まるで一目惚れ
魔道院の仕組みも、軍の仕組みも、国のあり方も変わっていく。
人の埋葬の仕方も変わっていく。
死んだ人の記憶が消えない、クリスタルのない世界は誰もが手探りで、沢山の意見が飛び交っているらしかった。その中心には候補生もいて、マキナが候補生の意見などをまとめているらしい。
魔力が完全になくなれば、今まで通りの生活は出来なくなってしまうしそれは他の国も同じだ。そうして各研究部に出されたのは代理のエネルギーの研究だ。もちろん今まで通りの研究を捨てるわけではないけれど、優先順位は指定されるようで。
「はー、楽しくないなー」
「私は検体の回収とかしなくて済むんで助かるんですけどね」
「筋肉量計測したい……骨格を触診したい……我儘言わないから……、何なら君でもいいや」
「投げやりすぎますよ私なんて利き腕以外ふにゃふにゃで、ちょっ、ぎゃああ寄るな顔近い息荒……!」
お馴染みの速効性麻酔を、肩を押さえて噴霧されかけたところ、ルルサスの強襲にも耐えた扉がドガ、みし、と音を立てたことで助かった。すごすごと身を引いたカヅサ先輩は、「君の彼氏は怖いねぇ」と残念そうに麻酔を懐にしまっている。どうしてそんなもの常備しているのかと訊きたいけれど怖いので訊かないでおく。
「彼氏じゃありませんよ、あと用事って何でしょうか。見当はついてますが」
「ここまで付いてきてそこで待たせてるのにかい?あと見当通り、各地に出向いて採ってきて欲しい資料があるんだよね」
「彼が向かう場所、規則性とかないみたいですが」
「ついででいいんだ。どうせ地道な実験ばっかりだしね。むしろゆっくりしてくれればそれを言い訳に人体研究続けられるし」
「分かりました。尽力させていただきます」
「はははなんかこの感じ懐かしいなあ」
はいこれ、と渡された簡易表にはおびただしい数の候補が挙げられていて、「色が付いてるのだけ優先して、あとは適当でいいからさ」とはいうけれどそれすらも結構な量だ。採取するにしても場所がだいぶ散らばっている。
「大変だとは思うけど、彼氏も同行する事だしツバメ君に是非任せたくてね。報酬や旅費もどうにか出来るだろうから安心してくれていいよ」
「彼氏じゃありません」
「ははは照れちゃってー」
このぉー、と額をつつかれたあたりで否定するのを諦めて、改めて資料に目を通す。雪山とか、この間行ったばかりだよ。深海のガスとか火山のマグマ採取とかどうしろと、モルボルの涎って嫌がらせじゃないのか。色が付いてるのほど過酷そうなのは嫌がらせですか。
「先輩、人体研究は進んでますか?」
「君のサンプルが採れれば進む気がするな」
「……断ります。代わりにナギあたりをけしかけますから」
「あの9組の子だね……細身の筋肉質も嫌いじゃないよ」
眼鏡のブリッジを弄るカヅサ先輩は本気のようだ。暫し合掌して、クラサメさんの「心残り」とこの資料を照らし合わせるためおいとまさせていただくことにする。珍しく見送ってくれるらしい先輩が先を歩いて扉を開けて、中途半端な体勢で固まった。
「先輩?ぎっくり腰ですか?」
外を覗いたままの先輩が気になって同じように身を乗り出せば、延びてきて腕が頭ごと抱え込むように引き寄せてきた。先輩に顔を見せたくないと言っていたクラサメさんが、苦い顔で先輩に目を向けている。クラサメさんのマントに埋もれかけながら先輩をうかがい見れば、目を見開いてまだ固まっていた。
先輩は、「前から」クラサメさんと認識がある。もしかして無くしていた記憶に変化があったのだろうか、と期待を込めて見守っていると。
「ツバメ君の彼氏さん、ちょっとでいいから脱いでく」
「断る」
ぐるりと踵を返し足早にクリスタリウムから去ろうとするクラサメさんに倣って背中を追う。期待した私が馬鹿だった。ただの体目当てだった。
追いすがるような「ちょっとデータ採るだけだから!」という声に、クラサメさんはしょうがない、といった笑顔を浮かべていた。
13.12.09
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