かわらない価値
 




「あれ、部屋片付けたんですか?すっきりしましたね」


資料だとかの提出がてらカヅサ先輩の研究室に顔を出せば、ごちゃごちゃとした印象ばかりだった室内がすっきりしている。あの日の直後は特にひどく散らかっていたのだけれども散乱していたよく分からない標本たちは消え、書類がやたらと多いのは気になるけれども基本的に片付いている。部屋の主であるカヅサ先輩は壁に据え付けてある棚から動かず、見向きもせず、ああ、と適当と分かる相槌を打ちながら書類に目を通している。


「あの標本とかは一時的にここに避難させてただけだったからね。そろそろ置けなくなっちゃって」

「寝台はどうしたんですか?」

「簡易ベッドにって没収されたままだよ。まあ、使わないし構わないけど」


あまりに無関心な口調に驚きながら部屋をもう一度見渡していれば、小さな椅子をまま、どうぞと進められて促されるままに座って手渡されたコップにまた驚いた。妙にサービスがいい。話が長くなるだろうからね、と前もって宣言され、少し構えてから資料を差し出す。ぞんざいな扱いを受けた資料は棚の中に無造作に突っ込まれ、向かいの椅子に狭そうに座ったカヅサ先輩がこれが本題とばかりに身を乗り出して話を切り出した。


「さてと、君、僕に隠してることがあるね?」

「たくさんあります」

「そうきたか!いやそうだな君は0組所属だから……僕に関係していることで隠していることがあるだろう?」

「結構あります」

「だろうね!ここはカマに掛かって動揺しないと可愛いげのないところだよ!」

「そんなんじゃこのご時世生き残れませんでしたよ」


そうだけど!と乗り出していた頭をかくりと落としたカヅサ先輩に合わせて反射で引いていた体を戻し、渡されたコップに鼻を近付けて匂いを嗅いでみる。自白剤だとか催眠薬とか麻痺薬とかがうっかりなり故意になり混じっていそうなもので口をつけようかと悩んだのだが、部屋事態が薬臭くてどうも判別が難しい。やはり口を付けないのが正解だろうと、手で囲って温めさせてもらうにとどめた。


「まあ、君が黙ってた理由も何となくは分かるけどさ……?」

「なら黙っておくのが大人の対応だと思うんですけど」

「研究者は好奇心をなくしたら終わりさ。それに大人なんて若者を支える脚立くらいの虚しい存在だよ。僕はそんなつまらない人間になりたくはない、つまり好奇心のままに振る舞うことは何もおかしくない。むしろあるべき研究者の姿と言えるんじゃないかな?だから訊かせてもらうけど、君の彼氏、僕と初対面じゃなかったんだね」

「はい。同期の中で一番親しかったらしいです。不本意だと仰ってましたけど」

「あっさりしすぎて面白味がないよ!」

「隠す義務はなくなったんです、つい先日ですけど」


クラサメさんの処遇が決まったからこそのこの待遇だと思っていたんだが、どうやら違うらしい。勘繰るだけ無駄らしいと分かったものだからカップのお茶を飲んでみた。ミントティーだろうか、熱いのにひやりとした喉ごしが美味しいからもう一口含む。
どういった反応を予想していたのかカヅサ先輩は妙に脱力しつつ、訊くことは訊きたいらしく同じようにコップを片手にぽそぽそと質問が続いた。ファントマについてはまだ公開を控えるべきだという声が多くて説明できないが、以前のように神経質に隠すほどでもない。
0組隊長であったこと、魔力がいつなくなるとも分からない年齢で前線に出されるほど実力があること、今現在魔力はないけれども簡単な依頼などは二人で、もしくはトンベリも含めて請け負っていること、唯一の生き残りであることはやはり隠すべきだろうということ、私付けであれば魔導院で多少の自由が利くようになったこと、私は元生徒として監視と治療を受け持っていたのであって彼氏ではないということ。


「嘘だろ、あれでかい?」

「あれがどれかは知りませんけどあれでです」

「え?本当に?彼氏じゃないの?出迎えもハグもしてくれてあんなに近付いて歩いててしかも四六時中一緒にいて嫌な顔しないのに?」

「だって私、監視と治療のために二ヶ月くらいは付きっきりでしたしそのあとも外出は基本一緒でしたし、恐らくその名残ですよ」

「いやいや、だからってあんなに近付いて歩く必要もうないんだろう?僕だったら嫌だね、好きでもない人間とくっついて過ごすくらいなら拘束服を選ぶね」

「突っ込みませんよ、じゃなくて、まあ、告白はされましたけど」

「なら問題ないね」

「いえ返事できてませんけども」

「なんだよ焦れったいなもう」

「いや、なんでですか」


どうしてこうも雑にくっつけたがる人物ばかりなのかと妙な疲労感を肩に覚えながら、記憶の状態についての説明をかいつまんで話す。彼にはクリスタルの干渉がなく、死者の記憶があることと私達は彼の記憶がないこと。私達には彼と過ごした記憶はないのに、彼には私達との思い出がある。同じ話をしているのに、見えているものは違うかもしれない。私は知らずに彼の記憶を罵倒するかもしれない。否定するかもしれない。


「彼が私に嫌悪感がなくとも、だからこそ返事もなにもできないというか」

「君、変なところで男らしかったりしおらしかったりするよね」

「男らしいってなんですか」


まあまあ、とやかんから注がれた温かいハーブティーをもう一口飲みながら、「断ったりしても監視は続くんですから気まずくなるだけです」と話を締めくくった。


「つまりそれじゃあさ、君の自由になる時間もないんだね」

「私はいいんです。あの人の不自由さにくらべれば」

「これだから君達はもう……」


はあー、とこれ見よがしにため息を吐かれ、カヅサ先輩がここまで肩入れする必要なんてないんじゃないかと思うが口に出さずにコップを傾けた。本当に変なものは入っていないようだ。珍しい、というか、部屋になかっただけなのかもしれないなと部屋を見回して思う。


「君の年代は尽くすことに慣れすぎてるのが問題だろうね……」

「そうですか?」

「いやまあ0組は例外の塊だけどさ。ともかく僕が言いたいのは、君達はもっと好きに動けばいいってこと」

「はあ……」

「幸せになっちゃ悪いなんて生き残ったものの傲慢だよ」


反論するのも何か違う気がして、ただコップのお茶を啜る。カヅサ先輩が分かったように笑うので、私はまだまだ子どもなのだろうなと漠然と思った。思った上で、気に食わなくて「私と彼の繋がりがあれば先輩も彼との接点ができますしね」と尚更子どもみたいなことを言って、「はは、ばれてしまったら仕方ないな」なんて笑われてしまう。


「……そうだね、他でもない君の頼みなら彼も協力を」

「いえ、ダメです」

「ちょっと前に出てきた資料と比較を」

「ダメです」


本気だった。眼鏡の奥が本気だった。
研究者として気持ちは分かるけれども、うん、やっぱり彼の負担を考えてきっぱり断った。


14.06.04



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