Crying - 110

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「お帰りなさい」
 下宿屋に帰宅すると、嵐が出迎えた。
「何か手がかりはありましたか?」
「はい」と小狼が頷く。

「おう、みんな揃ってんな!」と慌ただしく入って来た空汰が、落ち着きなく尋ねる。「どうやった?」
「と、その前にハニー! おかえりのチューを」
 緩んだ顔で嵐に迫った空汰に、嵐は真顔で拳を握り、その細い腕で窘めていた。


「――そうか、気配はしたけど消えてしもたか」と空汰が平然と話を戻す。頭の上には大きなたんこぶができていた。「で、ピンチの時に小狼の中から炎の獣みたいなんが現れたと」
「はい」

「やっぱりアレって小狼君の巧断なのかなー」
「おう、それもかなりの大物やぞ。黒鋼に憑いとるんもな」
「何故分かる?」
「あのな、わいが歴史に興味を持ったんは巧断がきっかけなんや。わいは巧断はこの国の神みたいなもんやないかと思とる。この阪神共和国に昔から伝わる神話みたいなもんでな、この国には八百万の神がおるっちゅうんや。――八百万って書くんや」

「800万も神様がいるんだー」
「いや、もっとや。色んな物の数、様々な現象の数と同じくらい神様がおる言うんやから。八百万っちゅうんはいっぱいっちゅう意味やからな」
「その神話の神が今、巧断と呼ばれるものだと」と小狼が目を輝かせる。
「神様と共存してるんだー。すごいねぇ」

「この国の神はこの国の人達を一人ずつ守ってるんですね」
「小狼もそう思うか!」と興味深げな小狼に、熱が入った空汰が腰を浮かせる。「わいもずっとそう考えとった。巧断、つまり神は、この国に住んでるわいらをごっつう好きでいてくれるんやぁってな」

「一人の例外もなく、巧断は憑く。この国のヤツ全員、一人残らず神様が守ってくれとる。まぁ、阪神共和国の連中は血沸き肉躍るモードになるヤツが多いけど。
 負けず嫌いやし、よう口はまわるし、ボケたらツッコむの基本やし、我が国の野球チームが買ったら大騒ぎやし。河飛び込んだりな。けどな、なかなかええ国やと思とる。
 そやから、この国でサクラちゃんの羽根を探すんは、他の戦争しとる国や悪いヤツしかおらんような国よりは、ちょっとはマシなんちゃうかなってな」
「……はい」
 未だ眠る桜の髪に触れる小狼の優しげな表情を、名前はじっと見つめていた。


「羽根の波動を感知してたのに、わからなくなったと言っていましたね」
「うん」と、嵐の問いにモコナがうなだれる。
「その場にあったり、誰かが只持っているだけなら、一度感じたものを辿れないということはないでしょう」

 ――あぁ、そうか。すっかり失念していた。
 名前は内心、手を打った。
 世界規模で把握できるモコナが突然、感知できなくなるはずがない。それこそ、次元移動でもしない限りは。

「現れたり消えたりするものに、取り込まれているのでは?」と嵐が続けた。
「巧断ですか!?」
「確かに巧断なら出たり消えたりするから」
「巧断が消えりゃ波動も消えるな」

「巧断の中にさくらの羽根が……」
「でも、誰の巧断の中にあるのか分かんないよねぇ」
「あの時、巧断いっぱいいたー」
「ナワバリ争いしてたもんねぇ」

「けど、かなり強い巧断やっちゅうのは確かやな」
「なんで分かる」
「サクラさんの記憶の羽根はとても強い、心の結晶のようなものです。巧断は心で操るもの。その心が強ければ強いほど巧断もまた強くなります」
「とりあえず、強い巧断が憑いてる相手を探すのが、サクラちゃんの羽根への近道かなぁ」

 ファイの言葉に小狼が頷く。しょぼくれていたモコナもまた指針が決まったことで元気を取り戻していた。
「そうと決まったらとりあえず腹ごしらえと行こか! 今日は肉うどんといなり寿司やで。わい、出勤前に下ごしらえしといたんや。黒鋼とファイと嬢ちゃんは手伝い頼むで」

 一言も口にせず黙って座っていた名前は、渋々、重い腰を上げた。
 隣でぶつくさ文句を垂れている黒鋼に心から賛辞を贈る。
 ――私と一緒だ。
 名前自身の中では至高とも言える満面の笑みを浮かべていたが、黒鋼はそれを気味の悪そうな顔で見ていた。

「おれも手伝います」
 部屋を後にする五人に、小狼が立ち上がろうとする。
 それを空汰が止めている声が、廊下に漏れてきていた。
「今日はええ。サクラちゃんとずっと離れとって心配やったやろ。顔見てたらええ。できたら呼ぶさかい」
「有難うございます……」


「黒鋼は手当てしなくていいのですか?」
 階下に降りる黒鋼を見下ろして名前が言った。
 鶏冠男との戦闘で負った傷は、深いとは言えないが目に余るものだった。
「んな必要ねぇよ。すぐ治んだろ」

 不精なのか、我慢強いのか。
 すぐに居間に着いたため名前はそれ以上追及したりはしなかった。
 する余裕がなかったとも言える。
 ――あれから日も経っている、案外、今やったら上手くいくかもしれない。
 神頼みに近いことを思いながら、台所へと足を踏み入れた。



 翌日、名前の目覚めは最悪だった。
 昨夜、夕食の手伝いをしてから、日が暮れるのが気鬱に陥っていた。
 朝食は嵐が用意してくれていたが夕食はどうなるのだろう。ぐるぐると昨日の惨劇が目に浮かんでくる。

 棚から皿を取り出そうとすれば他の食器を打ち鳴らし、料理を落とさぬよう慎重にテーブルへ運べば、足元が疎かになり思いっきり椅子を蹴った。運んでいた料理は落とさずに済んだけれど、周囲の視線は冷たかった。

「もう、てめぇは座ってろ!」
 痺れを切らした黒鋼に怒鳴られて大人しく席に着いたものの、周囲は料理中で、肩身の狭い名前はひたすらにテーブルの木目を数えていた。
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