後悔してはいたの
 







「これですか?」


クラサメさんに頼まれて調べた女子寮の遺品置き場から、名前と形状を頼りに引っ張り出した包みを見せる。包みといっても有り合わせの布で包んで紐で縛ったもので、確かに重みはあったけれどあまり貴重品のようには見えなかった。
彼の手に包みを渡すと、ひとつうなずきそれを仕舞うと「今から向かってもいいか」と訊くので、薬や装備品を入れておいた鞄を叩いて大丈夫ですと笑って見せた。彼女のためにも、彼女の父のもとにこれを届けてあげたい。

途中までは飛行船で行き、大きな街からは徒歩で畑を横断するように走る道をひたすら真っ直ぐ進む。道が狭いため歩くしかないのだけれど、目指す家屋は指で丸を作った程度の大きさ程度にしか見えない。住んでいる人はどうしているんだろう、と感嘆混じりに歩いていくうちようやく着いて、ドアの前に立ったクラサメさんの後ろに立った。今日ばかりは、彼がしなければいけないことだという。


農業を営むこのお宅では、日暮れにならないと旦那さんが帰らないのだそうだ。申し訳ないけれど家で待つ間に気さくな奥さんから様々な話を聞いた。居間のテーブルに向かい合って座って今の旬の野菜だとか、今年の穀物の出来は良さそうだとか、隣に座る私とクラサメさんの関係だとか、この家を継ぐ予定だという娘さんの話だとか。一番上の子が候補生だったのよ、と誇らしげに言われて微笑ましくなる。私達が魔導院から来たということもあってか、話は尽きることなく和やかにご主人の帰りを待った。
お茶を飲み終わる頃には家主の方が娘さんを伴って帰ってきた。怪訝そうな顔で私達を見比べる男性は大柄で、さすがこれだけの畑を仕切っているだけあって筋肉質だ。不躾な視線の感じから、ああこれは厄介そうなお父様だなあと他人事にクラサメさんに同情した。いくら記憶はないと言っても、いやむしろ記憶がないからこそ話が難航しはしないかと身を縮めてみる。
クラサメさんが立ち上がったのに倣い椅子から離れて会釈をして、唐突に家庭訪問を思い出した。





彼女の家には息子は生まれず、継ぐなら彼女になるだろうと幼い頃から農業を手伝っていたそうだ。少なくとも後取りを婿として迎えるまでは彼女にすべてを任せることになってもいいようにと一通りのことは学んだ。そうして様々なことを学ぶうち、魔導院への憧れを抱くようになった。農業を嫌っていたわけではない、ただ他の可能性を試したかったのだろう。土地を継いで畑に尽くす以外の道も見てみたかったのだろう。そうして彼女は魔導院の試験を隠れて受験し、合格したことをきっかけに家を飛び出した。母にだけ家を離れる旨を伝え、その際に懐中時計をひとつ渡されてそればかりを持って彼女は訓練生として魔導院で暮らした。
時計は、彼女の父の使っていたものだった。何かあったら売って足しにするようにと母に言われたけれど、彼女は時計をいつも身に付けて勉学に励んだ。そうして訓練生から候補生に出世して、彼女は任務で貯めたお金で懐中時計をひとつ買った。そうしてそれを実家に送った。返事は来なかったが彼女はそれでよかったと思っていた。何も、期待などしていなかった。

クラサメさんがそこまで話して、向かいに座るご主人が無言で上着を捲り何かを取り出した。クラサメさんの肩越しに覗き込み、それが傷の目立つ、それでも新しい懐中時計だと確認して乗り出していた体を椅子に沈ませる。
これでどうか信じてくれますように、と祈りながら、クラサメさんの声に耳を傾ける。




彼女はそれからは手紙を一方的に送ることにした。妹は元気か、母は変わりないか、農作物の出来はどうか。こちらは昇格しただとか、魔法を使えることの楽しさだとか難しさだとかを綴り時折送った。時折母から手紙が来たけれど、お互いに父のことに触れることはなかった。大きな作戦に参加することが決まり、そればかりは報告すべきかと悩んだけれど結局しなかった。
そうして初の実戦で、彼女は命を落とすことになった。後悔ばかりを最期に数えながら。
謝りたかった。両親の意志を、土地を継いで欲しいという気持ちに逆らったこと自体に後悔はなかったけれど、謝らなければとばかり思っていたのに。そのうちに帰るだろうといつか会えるだろうとただ引き伸ばしていたら帰ることすら叶わなくなった。だから。

記憶から消えた彼女の話を私達がすることに不信げなご主人の気持ちも分かるけれどどうにか信じて欲しいと思う。
クラサメさんが今朝回収した遺品を取り出し、ご主人に差し出すようにテーブルに置いた。


「家を継げなくてすまなかたっと、それと、時計を勝手に持ち出して返せなかったことを謝りたいと」

「そんなもん、覚えてねぇよ」

「彼女の気持ちだけでも受け取ってくれればいい」


いかにも仕方がない、といった息を吐いたご主人がようやく手を伸ばし、そのわりには丁寧に包みを拾い上げて開いた。中にはさらに布にくるまれた懐中時計が入っていて、蓋を軽快な音を立てつつ開いて確認した彼がおれのだな、とぼそりと告げる。そうしてまた丁寧に布に包みその上から更に手で包む。


「覚えてはないが誇りの娘だよ」


クラサメさんがひとつうなずいてそうか、と呟いた。
泣いている奥さんにも、奥さんの手を取る妹さんにも、時計をふたつ包むように持つご主人にも私には出来ることがない。
うつ向いてこの空気がどうにか変わるのをただ待っていた。嫌な沈黙ではないけれど居心地の悪さを感じた。
そうして縮こまっていると突然頭に軽い襲撃が走って、飛び上がってしまった勢いのまま顔を上げればクラサメさんが私の頭を撫でている。
たったそれだけのことでここにいてもいいのだという実感に触れて、しばらくして聞こえたご主人のぶっきらぼうな「ありがとう」もただ素直に響いて聞こえた。


14.03.24



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