Crying - 111

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 ――致命的だなぁ。後はいいから座ってなさい。
 懐かしい記憶が脳裏を過る。困った顔で、でもどこか愉快げに笑う彼は、一体誰と会いたかったのだろうか。

 あの箱の“本当”の持ち主に会うべきなのは、少なくとも自分ではないことはわかっていた。
 そもそもなぜ、元気でいるうちに返しに行かなかったのだろう。他人に託したりして、ちゃんと届くかもわからないというのに不安ではないのだろうか。
 自分にはきっと耐えられない。

 戻るべき場所があるものが、そうではない自分の元にあることの不自然さと、必然とちらつく持ち主の存在に気が気でないからだ。
 あぁ、でも、そうか。
 ――だからだよ。だからお前に託したんだ。
 彼ならば、身勝手にもそう思いそうな気もした。


「みんなやっぱり巧断出して歩いてないみたいだねぇ。そうなると誰の巧断が強いのかわからないね」
 街中を眺めながら、ファイがこぼす。
「それにもし、どの巧断が羽根を取り込んでるのか分かっても、そう簡単に渡してくれんのか」
 一人やきもきしていた名前は、黒鋼の言葉に小首を傾げた。
「自分の記憶でもないのに渡さない理由があるのですか?」

 突如、壁から出てきた物体に身を固くする。
「な、に?」
「小狼くーん!」
 聞き慣れてきた正義の声に気を取られているうちに、壁から出てきた幼い子供のおばけは消えてしまっていた。

「今のは?」
「正義くんの巧断だよー。小狼くんが彼を助けた時にも一緒にいたでしょー?」
 ファイに言われても全くピンと来なかった。
「知らない……、蹴飛ばされてたから?」
「え」
 目を丸くするファイに、首を横に振る。
「なんでもないです。でも、そう言われれば、どことなく彼に似ている気もしますね。彼の巧断」

 街案内をかってでた正義に小狼が礼を言う。
 彼のバイタリティは一体、どこから来るのだろう。
 小狼の隣で目を煌めかせる正義に、名前はあくびがこぼれた。


「でも良くオレ達がいるとこ分かったねー」
「僕の巧断は一度会ったひとがどこにいるのか分かるんですよ。あ、あんまり遠いと無理なんです」

「すごいですね」と、驚愕する小狼に、
「すごい、すごーい」とモコナが正義の肩に飛びつく。
「でも……、それくらいしかできないし、弱いし……」
 正義は顔を真っ赤にして謙遜していた。

 不意にエンジン音のような甲高い音が背後から差し迫ってきていた。
 瞬時に悟った三人の表情が険しくなる。
 全長五メートル以上はある鳥型の巧断が視界に飛び込んできた瞬間、突風が吹きつけ間近から悲鳴が上がった。
「きゃー」
「わあっ!」
 モコナと正義の悲鳴とともに、名前の体が浮上する。

 蔦が左腕ごと体にからまりつき、鳥の左翼の付け根に巻きつけられた右腕だけが全体重を支えていた。
 地上から数十メートル。蔦が解けでもしたら一巻の終わりだ。お腹のあたりがすぅっと冷えてくる。
 モコナの嬉々とした声に視線を上げると、鳥の嘴に咥えられた正義の肩にくっついていた。

 けがはないらしい。正義はこの状態に青ざめているが、モコナは嬉しげだ。
 でも、まぁ、わからなくはないかもしれない。
 落ちてしまう恐怖に目を瞑れば、心地よい風に当たりながら、街並みを一望できる。初めて感じる浮遊感に高揚する気持ちも少しは理解できた。

 ――目的地に達したのか、鳥が城の前へと降り立つ。
 地上数メートルで腕のツタがほどけ、地面に投げ出された。
 鳥に踏みつけられることはなかったものの、辺りを囲っていた男たちが、誰だと口々に騒ぎ立てる。そうこうしているうちに体に巻きついていたツタがほどけ、動こうとしたのも束の間、おまけでいいと、もはや勢いだけで縄で縛られてしまっていた。

 鳥であっという間に城の頂上へ運ばされ、しゃちほこに吊るされる。
 隣で揺れるモコナはご機嫌にうたを歌い。正義は青ざめた顔で涙目だ。
 名前は手持無沙汰に、空を見つめた。
 雨はまだ降りそうにない。
 ふわぁあ。目じりに浮かんだ涙を拭うこともできずに名前は瞼を閉じた。



「くやしいー!」
 丸く女の子らしい声が鼓膜を震わせる。
 開いた名前の瞳に、落下していくモコナと正義の姿が飛び込んできた。
 咄嗟に伸ばした手がモコナの指先に触れる。つかめた瞬間、それがおかしいことに気がづいた。

 ――まずい。落ちてる。
 頭から真っ逆さまに降下し、猛スピードで地面が迫ってくる。投げ出さまいとモコナを腕の中に収めた瞬間――
「Calling!」
 流暢な英語が耳朶を打った。

 エイのような巧断が先に落ちていた正義を受け止め、その上に名前が落下する。
 正義の苦しそうな声が下から響いた。
「あ、ごめん」
 慌てて避けるもさすがに三人は狭い。二人とも体を縮こめて座る羽目になった。

 それにしても、助かった。
 安堵からか涙を浮かべたまま笑う正義を、不安げに眉を寄せた幼い巧断が抱き締めていた。こうしているとまるで兄弟のようだ。

「モコナ……」
 腕に収めていたモコナに声をかけようとして、息を呑む。
「ある。羽根が近くにある」
 見開かれた瞳に、足元を見つめた。
 この巧断に羽根が――?
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