうとしない黒鋼に、
「本当にわからないな」とぽつりとこぼした。

「そりゃ、食べなきゃわからないでしょー」と隣でファイが笑う。
 それでも、名前は、自分の前に置かれたお好み焼きに手を伸ばす気にはなれなかった。
「だから、取んなっ!」
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