なんのための学校なのか
 






「ひとつ、困っている心残りがあるんだが」


地道にドラゴンの骨を粉末にする作業に飽きてしまい、雑談するには神経を使う作業のために詰めていた息を吐き出して伸びた頃。私の後ろで骨を手頃な大きさに砕く作業を手伝ってくれていたクラサメさんのその一言に向き直り、ついでに休憩にしようかと立ち上がりやかんを取り出した。
今回は私の資料集めにクラサメさんを付き合わせてしまっているようなもので少し引け目があり、この場で叶えられるようなものなら善処しようと思い「どんな願いでしょうか?」と水を生成しながら訪ねた。お茶葉はあるので、あとはコップを探すばかりだ。二つブリキのコップを呼び出して、濯いでお湯が沸けるのと彼の続く言葉を待つ。ドラゴンの骨には火も水も厳禁のためどうしても空いている距離を埋めるためにも耳を澄ませる。お茶を飲むためにも彼はこちらに来ると分かってはいるけれども、作業中は押し黙っていたので反動なのか話したい気分だった。


「恋をしてみたいというものなんだが」

「恋ですか」

「恋だ」


厳かにうなづくクラサメさんにどう返したらいいのか分からずにとにかく煮沸に集中し、年上男性に恋と連呼されるという複雑な気持ちになる状況について考える。
いや、恋をしたいだなんてどうしたらいいのか。だって、クラサメさん自身の気持ちだって係わることだし、そもそもどういった状況から恋と言えるのか、いや、そもそも恋ってなんだ。悩みながら茶葉が開いたことを確認してコップに注ぎながら「クラサメさん、お茶が入りました」と声を掛ける。さすがにお茶菓子だとかまでは準備できなかったけれども仕方がないだろう。温かいものを飲むだけでも気分転換にはなるはずだ。
クラサメさんの気配が近付いたのを確認してからコップを持ったまま振り返り、確実に手渡し彼が簡易椅子に落ち着くのを見届けてから同じように椅子に腰掛けた。


「今折ってもらったものを粉末にすれば規定量になります。時間的にも余裕ありますし、お手伝い出来ることならしますよ。考えるくらいなら砕きながらでも出来ますし」


声が固くなりそうなのを意識して留めて、お茶で手を温めるように囲ってそう言った。
心残りをひとつでも多く昇華するという気持ちには賛同していて、こうして私の任務にまで付き合わせてしまっているのだし出来るだけ協力したいと思う。思っているのだけれども、僻むような声が出そうになってしまうのはどうしようもない。
だって私に好きだと言ったのはあなたじゃないかと、それは恋だとかそういったものなのではないかとぼんやりと考えて、あまりに一方的な思考が嫌になってお茶を一気に流し入れる。そうしてクラサメさんに目を向ければお茶を飲むためにマントをずらしていた彼の口元を見てしまい、慌てて目をそらした。何も疚しくはない、ないけれども。いやに緊張してそれを悟られませんようにと祈りながら、彼の返事を待とうと赤い水面を眺める。しょうもない顔が写って見えたので、コップを揺らして焚き火の火の始末に意識を代える。


「手伝うというよりもこれは相談だな」

「相談、ですか」

「今まさに恋をしている状況の場合はどうするべきだろうかと思っていた」


ふふ、と含み笑いが聞こえて、思わず隣の彼に視線がいく。当然のように口元に目が引き寄せられて、その唇が珍しく遠慮もなく笑っていることを認識した。認識、してしまった。
途端に前触れもなく顔が熱くなったので不自然だろうとは思うけれども大袈裟にうつ向いて話を続けようと言葉を探す。ああ、どんな話をしていたっけ。そうだ心残りのことで、恋をしたいというもので。それについて彼は、もうしていると言っていて。あんな風に目元を綻ばせるのを私は何度も見てきた。目の前で、私を見つめるこの人が。


「……私は何も言えません……」

「そうか……ああ、もう満足だそうだ」


思わず覆っていた顔から手を退けて顔を上げれば、真っ赤な光が彼の額から離れるところだった。行き先はいつもと同じ、雲よりももっと向こうのどこか。いつものように二人で無言のまま見送り、見えなくなってから手元のカップに視線を落とす。今日は温かいけれどもさすがに冷めて人肌ほどになっている。
落ち着いて骨を削る作業を続けるための休憩だったはずなのに、よっぽど疲労が溜まってしまった。どうして今そんな話を持ち出したのだろうかと恨みがましく隣を睨めば、美味かったと笑ってコップを差し出されてしまい観念した。
平和とは、きっと余計なことを考えられることなのだ。よくも悪くも。



14.03.31



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