かわる価値
 





いつの間にかは分からないけれど、アギトの石碑に添えられる花は赤だけと決められたようだった。自然とそうなったのか、誰かがそう示し会わせたのかは分からないけれども0組教室の教卓は赤に埋められていて、崩れた壁から差し込む夕日も相まって教室は色彩が偏ったような有り様になっている。私のマントも赤いものだから半分ほど教室に埋もれているのではないだろうか。
かつりと聞き慣れた足音が背後から聞こえて、考えるでもなく鈍っていた頭で「おかえりなさい」と発して振り返る。彼の視線が少しさ迷い、窓際に座ったままの私を見つけて「ただいま」と歩み寄った。彼の装備は黒が多く、こんなに偏った色合いの教室でも明確に見える。


「院長はなんて仰いましたか?」

「好きにしていいそうだ。君と同じ身分もくれると」

「……そっか、よかったです」


検体として扱われてはいたけれどそれはごく一部のことで、秘匿として囲われていた彼には戸籍も所属もない。ただ患者としての扱いしかできなかったけれども研究自体がもう破棄されることとなり秘匿にする意味もなくなった。彼の存在を隠す必要もなくなり、抹消するにしろ業績も面識もある。どうにか所属を作れないかとナギに頼んだのは正解だったようだ。君付きであることは変わりないがこれは好都合だ、と笑うクラサメさんに安心して、ベンチの上で無意識に固まっていたらしい体をほぐすように座り直す。
窓があったはずのところは相変わらず吹き抜けで、直接日が差し込んできて目に痛いくらいだ。それでも一番差し込む時間は過ぎたようで、徐々に色彩が赤以外にも見えてくる。


「ツバメの席はそこだったな」

「机はありませんけどね。日当たりがいい場所を選んだのは失敗でした……」

「そうだな、しょっちゅう気持ち良さそうに寝ていた」

「……やっぱり、そうですか」

「叱っていたのは私だからな。よく覚えている」


呆れた声を出してくれれば私は落ち込められたというのに、からかうように言われてしまえば記憶がなくとも拗ねるしかない。「だって、これだけ暖かかったら眠くもなりますよ」と反論にもならない反論をするしかなくなる上、さらに笑われてしまう羽目に合う。教卓に立つことは出来ないからか私の隣に腰を下ろすクラサメさんを待った。服が触れあうか触れあわないかの近さから「懐かしいな」という呟きが聞こえて頷く。


「私もここで0組の授業受けてたんですよね……」

「演習で外に出ることもやたらと多い組だったな。お陰で実戦評価だけは誰にも非難されなかった」

「確かに、ここ最近は外で補助魔法ばっかり使ってたのは覚えてます」

「君も引っ張り出されていたな、よく」

「やっぱり無理矢理だったんですね!おかしいと思ってたんですよ、よく覚えてないんですけど私がそんなに外に出たがるはずないのにって」

「一度出たら待機時間まで帰らないこともよくあった。報告書でしか確認はしていないが、依頼を受けたやら洞窟に突入したやら物騒なものばかりだった」

「……そういえば、街に行くとよく知らない人からお礼言われたりします」

「0組の記憶はなくとも君のことは覚えているんだな」


私がクラサメさんの担当になった当初と違って、最近彼はよく笑う。声が上がるようなものではないけれど、目元だけで笑顔だと分かるように笑う。
隣からそれを眺めながら、私にあまり覚えのない思い出話をぽつぽつとした。私と同じくらいうたた寝をしていた人、任務では私の性格が別人のようで怖かったなんていらない報告ばかりの報告書、課題の内容が全く同じで丸写しと一目で分かるような宿題を一緒に提出した生徒の話、泣いて帰ってきた私を必死にあやしていたという強面の生徒の話。学生らしいのだからしくないのだか分からない話に思わず私が笑ってしまうところも多かった。
隊長と私は後方で支援することが多くその頃から一緒に行動するのが多かったこと、0組内で戦力としては無理でもサポート役として頼られていたこと、隊長の彼のサポートも滞りなくやれていたこと、隊長が私から距離をおこうとしていたこと、彼と私が話した些細なこと。どれも私がいるのに、私は覚えていない。ただ私はここにいたのだと、とうとうと語って聞かせてくれる。
赤かった空は藍色も過ぎ、教室内は自動的に灯ったランプで橙色に照らされている。明るさのわりには少し肌寒い気がするけれど、日がなくなったせいだろう。
植えた種の芽は出ていた。もう少ししたら、日が沈むのもあっという間になる。


「私、本当に覚えてないんですね」

「俺が覚えている。君の言葉も彼らの悪ふざけも」


間髪入れずに返った言葉に驚いたけれど、それもそうかと彼の笑顔を見て思い直す。


「クラサメさん、植えた花の芽が出てましたよ」

「そうか、見てから帰ろう」

「はい」


急いでも何も変わらないと分かっていて、早くクラサメさんに見て欲しくて先に立って先導する。
裏庭に続くドアの前でふと振り向くと喧騒が見えた気がした。私の、姿も。
クラサメさんが私の目の先を追って、同じように中空を眺める。動かない私を急かすでもなく肩を撫でてくれる。それに甘えて、慰霊碑の隣から教室を眺め続けた。



14.06.04



前へ 次へ
サイトトップ

 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -