ひとつさきだけ
 




弾圧作戦の決行が決まったことはナギからの話もあり驚かなかったが、現0組全員の投入には驚いた。
もとより前線に出ているナギやカルラ、ツバメ、レムやマキナが呼ばれるのは分かる。だが書類上はまだとはいえ実質引退した自分や、研究が主体のムツキやクオンまでも前線に出るようにとの通達に疑問を持ち、マキナに直接問いもした。候補生の意見の窓口と化しかけたマキナはこの質問にも慣れてしまったらしく「他地方への威嚇のためで、0組が全員揃うことに意味があるんだ」とやつれた様子で説明する。今後はそう簡単に出撃しないですむようにする代わり、今回ばかりは派手に暴れなければならないらしい。

前線への投入後、五分以内の任務遂行が今回の条件だ。現地で装備を整えるような時間もない。久しぶりに揃った0組総員だが、移動中の飛行船内での装備確認だ。近況報告と事務的な会話が飛び交い飛行船であることを忘れるほどに騒がしい。
特に賑やかな女子の声を背後に聞きながらパイルバンカーの組立をしていれば、肩を軽く叩かれ振り返る。ツバメがバインダーを抱えて片手を上げながら「元気そうだね」と笑い、隣に座る。


「体調とかに変化は?とりあえず開始時には防御魔法掛けるけど、要望があったら今のうちにどうぞ」

「……ああ、魔法は極力使わんつもりだ。余裕があったら物理強化を頼む」

「了解です」


素早く手元に何かを書き込んだツバメは目視でバインダーを確認し、よし、と呟きそれをしまう。背後に控えていた男性に目配せし、これで一段落だと言いながら隣に座った。控えていた男性も、ツバメの向こうに腰を落ち着かせる。
その男性は装備と言えるのは口元を隠したマントと腰の刀くらいで、服装は軍のものとも候補生のものとも違う出で立ちだ、噂の人物だろうとすぐに分かった。


「お前も元気そうで安心した」

「リィドとはあんまり顔合わせられなかったからね。こんな形でもないと会えないっていうのもなんだか」

「俺からしたら忙しく動けるだけでもありがたい」

「そうだね……」


魔力がいつなくなるかも知れない年齢になっても候補生として働けているのは0組という銘柄の力が強い。だからこそ0組としての頼み事は、今の危うい体であろうと可能な限り応えたい。
アギトのなり損ねだなどという声も時折聞こえるが、それでも0組は強い。繋がりも意思も。同じ0組だったアギト達に恥じないように、国ひとつくらい支えてみせようと構えている。

久しぶりに手を入れた武器を戻し、こちらもやることがなくなったので彼女に向き直り雑談ついでに疑問を振ることにする。


「この人か、噂のツバメの付き人は」

「それどんな噂?いや、まあ、だいたい一緒にいるけど……!」

「ナギから聞いていたんだが、やはり違ったか」

「そんなに笑いながら言われたら作為的なものしか感じないよ!ただの患者さんだよ、たしかフィニスのとき会ったよね」

「ああ、交代で前線に出ていた」


そういって立ち上がった男性がマントを緩め、こちらに手を差し出しながら「クラサメだ」と軽く自己紹介をする。口元のケロイドが見えマントの巻き方に納得し、同じように名を告げながら握手を交わした。仕草と感触で実力者だと確信し、これなら0組と行動しても問題ないだろうと判断した。むしろ、頼りにできそうだ。
腰を落ち着かせて改めて口を開けば話すことは多く、周りのメンバーのように近況報告と情報交換をする。こちらは他のメンバーとはさらに行動範囲が違い教官のような仕事ばかりなものだから、外の話を聞くだけでも新鮮だ。クラサメと名乗った男性も時折会話に交えながら脈絡もなく報告をしあい、あらかた尽きたところで窓の外を見た。もうすぐ目的地に着く。着いてしまえばこうして話す余裕もなく、ただひたすら敵を追いたてる任務に尽くさなければならない。船内の空気も張り詰めはじめ、雑談の声も減った。
思い出したようにツバメが「今の研究、あ、個人的なものだけど」とぽつりと切り出す。


「発表とかしないものだし、世間話みたいなものだと思って。ちょっと質問したいことがあるんだけど」

「時間はまだある。どうした?」

「答えづらかったらいいから」


妙に前置きをした上での質問は至極単純なもので、「もし今から死ぬとして、心残りはあるか」というものだった。不吉だというのは分かっていると、それでも0組が集まる機会はないから訊くだけ訊きたかったのだと言い連ねるツバメを構わないからと笑って、質問の内容について考える。回復魔法に特化した彼女の役割柄、軽い気持ちで答えるべきではないだろう。治療に役立つのか研究に役立つのか分からないが彼女にも世話になっている、役立ててもらえるならばできるだけ誠実に答えたい。
故郷のことや家族のことを考えたが、今、一番気にかかることとは。


「やはり、生徒のことだな。中途半端に教えた状態では落ち着きが悪い。それに防衛術くらいは叩き込んでやらんと」


すっかり教師だ、とツバメにからかうように言われてしまい面映ゆいが、自分には向いているだろうという自覚もあるほど順調に働かせてもらっている。生徒に合わせた教え方、順序、そういったものを考えるのも苦ではない。頭のどこかは常に彼らのことを考えてしまう始末だ。


「ごめんね、縁起悪いこと訊いちゃって」

「いや。参考になるならいい」

「ありがたく資料として記録させていただきます」


律儀に下げられた頭を笑うのと同時に到着十分前を知らせる放送があり、雑談が止まないままに席から立ち上がり戦闘時のような緊迫感が漂う。それに倣って立ち上がり出口に足を向けていれば、前を歩くツバメにナギがのしかかりなにやら潰れかけている。助けるべきかと悩んだがどちらも楽しそうにしていたため追い抜きドアに凭れることにして、聞くともなく彼らと相も変わらず後ろに控える彼の会話を聞いて窓の外を眺める。


「おーす、頼りにしてるぜ回復専門!」

「今回は私も出るってば!」

「ちなみに俺の心残りは騒ぎ足りないことか任務関連だな」

「盗み聞きは心証に響きますよ!」

「同じ船に乗ってりゃ聞こえるもんだって」

「……リィド、何かごめん」


構わないと身振りで示したつもりだが、「笑うことないじゃない」と拗ねるツバメの様子の限りからかって見えたらしい。否定もできない。秒読みで目的地に着くというのに便乗して騒ぐ0組総員に思わず変わらない、という感想が込み上げてきて、「前と大して変わらないな」と思わずこぼす。傍で潰れかけていたツバメに聞こえてしまったようで、顔をあげた彼女がどこか驚いたようにこちらを見る。そうして困ったような顔をして、ついで噛み締めるような顔をして声になったかすら危ういていで小さく「本当に?」と俺に問いかける。嘘をつく理由もなく頷いて頭を軽く叩いてやれば、彼女はどこか吹っ切れたように微笑んだ。
ツバメの隣で同じように出撃準備を整えていたレムが事情を知っているのか口を開きかけていて、到着の放送にそれを止めて笑う。必要ないと判断したのだろう。
もぐりんの秒読みに合わせ、ドアに密集していた0組メンバーが息を整える。窓の外はもう人や煙ばかりが見え、のどかさなどどこにもない。それでも馴染んだ音と空気だ。


「0組、任務開始します」


慣れたツバメの声を合図にドアから飛び出すように降りる。クラサメはツバメの傍から離れる気配もなく、噂通りだと安心して戦闘へと突っ込んだ。
今までの終わらせるための戦闘ではない。平和を維持するためという、新しい目的の任務である。



14.06.29



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