Crying - 602
ありがとうと微笑むと、首もとに抱きつかれた。
やわらかな毛並みが肌に触れ、ほんのりとした温かさが伝わってくる。
そこでようやく気付いた。あぁ、そうか、暑苦しいんだ、と。
失礼な心情を隠しながら背中を撫でる。と肌触りが滑らかで、心地よくなった名前は暑いことも忘れてしきりに撫でていた。
「魔物がいるんだそうです。この森を抜けて更に奥の樹海に。突然現れてこのひと達の住んでる所を荒らし廻って」
目の前に座る小狼が事情を説明すると、小さい人が困惑と口にした。
「みんなで戦った、けど、ぜんぜんダメ。あの恐ろしいものイケニエささげろっていった。おいしそうなイケニエ渡したらもう森荒らさないって」
「で、おいしそうな小狼君を捧げようとしたとー」
ファイの言葉に小狼の頭の上に乗ってるモコナが甘ったるい声を出した。
「モコナも美味しそうなのにーぃ。ってゆうか、満漢全席に匹敵する御馳走加減なのにーん」
「では、食べられてみます?」と名前がフォーク片手に微笑む。
「きゃー、たべられちゃうー。ファイ助けてぇ」
モコナがファイの胸に飛びつき、視線が重なる。と、ファイが不敵に笑みを濃くした。
「オレはどっちかと言うと食べたいなぁ」
「あげませんよ」とモコナの耳を軽く引っ張る。
「オレはこっちがいいかなぁ」とファイの顔がぐっと近づいた。
ゆっくりと、なんだかもどかしくなるぐらい少しづつ近づいてくるファイの瞳に息を詰める。
あと少し――
思った瞬間、思考を無理やりねじ伏せた。
この体制が悪い。
こつっ、と小さな音が響く。
力の入っていない頭突きはただ額をくっつけただけに留まり、自分から顔を近づけてしまった名前は、想像と結果の落差に混乱していた。
驚いたファイの瞳にぐるぐると思考と一緒に目も回る。
息が鼻にかかり、ファイの腕を押して自身も体を離した。
目を瞠ったまま固まっているファイに、すべての動揺を押し隠して平然と口にした。
「熱でもあるんだと。でも、ないみたいですね」
ファイの返事の代わりに、
「うふふ」とモコナが笑う。
「で」と黒鋼の苛立った声が、変な空気を払拭した。「焼いて捧げられそうになったっつうのに何のんきに飯食ってんだよ」
「その魔物、話を聞いてると本当に急に現れたらしいんです。そして圧倒的な力を持っている」
「今までのサクラちゃんの羽根絡みの事件と似てるかもー」とファイが息を吹き返す。
「あの恐ろしいものが現れないように出来るかもしれないって、これいった。だからほどいた。これくわしいことが聞きたいといった。だから座った」
「いっしょに座ったら仲間。仲間ならいっしょに食べる」
小狼に抱きつく小さい人達にファイがすんなり納得する。
「モコナ、羽根の気配は?」と小狼が本題を切り出した。
「……うん、感じる。近い」
「魔物退治ってわけか」
うずうずと口の端を持ち上げた黒鋼をファイが揶揄する。
「黒様うれしそー。テンション上がってたのに不完全燃焼になっちゃったもんねぇ」
「ふん」と拗ねてしまった黒鋼の隣で桜が凛とした顔で言った。
「わたしも行きます」
「姫……」
「足手まといにならないように頑張ります。一緒に行かせてください」
「はい」と頷いた小狼にみんなが腰をあげた。
奥に進むに連れ滝の音が強くなる。
しばらく行くと両側からいくつもの滝が流れていた。
「みんなで行くのだめ!」
「だめ!」
歩き出したみんなを前に、小さい人が声を上げた。
「みんな行って帰って来なかったらイケニエいなくなる。ひとり残って!」
さも当然と胸を張ってきっぱり言い切る。
「しっかりしてるー」
「でも、誰を……」
笑っているファイに小狼が頭を悩ませる。
名前は桜とファイの姿を前に、迷うように一度、目を伏せた。
「モコナを残しちゃうのは問題かもー。いざという時、言葉が通じなくなると困るし。黒りーはもちろん行く気満々だしー――」
「私が残ります」
言葉を遮ってしまったファイの視線が痛い。
「戦力的にもそれが妥当かと」
「でも……!」と桜が眉を落とす。
大丈夫だと、魔物に気をつけてと言いかけてファイと立場が逆転した。
「じゃあ、オレも残るよー」
「サクラちゃんは行って来てー。危ない目に遭うかもしれないけどそれでも行きたいんでしょ?」
桜と視線を合わせて穏やかな表情を浮かべるファイに、
「はい」と桜が力強く頷く。
会った当初の夢心地な感じを感じさせない桜に、名前は自然と笑みを浮かべた。
短期間で確かな意志が芽吹いたのは、大部分が羽根のおかげであったとしても、おそらく小狼の影響も受けている。
自分にはない、この世でもっとも強いとされる想いだ。
やわらかな毛並みが肌に触れ、ほんのりとした温かさが伝わってくる。
そこでようやく気付いた。あぁ、そうか、暑苦しいんだ、と。
失礼な心情を隠しながら背中を撫でる。と肌触りが滑らかで、心地よくなった名前は暑いことも忘れてしきりに撫でていた。
「魔物がいるんだそうです。この森を抜けて更に奥の樹海に。突然現れてこのひと達の住んでる所を荒らし廻って」
目の前に座る小狼が事情を説明すると、小さい人が困惑と口にした。
「みんなで戦った、けど、ぜんぜんダメ。あの恐ろしいものイケニエささげろっていった。おいしそうなイケニエ渡したらもう森荒らさないって」
「で、おいしそうな小狼君を捧げようとしたとー」
ファイの言葉に小狼の頭の上に乗ってるモコナが甘ったるい声を出した。
「モコナも美味しそうなのにーぃ。ってゆうか、満漢全席に匹敵する御馳走加減なのにーん」
「では、食べられてみます?」と名前がフォーク片手に微笑む。
「きゃー、たべられちゃうー。ファイ助けてぇ」
モコナがファイの胸に飛びつき、視線が重なる。と、ファイが不敵に笑みを濃くした。
「オレはどっちかと言うと食べたいなぁ」
「あげませんよ」とモコナの耳を軽く引っ張る。
「オレはこっちがいいかなぁ」とファイの顔がぐっと近づいた。
ゆっくりと、なんだかもどかしくなるぐらい少しづつ近づいてくるファイの瞳に息を詰める。
あと少し――
思った瞬間、思考を無理やりねじ伏せた。
この体制が悪い。
こつっ、と小さな音が響く。
力の入っていない頭突きはただ額をくっつけただけに留まり、自分から顔を近づけてしまった名前は、想像と結果の落差に混乱していた。
驚いたファイの瞳にぐるぐると思考と一緒に目も回る。
息が鼻にかかり、ファイの腕を押して自身も体を離した。
目を瞠ったまま固まっているファイに、すべての動揺を押し隠して平然と口にした。
「熱でもあるんだと。でも、ないみたいですね」
ファイの返事の代わりに、
「うふふ」とモコナが笑う。
「で」と黒鋼の苛立った声が、変な空気を払拭した。「焼いて捧げられそうになったっつうのに何のんきに飯食ってんだよ」
「その魔物、話を聞いてると本当に急に現れたらしいんです。そして圧倒的な力を持っている」
「今までのサクラちゃんの羽根絡みの事件と似てるかもー」とファイが息を吹き返す。
「あの恐ろしいものが現れないように出来るかもしれないって、これいった。だからほどいた。これくわしいことが聞きたいといった。だから座った」
「いっしょに座ったら仲間。仲間ならいっしょに食べる」
小狼に抱きつく小さい人達にファイがすんなり納得する。
「モコナ、羽根の気配は?」と小狼が本題を切り出した。
「……うん、感じる。近い」
「魔物退治ってわけか」
うずうずと口の端を持ち上げた黒鋼をファイが揶揄する。
「黒様うれしそー。テンション上がってたのに不完全燃焼になっちゃったもんねぇ」
「ふん」と拗ねてしまった黒鋼の隣で桜が凛とした顔で言った。
「わたしも行きます」
「姫……」
「足手まといにならないように頑張ります。一緒に行かせてください」
「はい」と頷いた小狼にみんなが腰をあげた。
奥に進むに連れ滝の音が強くなる。
しばらく行くと両側からいくつもの滝が流れていた。
「みんなで行くのだめ!」
「だめ!」
歩き出したみんなを前に、小さい人が声を上げた。
「みんな行って帰って来なかったらイケニエいなくなる。ひとり残って!」
さも当然と胸を張ってきっぱり言い切る。
「しっかりしてるー」
「でも、誰を……」
笑っているファイに小狼が頭を悩ませる。
名前は桜とファイの姿を前に、迷うように一度、目を伏せた。
「モコナを残しちゃうのは問題かもー。いざという時、言葉が通じなくなると困るし。黒りーはもちろん行く気満々だしー――」
「私が残ります」
言葉を遮ってしまったファイの視線が痛い。
「戦力的にもそれが妥当かと」
「でも……!」と桜が眉を落とす。
大丈夫だと、魔物に気をつけてと言いかけてファイと立場が逆転した。
「じゃあ、オレも残るよー」
「サクラちゃんは行って来てー。危ない目に遭うかもしれないけどそれでも行きたいんでしょ?」
桜と視線を合わせて穏やかな表情を浮かべるファイに、
「はい」と桜が力強く頷く。
会った当初の夢心地な感じを感じさせない桜に、名前は自然と笑みを浮かべた。
短期間で確かな意志が芽吹いたのは、大部分が羽根のおかげであったとしても、おそらく小狼の影響も受けている。
自分にはない、この世でもっとも強いとされる想いだ。