成長するのを見つめてみたい
 




「花を植えたいと思うんだが」


唐突なその言葉に一瞬どう答えたものかと悩んだが、すぐに心残り関連だと合点がいった。
今日は魔導院での今後の方針だとかの会議で正直候補生は暇だ。現在はとりあえずは私付きの部外者である彼も暇で、カヅサ先輩の研究の整理辺りでもしようかと悩んでいたのだ。無人の研究室に行くのも何となく気が憚れるし、ここで出来そうなことがあるなら何よりで。


「花、ですか……裏庭の花壇なら、土も入れ換えたはずですし場所も空いてますよね」

「そうか、あとはどうしたらいい」

「あとはええと……種でしょうか」

「どこで手に入れればいいだろうか」

「花屋……は切り花しか売ってませんよね。あとは、ええと……」

「………」

「………」

「……詳しい者に訊いた方がいいようだな」


いざ植えようとなると、どうしたらいいものか分からないものだ。
前は0組の人達が当番制で水をあげていたのは知っていたけれど、その花がどこから来たのかだとかはさっぱりだ。種からなのかどこからか持ってきたのか、そういえば薬に使えるのもあったはずだからもしかしたら栽培していたのか……していたとしてどうやって増やすのか。

考えるよりは知っていそうな人に訊くべきだろうと、ともかくは知り合いで一番詳しそうなクオンを探すことにする。クラサメさんを連れだってクリスタリウムに向かえば予想に違わず本の修繕に精をだすクオンを発見し、声を掛けようか悩む。修繕中ですら、ここはやたら静かで声を出したら叱られそうだ。
クオンが作業している奥の席まで恐々向かい、作業に没頭するクオンの肩を叩いて見ればようやく私達の存在に気付いたといった様子のクオンが無言で出口を指したので、すごすごとエントランスに戻りようやく口を開く。


「何かご用が?私は見てわかるように忙しいのですが」

「うん、ちょっと感動してる」

「……しないでください。ともかく、私に何の用でしょう?それも部外者を連れ立って」


ちらり、と後ろに立つクラサメさんにあからさまに当たる言い方をするクオンに苦笑して、花を育ててみたいんだけどと話を切り出す。他の人に頼むよりもクオンに訊くのがいいだろうと、素直な気持ちも乗せるのを忘れないように説明する。こんなときに、と呆れたように鼻で笑われたけれども、クオンは「それで、なんの花を育てたいんですか」と話に乗ってくれた。口と態度は悪いけれども付き合いのいい友人に感謝しながら、ううん、とどんな花がいいか考える。


「毎日世話しなくていいようなのがいいかな、何があるか分かんないし」

「具体的には?一年草といって一年で寿命を迎えるものや樹木のように時間を掛けて子孫を残すもの、種からか球根からかこれから咲く種類かもう少し待って植えるものかなどバリエーションは幅広いですよ」

「うーん、すぐ咲くのがいいかな。クラサ……士官は希望あります?」

「いや、ツバメに任せる」

「そうですか。じゃあクオンのおすすめで」

「貴方は丸投げするつもりですか?全く……」


小馬鹿にしたような、いやしているんだろう、丁寧なため息を吐き出しきったクオンが顎に手を当てて中空を眺めながらいくつか私に質問をする。好きな色だとか起床時間だとか今後の予定、ついでに得意魔法の種類までだ。関係あるんだろうかとは思うけれども頼んでいるのは私なのだから文句も言えない。


「それにしても貴方が花を育てたいなどと言うとは……恵まれた環境にいるというのに時間のもったいないことをしますね。今の不安定な状況を利用して研究所を発足するなり乗っとるなりして思う存分研究に身を費やす足掛かりを作るのにもってこいだというのに」

「いやいや、私に研究とか向かないよ」

「この間の報告書、なかなか興味深かったですよ」

「もう読んだの?うわー恥ずかしい!」

「貴方の研究は有意義なものです、魔力が消滅したとしてもおそらく必要な研究でしょうに」


珍しくクオンが誉めてくれるのは嬉しい、いや具体的には研究内容だけれど。ともかくは嬉しいのだけれども私は研究者には向かない。研究のために、どこまでもいつまでも尽くしていてはいられないだろうと分かっている。ついでくらいがちょうどいい。


「今は、色々片付けたいから。それより花!」

「それこそ道草でしょうに……ちょっと待っていてください。同じ作業をしているものに植物関連の研究者がいますから条件を伝えてひとつ譲ってもらいます」

「お礼、後でするから。ありがとう!」

「今でもいいですよ。修繕の手が足りてませんから」


そんな簡単なものでいいだろうかと戸惑いながらクオンについていけば想像以上の重労働で、クラサメさんまで付き合わせてしまったのを後悔するほどの時間まで、痛んだ本を運び治った本を並べてはまた痛んだ本を作業机まで運ぶという作業を手伝った。

翌日、指定されていた0組教室に行けば、先に来てもぐりんと談笑しているクオンというなんとも言えない状況に出くわしてしまって戸惑った。クオンは褒め称えなさいと言わんばかりの笑顔でこちらに向き直る。


「またその方と一緒なのですか……まあいいでしょう。花壇の使用許可は取りましたよ。好きに使っていいそうです」

「むしろ使って欲しいクポ!花が枯れて寂しいって外からのお客さんからも苦情があったクポー」

「本当に観光施設になりかけてるんだね……でもよかった。今から植えるの?」

「私は昨日の作業の続きをしたいのでこれで。種はこちらです。
すぐ咲く花で大雑把な貴方が世話しやすいようにと、秋に咲く生命力の強い花を選びました。育った枝を切り取り水に浸けるだけでも分離し育つそうですよ。種も蒔いてしまえばあとは勝手に芽が出ます。雨水で足りるそうですから日照りが続かない限りは水も撒かなくていいようなので、時折様子は見に来ていただければあとは勝手に咲くでしょう」

「ありがたいけど、言葉の端々に罵られてる気がする……!」

「手間がかかっては枯らしてしまうと言ったのは貴方でしょうに。では私はこれで」


何とか反論しようにも本当に忙しいらしいクオンが小さな紙袋を手渡しするなりそそくさと出てしまったものだから、どこか消化不良な心持ちで手のひらの紙袋を眺めていれば、クラサメさんが先導して裏庭に向かう。すれ違い様にクオンに睨まれていたはずだけれども何故か可笑しそうに笑っていてまあいいかと思う。

一応は花を植えられるように整えられた花壇の前に並んでしゃがみ、頭上からのもぐりんの指示通りに二人で種を蒔く。と言ってもクオンが言っていたように手間が掛からないもので、種を重ならないようにしてそれが見えなくなるくらいに土を被せて終わった。それでもどこか生産性のある行動に、少しわくわくというか、達成感のようなものがあって楽しくなる。


「これだけで育つものなのだな」

「そうですよね……もぐりん、水作ろうか?」

「種が流れちゃうクポー」

「じゃああと待つだけ?」

「そうクポ!いじっちゃダメクポ!」

「そっか、すごいね、種って」

「不思議なものだ」


よってたかって見ていれば芽が出るというものではないと分かっていても目が離せなくて、それはクラサメさんももぐりんも同じようだ。人が来るまで、二人と一匹でそうしてただ土を見つめた。はたから見ればきっと、笑えるぐらいに平和な後ろ姿だっただろう。



14.03.09



前へ 次へ
サイトトップ

 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -