Crying - 603
「ここで応援してるよー」
ファイが両手を振って盛大に見送る。小さい人もつられていた。
「さっさと行くぞ」
刀に手をかけ突き進む黒鋼達の姿が遠のいていく。
「よかったのですか?」
隣を見上げた名前に、ファイがこちらを向く。
「女の子ひとりを残して行けないよ」
ふいに真面目な顔をしたファイにどきりとした。
「戻って、黒るんたちが退治してくれるのを待とっかー」
間延びした声を取り戻したファイが小さい人を連れ立って、先に戻って行く。
ざわざわする胸の違和感に、
「……ずるい」
意図しない声がこぼれた。
「みんな今頃、何してるのかなぁ。もう黒んたが張り切って戦ってるかなー」
広場の中央にしゃがんでいるファイに、小さい人たちが浮かない顔をする。
「あれすごく強い」
「そばにいけない」
「いけないくらい強い」
口々に声音を落とす小さい人たちに、隣に座り膝に両肘をついていた名前は姿勢を正した。
「そっかー。で、そのあれって――どんな感じなの?」
「あれは……」
――繰り広げられた事実に名前とファイは顔を見合わせた。
「――なるほど」
「今回は、手に負えないかもねぇ」
へらりと笑うファイの手には小狼が探していたものが握られていた。
「どうしましょうか? お祝いの準備はしてくださっていますが」
「そうだねぇ、踊って待つとして――」と火が強まっていく中、ファイがいつになく中途半端に笑う。「名前ちゃんはさ、箱の人が見つかったらどうするのー?」
どうするんだろうか――
考えているようで、考えていなかった。
彼らの願いが終わったら、残るのは居場所のなさぐらいだろうか。
良くも悪くも何もない日々に戻る。変わったのは近くにいる人間と環境だけ。
この旅がいつまで続くのかわからないけれど、色んな世界をぐるぐる回るだけなのなら、そこに自分の願いを絡めてもいいのかもしれない。
「願いを――叶えに行きます」
なにもできなかった彼のことも、対価の本当の意味も中途半端なまま止まってしまっている。
仕方ないと諦めるためにゆがめてしまった記憶の中には、知らないほうがいいことの方が多いのかもしれない。彼に会いに行くことが正しいことだとは、自分に優しい結果だとは限らないかもしれない。
それでも知りたいと思ってしまった。あの時の彼が今どうしているのかを。あの時、自分がなにを間違えてしまったのかを。
「会いたいんです」
初めて口にした願いに、不思議と胸が熱くなる。
まっすぐに見つめた先には、会いたい人と同じ瞳の色をしたファイが立っていた。
「会ってどうするの?」
ファイの声に棘が混じる。
「私にできることをしたいんです」
ファイの瞳が黒くよどみ、映り込んだ自分が塗りつぶされていく。
まるで、今さらなんだ、と彼に咎められているようで、脈打つ心臓の速さにつられて口調が早くなる。
「助けたいんです」
エゴだと責め立てる自分の声が胸を突き刺す。
追い打ちをかけるように彼が言った。
「望んでなかったら?」
「わかってます」
わかってる。今、自分で言ってたじゃないか。正しいとは限らないと。
覚えていないかもしれない、むしろ忘れたがっているかもしれない、憎まれているかもしれない。
「それでも会いたいんです」
こわばった声が静かに響く。
「――なんで」
ぽつりとこぼれたファイの声に、
「ファイ……?」
名前の呼びかけに、ファイが手を固く握りしめる。
白くなるほど握りしめられた手は、ファイが自分の中に持て余した感情を握りつぶそうとしているようで、名前はとっさに手に触れた。
「ファ――っ!」
呼びかけた名前の手首を乱暴につかんだファイに、声にならない声がこぼれる。
苛立ちと悲しみがないまぜになったような表情で見つめるファイに、名前は口をつぐんだ。
「――じゃないんだ」
願いのような、否定のような声が胸を締めつける。
続く言葉はなくて、必死に理解しようとするけれど、自分が願いを口にしたせいでファイが苦しんでいるなんてうわべだけのことしかわからなかった。
何かを振り切るように固く目をつぶっているファイに、そんな顔させたいわけじゃないと気持ちばかりが焦る。
かけるべき正しい言葉が見つからなくて、それでも黙ってはいられなかった。
「なにもできなかったから。自分ばかりが救われたくて、なにか伝えたそうにしていたのにわからないふりをして、泣いてすがるしかできなかったから。だから、今度は助けになりたいんです。
今さらで、全部、自分のためかもしれない、勝手言ってるってわかってる。それでも忘れられない。だから、会いに行くことはやめられない」
ファイの手に力がこもる。
また間違えているんだろうか。
ファイが両手を振って盛大に見送る。小さい人もつられていた。
「さっさと行くぞ」
刀に手をかけ突き進む黒鋼達の姿が遠のいていく。
「よかったのですか?」
隣を見上げた名前に、ファイがこちらを向く。
「女の子ひとりを残して行けないよ」
ふいに真面目な顔をしたファイにどきりとした。
「戻って、黒るんたちが退治してくれるのを待とっかー」
間延びした声を取り戻したファイが小さい人を連れ立って、先に戻って行く。
ざわざわする胸の違和感に、
「……ずるい」
意図しない声がこぼれた。
「みんな今頃、何してるのかなぁ。もう黒んたが張り切って戦ってるかなー」
広場の中央にしゃがんでいるファイに、小さい人たちが浮かない顔をする。
「あれすごく強い」
「そばにいけない」
「いけないくらい強い」
口々に声音を落とす小さい人たちに、隣に座り膝に両肘をついていた名前は姿勢を正した。
「そっかー。で、そのあれって――どんな感じなの?」
「あれは……」
――繰り広げられた事実に名前とファイは顔を見合わせた。
「――なるほど」
「今回は、手に負えないかもねぇ」
へらりと笑うファイの手には小狼が探していたものが握られていた。
「どうしましょうか? お祝いの準備はしてくださっていますが」
「そうだねぇ、踊って待つとして――」と火が強まっていく中、ファイがいつになく中途半端に笑う。「名前ちゃんはさ、箱の人が見つかったらどうするのー?」
どうするんだろうか――
考えているようで、考えていなかった。
彼らの願いが終わったら、残るのは居場所のなさぐらいだろうか。
良くも悪くも何もない日々に戻る。変わったのは近くにいる人間と環境だけ。
この旅がいつまで続くのかわからないけれど、色んな世界をぐるぐる回るだけなのなら、そこに自分の願いを絡めてもいいのかもしれない。
「願いを――叶えに行きます」
なにもできなかった彼のことも、対価の本当の意味も中途半端なまま止まってしまっている。
仕方ないと諦めるためにゆがめてしまった記憶の中には、知らないほうがいいことの方が多いのかもしれない。彼に会いに行くことが正しいことだとは、自分に優しい結果だとは限らないかもしれない。
それでも知りたいと思ってしまった。あの時の彼が今どうしているのかを。あの時、自分がなにを間違えてしまったのかを。
「会いたいんです」
初めて口にした願いに、不思議と胸が熱くなる。
まっすぐに見つめた先には、会いたい人と同じ瞳の色をしたファイが立っていた。
「会ってどうするの?」
ファイの声に棘が混じる。
「私にできることをしたいんです」
ファイの瞳が黒くよどみ、映り込んだ自分が塗りつぶされていく。
まるで、今さらなんだ、と彼に咎められているようで、脈打つ心臓の速さにつられて口調が早くなる。
「助けたいんです」
エゴだと責め立てる自分の声が胸を突き刺す。
追い打ちをかけるように彼が言った。
「望んでなかったら?」
「わかってます」
わかってる。今、自分で言ってたじゃないか。正しいとは限らないと。
覚えていないかもしれない、むしろ忘れたがっているかもしれない、憎まれているかもしれない。
「それでも会いたいんです」
こわばった声が静かに響く。
「――なんで」
ぽつりとこぼれたファイの声に、
「ファイ……?」
名前の呼びかけに、ファイが手を固く握りしめる。
白くなるほど握りしめられた手は、ファイが自分の中に持て余した感情を握りつぶそうとしているようで、名前はとっさに手に触れた。
「ファ――っ!」
呼びかけた名前の手首を乱暴につかんだファイに、声にならない声がこぼれる。
苛立ちと悲しみがないまぜになったような表情で見つめるファイに、名前は口をつぐんだ。
「――じゃないんだ」
願いのような、否定のような声が胸を締めつける。
続く言葉はなくて、必死に理解しようとするけれど、自分が願いを口にしたせいでファイが苦しんでいるなんてうわべだけのことしかわからなかった。
何かを振り切るように固く目をつぶっているファイに、そんな顔させたいわけじゃないと気持ちばかりが焦る。
かけるべき正しい言葉が見つからなくて、それでも黙ってはいられなかった。
「なにもできなかったから。自分ばかりが救われたくて、なにか伝えたそうにしていたのにわからないふりをして、泣いてすがるしかできなかったから。だから、今度は助けになりたいんです。
今さらで、全部、自分のためかもしれない、勝手言ってるってわかってる。それでも忘れられない。だから、会いに行くことはやめられない」
ファイの手に力がこもる。
また間違えているんだろうか。