生真面目だなんて呼ぶなよ
 




いつものようにクラサメさんから正式な依頼を受けて、次からは依頼ではなくただの手伝いとして受理しようと密かに決めていたのもありその依頼内容が珍しく不明瞭なことにまで頭が回らなかった。当日に装備の準備があるからと確認したことでそれに気づいたけれど、約束していた時間が迫っていたときだ。しっかりと確認しなかった自分の落ち度だと割り切り、大抵のことに対処できるよう一通りの薬と武器を持って合流地点に向かう。

待ち合わせの場所が深夜の噴水前、説明の不足、クラサメさんのやけに楽しそうな態度と不審な点は今思えば沢山あったのだ。自身の都合で気付けなかっただなんて、もう、どうしようもない。


「これから魔導院に忍び込む」


呆気にとられてしまって固まったけれどもクラサメさんはいつものように、それこそ遺品を届けるときのように真面目に丁寧に依頼内容をとうとうと説明する。予想外の事態に頭が追い付かず、追い付くのを諦めて手を挙げてどうにか彼の説明を中断してもらった。


「すみません、確認していいですか」

「ああ。どうした?」

「ええと、今から魔導院に入るんですよね」

「そうだ」

「不法浸入ですよね……?」

「ああ。今回の目的だ」

「……忍び込むのが?」

「君も品行方正なタイプだ。始めてだろう?」


からかように笑われてしまって、よくも悪くもその通りなものだから否定もできずに唸っていると話は進みセキュリティシステムの時間もあるからと装備を少し確認してすぐにでも突入できる仕度をする。いつもと変わらず黒っぽい服装の彼は忍び込むのに向いてそうだなだとかどうでもいいことを考えて気を反らそうとして、迷いなく正面玄関に向かう背を見て、諦めてその後ろから続いて追いかける。いつもなら気にならないドアの閉まる音が大きく響いて、後ろめたさと罪悪感で肩が跳ねた。
有事でもない室内は最低限の照明のみで薄暗く、人もいないため別の場所なのではないかと思えるほど印象が違う。フィニスの直後とはまた違う、息を殺したような静けさだ。


「……ええと、それで、どうするんですか」

「研究棟は人がいる可能性が高いな……そこは避けよう」

「盗難とかじゃないです、よね?」

「さあ……。とにかく彼はだいぶ楽しそうだ」


ファントマの感情に引きずられてか、それとも彼自身も楽しんでいるのか分からないが声が弾んでいる。潜めた声なのにそう分かるくらいなのだから、見た目よりもずっとテンションは高いのかもしれない。
目的が忍び込むことだとは言っても、心残りを昇華するまでつき合わなければ意味がない。こんな何気なくも思えるような心残りを残した彼のためには、どうやらこの薄暗い院を徘徊するしかないようだ。せめて朝まで魔導院をさ迷うことにならなければいいけれども。
後ろ手にこちらに向けられたクラサメさんの手が隙を狙うように私の手を取り、そのまま何気なさを装うように軽く引かれ続ける。暗くて足場が悪いからだろうと、自分で言い訳のようなものを考えながらそれに甘んじた。

古い施設にありがちな迷信を試して回るのも案に上がったけれど、主旨からずれているだろうと実行するまではいかない。結局は人目を避けて徘徊することになり、クラサメさんも心残りの彼も余程真面目なのだろうとおかしくなった。私も頭を付き合わせて一緒に考えた結果なのだから、人のことは言えないのだが。
行くところすらろくに決められなくて、ひとまずは飛行船発着所に行こうとしたが灯りが見えたので遠くから眺めるだけにし、訓練場に向かい隠れて訓練した深夜のことを思い出す。繋いだままの手が少し力の入れ方を変えたので、言葉がなくとも同じことを連想しているのだろうと分かった。あのとき以上に声を発さないまま、そのくせ楽しそうに徘徊を進める。
人気のないであろう魔法局に徒歩で向かいながら、小声で予定を相談した。小声と言ってもほとんど息のようなものだ。


「歩くと遠いですね、回るだけで疲れそうです」

「一通り見れば十分だろう」

「ここまでするなら何か収穫があってもいいかもしれませんね」

「そうだな、酒でも持っていくか」

「……ファントマの願いなら私は怒るべきなんでしょうか」

「よしてやってくれ、怯えている」

「笑いながら言うことですか」

「すまない。持っていくのはマントにするか」

「盗むところから頭を離しましょう……あ、バルコニーとかどうでしょう」

「懐かしいな。寄ろう」


そういえば用のない場所にわざわざ寄ることも最近はなかったと、思い出すように思いながら魔法局を足早に過ぎてしまい、道すがらあちこちを見て回る。一応は潜入なのでのんびりすることは出来ないが、バルコニーでは下から死角になる場所を選び少しの間空を眺めた。

普段は魔方陣を使うために通りもしないところばかり見て回り、見るところもなくなりもう一度エントランスに戻る頃には彼の体から青い玉が静かに天井を滑り突き抜けていった。あの色ならすぐ星に馴染んで見えなくなってしまうのだろうと、安心するような心持ちで見送る。ドアから外に出てみれば、東の空から白んできていた。結局は一晩を、しかも楽しみながら徘徊に費やしてしまった。
繋いだままの手を意識して、意識などしていないふりをして帰りましょうかと呼び掛ける。ああ、とまだ潜めた返事がして、それでも手を離す様子がなくて横顔を盗み見れば、彼の視線は思いの外厳しい。何か言おうかと悩み、悩んでいるうちにも気付いた彼がこちらを見て苦笑する。


「クラサメさんも楽しんでましたね」


今の表情は懐古だと分かってしまって、それでも直接は触れなくとも、それに沿うように問いかける。声に出してしまってから疎まれはしないかと怯えたけれど、彼は手を握り直し今度こそ微笑んで魔導院を振り返る。


「候補生だった頃は個人的な理由でよく抜け出していた」

「それを規則違反と言うんです」

「違いない」


離せない手に、私すらいない過去に、彼の見えない笑みに、それの重さに深く息を吸う。吐く。これを何と言うのか、記憶にない私は知っていたんだろうか。それとも別のものだろうか。
もう一度彼を盗み見る。目が合うことはなかったけれど、彼の手は繋いだ手を確かめるように静かに握り直した。



14.07.18



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