時間
 




肉体を切り裂く物騒な音を聞きながら、あくびをかみ殺す。
ここは一応は戦場ではない。魔法の技術を駆使して作られた架空の敵は、彼だけを標的として認識し行動している。だからあくびくらい、いいかな、とは思うが、一応はばれないようにと抑えたのだけれど。
いくら実物ではないといっても攻撃のダメージは本物である。私は流れ弾を避けるために盾の内側から彼を観察し、記録をつけながら彼が怪我を負ったらすぐに飛び出せるように構えていた。いつもなら寝ている時間に。
どうしても訓練をしたいという彼の要望が通ってしまって、人気のない時間と偽名を使うことを条件に部屋を出たはいいが自分の睡眠時間を忘れていた。まあ、一応は研究者として徹夜には慣れているけれど、やっぱり眠いものは眠い。

ぐ、と耐えるような声が聞こえたので、詠唱しながら盾を構えて立ち上がる。彼がふたりの兵士を斬り捨てるのと同時に回復魔法、おまけに防弾の壁を作ると、彼は新しく現れた兵士達から目を逸らさずに「助かった」と言ってまた飛び出した。
鈍る、と言っていたのは本当のようで、考えているように体が動いていないのが見ていて何となく分かる。無理もないと思う、あれほど衰弱していたのだから体も弱っているはずだ。


「……別に、戦う必要なんてないのに」

「確かに出撃命令はもう受けないだろうな」

「すいませんが今のは独り言です」

「そうか、失礼した」


どうやら、いつの間にか規定数を倒し終わったらしい。彼が刀を鞘に仕舞ってこちらに来るのが見えて、私も盾を消して戻る準備をする。無断で施設を使ったものだから、いろいろと証拠だとかを消してこないと後が面倒になる。


「すぐに帰りますか?」

「ああ。疲れただろう」

「私のことはいいんです」

「疲れたように見える。今日はもう休め」


まあ、カヅサ先輩に渡すための資料作りだとかで今日は忙しかったが、五十人を短時間で斬りまくっていた彼よりかは疲れていない。と、思いたい。
とにかく休んでもらいたくて、まあいいかと「じゃあ帰りましょうか」と甘えるていで後片付けをする。手早く済ませて彼のほうへ振り返れば、私を観察するかのごとく見ていたらしい本人と視線がかち合う。
万が一人に会ってもいいようにと質素な格好に、特訓中は脱いでいた文官用の上着を羽織った彼がじっとこちらを見つめる。いたたまれなくて「なんでしょうか」と訊いても目線は変わらない。


「付き合ってくれて助かった。ありがとう」

「私の役目は監視ですから」

「そうだったな」


何となく、嫌味っぽい言い方だったものだから睨めば、火傷の少ない頬を上げて笑う。これも嫌味っぽく見えるがこれは楽しんでいる時の笑い方だ。
言いたいことは多々あるけれどもしょうもないことが主で、文官に相応しくない刀を奪い取って帰りを促した。
口元を襟で覆った彼がまた笑っていて、よけいにいたたまれなくなった。



13.07.06



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