まじないいくつか
 





「全軍撤退を確認しました。お帰りなさい!」

「ただいま、マザ……」

「………」

「………」


言い逃れができないほどに口を滑らせたエースが固まり、マザーと呼ばれかけてしまったことで安心したような笑顔を浮かべていたツバメも固まり、間延びしかけていた空気が再びぴんと張る。直前までの戦闘のせいか妙に緊張感の漂う空気。そして、それによって伴う、変に笑いたくなるこの感覚。逆らいようもなく吹き出してしまえば、しんとしたこのエリアに嫌になるほど大きく響く。ケイトさん、とどもりながら戒めてくれるデュースには悪いけれど、ダメだ、だって可笑しいだろう。我慢することを早々に諦め、エースを指差して笑ってやった。
相変わらず空気を読まないジャックがちょうど同じエリアまで戻り、固まったままの二人と笑いの堪えられない私とデュースを見回す。ふむ、と頷いたジャックは案の定状況を理解した上で「ねえケイト、僕がいないうちに何かあったのー?」とのんきな声を上げた。おろおろしているデュースにではなく、笑うのに忙しい私にである。多少の悪意を感じる。


「エースがツバメのこと、マザーって呼んでやんの!まあ分かんなくもないけどね。少なくとも前よりは」

「まあ、前科の隊長よりはねえ」


隊長の一言に過剰反応したのは安定のツバメで、「隊長がどうしたの?」とようやく動き出しながらやっぱり私に質問をする。どうしてか私にばかり話がくるのか疑問だけどもまあよしとする。面白そうだから。


「ツバメが配属されるちょっと前まではさー、寝ぼけたエースがクラサメのことマザーってちょこちょこ間違えて呼んでたの。ほら、私達って施設から直接こっちに引っ越してきたみたいなもんでしょ?あっちでは授業もマザーがしてたから」

「まあエースだけだったけどねー、あんなに呼んでたの」

「仕方ないだろ。寝ぼけてたんだから」

「そもそも寝ちゃダメなんですよ、エースさん」

「……デュースもか……」


いつもならエースを庇う立場であるはずのツバメが隊長に目が眩んだお陰で暴走している。デュースまでツバメに引きずられたのか戦闘直後だからかおかしなテンションで、もう、よく分からないことになっている。それが余計におかしい。頭を抱えたエースもお構いなしに、ツバメは「隊長とおそろい……」とやたらと嬉しそうにしているし。
だけどもまあここまで逃げ場がないのも可哀想だ、と思い直し、傷を抉る方向を狙ってではあるけれども助け船を出してやることにした。兄弟のよしみだ。


「まあ確かにさ?ツバメの回復してくれるとことか心配してくれるのとかはマザーっぽいよね。お帰りって言ってくれるとこもマザーみたいだし」

「隊長も心配してるしお帰りって言ってくれるよ!」

「いやいや張り合うとこじゃないからそこは」

「そうだよー、ツバメにお帰りって言ってもらうと嬉しいけど隊長じゃ嬉しくないもんー」

「そこなのか?」

「そんなもんだよー」


ようやくすっきりと消えた緊張感に肩だとかをぐるぐると回しながらメンバーが集まるのを待っていれば、件の隊長が他の組の子達にも指示をしながら合流のためにこちらへと歩み寄ってくる。嫌がらせ半分、いたずら半分の気持ちで相変わらずすましたマスク姿に声を掛けた。


「おかえりなさーい、たいちょー」

「ああ、ご苦労だった。怪我人がいないようなら現地解散とするが」


あら、味気ない。
いつも通りの業務連絡、さも時間が無駄だと言わんばかりに立ち尽くしてのメンバーの収集状況の確認と、皮肉るでもなく流されてしまって大変につまらない。無視されるのが一番堪えるというのにその態度はないだろう、と食って掛かろうとしたけれど、それより先にデュースとツバメがいつも通り空気を読まずに和んだ空気のままにのんびりとクラサメに声を掛ける。


「お帰りなさい、隊長」

「おかえりなさい」

「……ああ、ただいま」

「ちょっと。珍しく挨拶した私は無視したくせにいつも言ってるツバメにばっかり何でそんなに分かりやすく反応すんのよ」


聞いているのかいないのか、現地解散のついでに周辺の街の視察の段取りをするクラサメとツバメが肩を寄せているのを見てしまい思わず息をつく。ツバメの笑い声がとてもとても楽しそうで、マザー事件などもうどこかに吹き飛んでしまったようだ。
ふと、少し離れたところで二人を観察しているらしいエースが気になり、横にならんで同じように二人を眺めてみる。ただの日常風景である。珍しくもなんともない。
問いかける意味合いで目配せすると、何となく満足げに頷いたエースが口を開いた。


「やっぱり、ツバメよりクラサメの方が雰囲気はマザーに近いと思うんだけど」

「……知るかバーカ!」


心底どうでもよかったので、クラサメに無視されたむしゃくしゃも込めて肩をどついた。




14.05.20



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