Crying - 604

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「どうして、そんな顔をするんですか?」
 わからないで終わらせたくなくて、ファイに近づこうとした意識がか細くこぼれる。
 ファイはそれさえも拒んでいるように見えた。

 きっと、自分の願いとファイの願いが真逆だからというわけじゃない。黒鋼の時はそこまで動揺していなかった。
 なら、会いに行こうとしている世界が戻りたくない世界なんだろうか。会いたい人がファイにとって会いたくない人なんだろうか。 “じゃない”は――

「ファイは私の会いたい人を知っているんですか?」
 開かれた瞳が硬直する。
 いつもなら茶化して終わらせようとするファイの口が開いて閉じた。

 ファイの金色の髪も蒼い瞳も“彼”と同じことは気づいていた。
 でも、それだけなら他にいくらだっている。だから、ファイが“彼”だとは思わなかった。
 そして、結果的にその通りだった。予想と違ったのは別の形でつながっていたと言うだけ。
 極々、当たり前な結末と、望んでいなかった展開だ。
 自分の願いの答えが身近にあるのに、手放しで喜べない。

 ファイは私を通して“彼”のことを見ていたのかもしれない。
 巧断の国で目覚めたとき、ぼんやりとした意識の中で誰かの声がしていた。
 憎しみと悲しみが混じったような声――
 ファイは私のことを――

 ――だとしても、今はそれを考えるのをやめよう。

「“彼”が今どうしているのか、聞きたかったわけじゃないんです」
 本当のところ知ることが怖いだけかもしれない。ここにきて怖気づいている自分をごまかそうとしているだけかもしれない。
 それでも直接、目にしたかった。その場所に行って確かめたかった。
 それに、ファイに話させるのは、すべてをファイに押し付けているようで違う気がした。

「……ごめんなさい。ファイにそんな顔させたかったわけじゃなくて、ただ知りたかったんです。ファイがなにを考えているのか。なにを返せばいいのかわからなかったから。
 “彼”に会うことも大切です。きっと誰に責められても願うことはやめられないから。
 でも、それ以上にファイには笑っていてもらいたくて、悲しんでほしくないんです。

 ファイと会ってからそんなに一緒にいたわけじゃないし、今だってなんて答えればいいのかわからないぐらいなにも知らないけど、それでも、話していると楽しかったりするし、落ち着かない時もあるけど、触れるのだって嫌じゃないし、笑っているとうれしいから」

 過去なにがあっても一緒にいることには変わりないし、ここにいない人のことを考えててもいい。
 ただ、みんなでふざけあっているあの時間は、ファイが本心から笑っている時もあるから。だから、桜に約束してほしいと確証のないものまでねだった。一番、大切そうにしていたから。

 それで、だから、えっと――

「気になるんです」
 ……。いや、だからなんだと言うのだろうか。
 言い切った後に疑問符が頭に浮かんだ。
「あ、や、えっと、ファイのことが――……、ファイが――」
 まとまりのない言葉が頭の中を飛び交い、ファイの名前だけが口から零れ落ちる。

「ごめん」
 ファイの声にハッと顔を上げた。
 困ったような顔で笑った後に、あたたかな瞳を向けられる。
 するりと下された手に、「ごめん」ともう一度ファイの声が響いた。

 こつっとくっつけられた額に、ファイの髪が肩にかかる。
 名前は、吸い込まれそうな蒼い瞳に魅入られたまま立ち尽くしていた。
 もう大丈夫なんだろうか。少しは気が紛れただろうか。
 知りたいとばかり願う感情に蓋をするようにそっと目を閉じた。

 すっと離れたファイに瞼を開く。
 なんの余韻も残さずにお祭りムードの小さい人達の輪に入っていったファイは、小さい人たちから太鼓を受け取り、意気揚々と太鼓を打ち鳴らしながらトーテムポールの周りをぐるぐる回っていた。
 いつものファイに戻ったようでよかった、と一先ず安堵する。

 にしても、
 ――ごめん、か……。
 まっすぐに立ち上っていく煙にわずかばかりの虚しさが広がった。


 ――
 焦燥した様子で駆け込んできた黒鋼達が、軽快に太鼓を打ち鳴らすファイを目の当たりにしてずっこける。
「お帰りー」
「お帰りなさい」
「何やってんだ、てめぇ」
 茫然とした黒鋼の言葉にようやくファイが手を止めた。

 太鼓の紐を首から外して、黒鋼達に近寄る。
「教えてもらってたのー。お祝いの踊りなんだってー」
「どうしてお祝い?」
 太鼓を羨ましそうにしていたモコナは、差し出されたファイの手に目を見開いた。「羽根!?」
「ここにあったのかよ」
 辟易している黒鋼にファイが集まってきた小さい人達に視線を移す。

「この子達が持ってたんだー。落ちてたの拾ったんだって」
「それって魔物が現れた頃じゃないですか?」
「そう?」
「そうかも」
 勘のいい小狼の問いに小さな人達が頷いた。

「魔物は竜巻だったんです」
「あー、やっぱり。この子達の話聞いてたらそうかなぁって」
「生贄寄こせなんて竜巻が言ったのかよ」
 怪訝な黒鋼に、
「それがねぇ」とファイがにやけた顔で小さい人達に言った。「はい、もう一回」
 横に並んだ彼らが一人一人順に、目を大きくさせたり、おろおろしたりと愛嬌のある仕草で口にしていく。

「あの恐ろしいもの強い」
「すごく強い」
「住んでる所飛んでった。いっぱい倒れた」
「戦っても勝てない」
「勝てないならイケニエを出すのはどうか」
「いいかも」
「いいかも」

「おいしそうなイケニエ渡したらもう大丈夫かも」
「きっと大丈夫」
「大丈夫だ」
「大丈夫って言った」
「だれが?」
「だれ?」
「あの恐ろしいものかも」
「あの恐ろしいものだよ」

 一言一句違えることなくなめらかに繰り返された伝言ゲームが終了し、彼らは腕を組んで口を揃えて答えを発表した。
「魔物がおいしそうなイケニエ渡したらもう荒らさないっていった!」
「言ってねぇだろ!」
 ツッコム黒鋼に、名前は小さく笑った。

 ファイが小狼へと羽根を渡し、礼を言って小狼が桜へと向ける。
 ゆっくりと胸の中に吸い込まれた羽根に、虚ろな瞳の桜が瞼を閉じ倒れ込み、小狼が聢と抱きとめていた。
 樹海の方から竜巻が進行し、吹き荒ぶ暴風に小さい人達が巻き上がる。吹き飛ばされそうな突風に身を屈めてると、黒鋼にしがみつき、はしゃいでいるファイが目に留まった。

 竜巻が消え、花の甘い香りが鼻孔をくすぐる。雪が舞い落ちるように幾多の小さな花が空からこぼれ落ちていた。
「この花は竜巻のお礼かもしれませんね」
 花びらに包まれて眠る桜に小狼が微笑んでいた。
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