人がいない街っていいのよ
 




青龍の地方に景色を見に行くとは聞いていて、この間の迷子のこともあり滑り止めのついたブーツにしたり携帯食料を多めに持ったりだとかしたけれども。いや役には立っているのだけれども。


「廃墟だなんて聞いてませんでした……」

「言うべきだったろうか」

「いえ、大丈夫です、ちょっと怖いの駄目なだけで。聞いてたら逃げてたかもしれませんから」

「なら言わなくてよかったな」

「はい、……はい」


モンスターか何かの鳴き声と、どこからか水が滴り落ちる音以外はなにも聞こえない。
ここは要塞だったのだろうか、しっかりとした外壁が所々崩れてはいるけれど中を守るようにしっかりと残っていてモンスターが荒らした形跡は少ない。少なくとも大型のものはいないようだ。森の奥深くにあるからか人の手が加わった様子はなく、かなりの年月雨風にさらされていたことが伺える。場所が悪かったのだろうか、放棄するにしても取り壊したりもしなかったらしい。何かの機材のようなものもあちこちにあった。まあ、錆びれて蔦が絡んでいて使えたものじゃないけれど。一緒に来ていたトンベリは危険はなさそうだからと散歩に行ってしまって、クラサメさんと二人でそういった寂れたものを見て回る。
蔦と雨風に侵食された要塞はどこか物悲しく、見る価値は確かにあるのだろう。人工的な建物の中がこんなにも静まり返っているのも、脆く崩れた居住区に転がる磁器もそれだけでなにかを訴えるようだ。だが、わざわざ来たいかと訊かれれば私は断る。人が住んでいたということは、ここを手放すそれなりの理由があったということだ。そしてそれはもちろん人に関係することのはずだ。まあ、要は、ここでは人が死んでいる可能性が高いだろうということだ。

またぴちょん、とどこかに落ちたらしい水滴の音がやたらと大きく響いて、思わず肩が飛び上がった。すぐ隣に立っているクラサメさんに付かず離れずの距離は一応開けていたけれども誤魔化しようもない。


「怖いか」

「………。……はい」


マントの下でも分かるくらいに笑ったクラサメさんは楽しそうだ。
まあ、彼か彼女が満足するまての辛抱のはずだ。二人でどうにか落ち着ける場所を探して、外壁内部の細々とした場所へと足を踏み入れる。テントがあったのか丈夫そうな大きな布地が垂れ下がっていたり、鮮やかな赤や青が装飾に使われていたのか、所々に模様の掘られた建物もある。人がいた物証があちこちに散らばっているのにそれが自然に侵食された空間はやはり異様だった。


「記憶が残るって、」


平べったい葉の茂る地面を注意しながら踏みしめて、考えなしに口を開いた。陶器の破片が散らばり踏んで擦れるたびに澄んだ音が反響する。


「こんなふうになるってことなんでしょうか。ずっと、残って、端から削れて忘れていって、原型をなくして」

「そうかもしれないな」

「誰との記憶かも分からなくなるくらい粉々になったりするんでしょうか」


この場所は怖い。建物の残骸だというだけで、こんなにも物悲しい。
物理的なものが年月だけでこんなにも壊れるのなら、記憶なんて曖昧なものの形なんて残らないんじゃないんだろうか。それは忘れることよりもじわじわと壊すという意味ではよほど酷いことにはならないのだろうか。あまりに静かで、下らないことを考えて口にしてしまったことを後悔しながら、それでも先を行く彼のマントを目でなぞりながら言葉を待つ。崩れた瓦礫は湿っていて滑りやすく、転ばないようにと意識しながら水滴の音にも耳を澄ます。


「君は」

「はい」

「いや、君も俺も若い。まだ記憶が風化するかも知らない。なら待つしかないんじゃないか」

「記憶がなくなるのを、待つんですか」

「いや、時間が経つのをだ。そうして、何が変わったか、どう思うか訊きたい。今のように君の考えを」

「……いつか?」

「そうだ。それまで君の研究が続いていれば、だがな」

「……これは研究の話じゃありません」


背中の揺れるマントに向かってむくれたように反抗してみれば、背中だけでも笑っているのが分かり悔しくなる。まあ、いいのだけれど。変に暗くなるよりずっといい。

三階建ての建物だったのだろうが二階の床が軒のように乗り出しただけの場所に差し掛かると、屋根のお陰でか痛みの少ないベンチを見つけた。強度を見ているとクラサメさんに座って休むように促され、正直足が疲れていたので申し訳ないと思いつつ座らせてもらう。
戻ったトンベリを隣の隙間に無理矢理座らせて、しばらく軒の暗がりから外を眺めた。蔦だらけの外壁、腐った木造建築の小屋、錆びれたからか自然に分解したらしい三輪車。慣れてしまうと、この場所はなにも考えないのに向いているらしかった。
不意にセピア色の光がゆっくりとクラサメさんの手のひらから遠ざかり、軒を突き抜けてどこかに向かう。ここに来た用は済んだけれど、居心地の良さからか誰も帰るそぶりを見せないためそのまま水滴の音に耳を済ませた。

「昔の私は、風化しましたか?」と訊くべきか、悩み続けた。きっと愚問だろう。彼は私に優しいから。



14.03.02



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