Crying - 601
「いーけないんだ〜、いけないんだ〜、乙女の心をふみにじり〜」
モコナの丸い声が晴れ渡った空の下に響く。
「モコナ、歌上手だねぇ」
「踊りもばっちりだよ〜」
自身の肩に乗っているモコナにファイが拍手を送っていた。
名前達の前を歩く黒鋼がけっと吐き捨てる。
今いる世界は自分達が小人になったように錯覚させる巨大な木々が、入り組むように密集していた。 地面のほとんどを、人がすっぽりと中に入れてしまいそうな太い木の根が陣取っている。
三人を追う形で根の上を行く名前は、熱した鉄板のように熱くなった髪を紛らわすように手を当てていた。
「せっかく楽しく新しい国を探索してるのに不機嫌だねぇ、黒ちゅうは」とファイが軽い口調で投げかける。
ぎろりと眼光鋭く睨まれたファイは、能天気な悲鳴を上げながらモコナと頬をすり寄せ合っていた。
「星史郎さんとの戦い途中になっちゃったからー?」
歩調を早めて黒鋼に追いついたファイが黒鋼を覗き込む。
「あの魔女、何、考えてんだよ。勝負の邪魔しやがって」
空を仰いだ黒鋼はやりきれない思いでため息をついていた。
「その後もなんだか慌ただしく移動しちゃったしねぇ」
「うーん? モコナ、その時のことよく覚えてない」
「でも、そのおかげで小狼君も黒ろんも剣が手に入ったしー。遊戯(ゲーム)世界が現実に戻るちょうど境目のいい具合に戻りきってないところでモコナの口に吸い込まれたからねぇ」とファイが黒鋼の腰に差してある刀をつつく。「けど、次元の魔女さんはなんでこれ送って来たんだろうねぇ――あ、なんかついてるー」
件の戦いの邪魔をした竹の棒の先には、折りたたまれた白い紙が挟まっている。
「侑子からのお手紙だ!」とモコナが声を弾ませた。
――ホワイトデーは倍返し。遅れたら罰は三倍返し。
これは遅れたら不幸が三倍降りかかると言う意味だろうか。彼女の罰の意味を計り兼ねた名前は、お返しが思い浮かばず、あれこれ悩む羽目になるのが嫌で億劫そうに眉をしかめた。
「だって」とモコナが黒鋼の肩を叩く。
ようは、ちゃんと返せよと言う脅しだ。
「意味分かんねぇぞ!」と不満を爆発させる黒鋼に対して、ファイは離れた場所で「読めないー」と手紙を空に翳してとくるくると回っていた。
「あの辺の木の実でもいいかな」
チョコのイベントの日にうっかり食べてしまった名前は、おいしかったなぁとしみじみ感じながら頭上に見える薄い色をした丸い塊に救いを求めていた。
小狼と桜がいる落下地点に戻るため茂みをかき分けていると、木の罠が目に飛び込んできた。
木に吊り上がるように仕掛けられた蔦の網に生け捕られた桜が脱出しようと必死に足掻いている。
側にいるはずの小狼の姿はないが、代わりにナシの実のようなものが散乱していた。どれも落下の衝撃か実が割れて果汁がこぼれている。
桜は、黒鋼に仕掛けを解いてもらうと口早に告げた。
「小狼君が攫われたんです!」
犯人はしっぽと耳のはえた小さい人達だと走りながら桜が説明するが、それだけ聞くとなんとも頼りなく聞こえてしまう。
彼女の目撃を頼りに小狼のもとへ急ぐが、
「桜都国での訓練はどうなってんだ。木の実、後ろ頭にぶつけて昏倒とはな」と、師範の黒鋼はご立腹のようだった。
捕まった自分を助けようとしてのことだと桜が弁明していたが、気の緩みを指摘されそうな勢いである。
「まあ、桜都国ではああするしかない状態だったとはいえ、剣を扱うにはまだまだだな」
不服そうな割には、教えることはむしろどこか楽しんでいる節がある。素直じゃないと言うべきか。
「先生きびしー」
ファイが茶化してすぐに、煙のようなものが立ち上っているのが見えた。
「あっち! 煙だ!」
「小狼君!」
モコナが声を上げ、桜が茂みから顔を出す。庇うようにファイと黒鋼が前へ出た。
開けた広い空間の中央に円上の石段があり、中心にトーテムポールが立っている。その周りをとり囲むように、小狼と奇妙な生き物が和やかに食事をしていた。
拍子抜けした桜が勢いそのままずっこける。
それでも心配なのか小狼の後頭部に手を回して撫でていた。
小狼があどけない顔でほほを赤らめるのを見て、名前がいたずらに唇の端を持ち上げる。
小狼がそれに気づき、慌てて奇妙な生物へと話をずらした。
「平気です。それに色々、事情もあったみたいですし」
「事情ー?」
ファイが首を傾げると、小さい人達がわらわらと集まってきていた。
垂れたふさふさの長い耳に円らな大きな瞳。長い手の先には指の代わりに五本の爪が生え、裏には動物特有のふにふにとした肉球がついている。毛足の長いやわらかそうな毛が全身を包み、首にはマフラーが巻かれていた。
雰囲気からふわっとしていてかわいいのだが、直感的に近づきたくないと感じていた。
「なんだてめえら」
ガンつける黒鋼にたじろぎ、耳をそばだてて一斉に小狼の後ろに一列になって隠れる。
「このヒト顔こわいけど、取りあえずいきなり噛みついたりしないからー」
「取りあえずってのは何だ!」
「怖い顔はいいんだー」
仲の良い二人を放っておいて、名前は小さい人に誘われて石段のところに腰かけた。
みんなぞろぞろと腰かけ、小さい人達が食事を運んできてくれる。
モコナの丸い声が晴れ渡った空の下に響く。
「モコナ、歌上手だねぇ」
「踊りもばっちりだよ〜」
自身の肩に乗っているモコナにファイが拍手を送っていた。
名前達の前を歩く黒鋼がけっと吐き捨てる。
今いる世界は自分達が小人になったように錯覚させる巨大な木々が、入り組むように密集していた。 地面のほとんどを、人がすっぽりと中に入れてしまいそうな太い木の根が陣取っている。
三人を追う形で根の上を行く名前は、熱した鉄板のように熱くなった髪を紛らわすように手を当てていた。
「せっかく楽しく新しい国を探索してるのに不機嫌だねぇ、黒ちゅうは」とファイが軽い口調で投げかける。
ぎろりと眼光鋭く睨まれたファイは、能天気な悲鳴を上げながらモコナと頬をすり寄せ合っていた。
「星史郎さんとの戦い途中になっちゃったからー?」
歩調を早めて黒鋼に追いついたファイが黒鋼を覗き込む。
「あの魔女、何、考えてんだよ。勝負の邪魔しやがって」
空を仰いだ黒鋼はやりきれない思いでため息をついていた。
「その後もなんだか慌ただしく移動しちゃったしねぇ」
「うーん? モコナ、その時のことよく覚えてない」
「でも、そのおかげで小狼君も黒ろんも剣が手に入ったしー。遊戯(ゲーム)世界が現実に戻るちょうど境目のいい具合に戻りきってないところでモコナの口に吸い込まれたからねぇ」とファイが黒鋼の腰に差してある刀をつつく。「けど、次元の魔女さんはなんでこれ送って来たんだろうねぇ――あ、なんかついてるー」
件の戦いの邪魔をした竹の棒の先には、折りたたまれた白い紙が挟まっている。
「侑子からのお手紙だ!」とモコナが声を弾ませた。
――ホワイトデーは倍返し。遅れたら罰は三倍返し。
これは遅れたら不幸が三倍降りかかると言う意味だろうか。彼女の罰の意味を計り兼ねた名前は、お返しが思い浮かばず、あれこれ悩む羽目になるのが嫌で億劫そうに眉をしかめた。
「だって」とモコナが黒鋼の肩を叩く。
ようは、ちゃんと返せよと言う脅しだ。
「意味分かんねぇぞ!」と不満を爆発させる黒鋼に対して、ファイは離れた場所で「読めないー」と手紙を空に翳してとくるくると回っていた。
「あの辺の木の実でもいいかな」
チョコのイベントの日にうっかり食べてしまった名前は、おいしかったなぁとしみじみ感じながら頭上に見える薄い色をした丸い塊に救いを求めていた。
小狼と桜がいる落下地点に戻るため茂みをかき分けていると、木の罠が目に飛び込んできた。
木に吊り上がるように仕掛けられた蔦の網に生け捕られた桜が脱出しようと必死に足掻いている。
側にいるはずの小狼の姿はないが、代わりにナシの実のようなものが散乱していた。どれも落下の衝撃か実が割れて果汁がこぼれている。
桜は、黒鋼に仕掛けを解いてもらうと口早に告げた。
「小狼君が攫われたんです!」
犯人はしっぽと耳のはえた小さい人達だと走りながら桜が説明するが、それだけ聞くとなんとも頼りなく聞こえてしまう。
彼女の目撃を頼りに小狼のもとへ急ぐが、
「桜都国での訓練はどうなってんだ。木の実、後ろ頭にぶつけて昏倒とはな」と、師範の黒鋼はご立腹のようだった。
捕まった自分を助けようとしてのことだと桜が弁明していたが、気の緩みを指摘されそうな勢いである。
「まあ、桜都国ではああするしかない状態だったとはいえ、剣を扱うにはまだまだだな」
不服そうな割には、教えることはむしろどこか楽しんでいる節がある。素直じゃないと言うべきか。
「先生きびしー」
ファイが茶化してすぐに、煙のようなものが立ち上っているのが見えた。
「あっち! 煙だ!」
「小狼君!」
モコナが声を上げ、桜が茂みから顔を出す。庇うようにファイと黒鋼が前へ出た。
開けた広い空間の中央に円上の石段があり、中心にトーテムポールが立っている。その周りをとり囲むように、小狼と奇妙な生き物が和やかに食事をしていた。
拍子抜けした桜が勢いそのままずっこける。
それでも心配なのか小狼の後頭部に手を回して撫でていた。
小狼があどけない顔でほほを赤らめるのを見て、名前がいたずらに唇の端を持ち上げる。
小狼がそれに気づき、慌てて奇妙な生物へと話をずらした。
「平気です。それに色々、事情もあったみたいですし」
「事情ー?」
ファイが首を傾げると、小さい人達がわらわらと集まってきていた。
垂れたふさふさの長い耳に円らな大きな瞳。長い手の先には指の代わりに五本の爪が生え、裏には動物特有のふにふにとした肉球がついている。毛足の長いやわらかそうな毛が全身を包み、首にはマフラーが巻かれていた。
雰囲気からふわっとしていてかわいいのだが、直感的に近づきたくないと感じていた。
「なんだてめえら」
ガンつける黒鋼にたじろぎ、耳をそばだてて一斉に小狼の後ろに一列になって隠れる。
「このヒト顔こわいけど、取りあえずいきなり噛みついたりしないからー」
「取りあえずってのは何だ!」
「怖い顔はいいんだー」
仲の良い二人を放っておいて、名前は小さい人に誘われて石段のところに腰かけた。
みんなぞろぞろと腰かけ、小さい人達が食事を運んできてくれる。